彼等の事情③
【ドクター・ファイズのカルテ】
いつも、世界は灰色だった。
AHMのディスプレイ越しに、降り積もる雪を眺める。
いつ生まれたのか、親が誰なのか、そう言うことは知らない。
古代文明、人類が元母星という星に押し込められていた頃にあった、大規模な宗教の記念日。
冷たい雪の降るその日、孤児院の入口に置かれたバスケット。
その中に俺はいたらしい。
そのまま孤児院で引き取られ、優しくも厳しい修道女達に育てられた。
一時の平穏。
しかし、それも長くは続かなかった。
「フム、この子供が良いな。
年齢、身長、何より顔つきが似ている。」
孤児院の出資者の一人、ミストランドという貴族が、俺を拾った。
後に知った話ではあるが、あの孤児院は複数の貴族が“貴族の義務たる慈善事業”と言う奴で出資しており、その見返りとして時々こうして孤児を買っていくらしい。
買われた孤児は幸せな人生を歩む場合もあるが、そうで無い場合もあるそうだ。
それの善悪に関して、思うことは無い。
俺としては、飯が食えて暖かい寝床があるだけで良かったからだ。
幸い、俺を買っていったミストランドと言う貴族も、そこまで悪い待遇では無かった。
ミストランド家の一人息子、カイザ・ミストランドと俺が似ていたことから、影武者の1人として俺を購入したらしい。
ミストランド家は、アブド連合の中でも医療関係において強い力を持つ貴族であり、その発言力の強さから政敵も多い。
発言力ある家の一人息子、など、確かに狙いやすいアキレス腱ではあるだろう。
そのため、最悪は本人が死んだとしても気付かれない様にする、という意味もあったのだろう。
俺にも本人同様、いや、それよりも厳しく貴族としての教養、AHMの操縦だけで無く、医学に関しても学ばされた。
成人が近付くと、影武者の筈が差が出来てしまっていた。
つまり、息子のカイザは甘やかされて育ったからか、大衆が想像するクズ貴族の見本のような存在になり果てており、当然のように医師免許試験にも落ちていた。
そこから更生し、真面目に生きるかと期待されたが、想像通りのクズさを発揮し、翌年は俺が代理受験という形を取っていた。
これで俺が落ちれば、目障りになってきた俺を処刑する所だったらしい。
結果、俺が1発合格し、悔しさでその贅肉を震わせていたのには、俺も久々に笑いを堪えるのに苦労したほどだ。
ただここから、少しずつ日常が崩れていく。
ミストランド家には跡取りが、カイザ1人しかいない。
普通こういう場合、親子間ではなく親族間での家督争いが起きる程度だろうが、ミストランド家は事情が違った。
影武者の俺が、言ってみれば優秀だったらしい。
財産を湯水の如く使い放蕩の限りを尽くす実の息子と、普段目立たぬように大人しく勉学に励む俺。
親として複雑な思いはあるのだろうが、貴族は御家の存続を第1に考え、血の繋がりをそこまで重要視はしない。
ある時の親族会議で、俺を正式に養子として迎え、表舞台には俺が立ち、家督はカイザが継ぐ案が出たらしい。
つまり、実労働は俺がやり、カイザは血を残す役目にのみ生かされる、という事だ。
俺はそれでも構わなかった。
別に生きる事への目的は無い。
拾って貰い、ここまで教育を受けさせてくれた恩もある。
ある程度ミストランド家の基盤を固め、全てを譲れと言われれば素直に譲り、いつかは孤児院の隣で診療所でも開設する。
そんな、小さな夢を持った。
だがそれを、カイザは良しとしなかった。
カイザは放蕩の中で知り合った悪い友人と組み、ミストランド家の乗っ取りを企てた。
愚かなことだ。
待っていれば全てが手に入るというのに、“すぐ手に入らないから”という理由だけで、短絡的な行動に出たのだ。
拾ってくれたミストランド家当主は、真っ先に暗殺された。
俺が彼を父と呼んだのは、その命が尽きるただその時のみ。
それでも彼は小さく頷き、俺に鍵を託すと、穏やかな顔で息を引き取った。
手にあるモノはAHMの起動キー。
「……ありがとう、父さん。俺、もう行くよ。」
炎に包まれる格納庫で、AHMを起動する。
「知ってるか、カイザ。
この機体の名は“フィーニクス”。
俺達の先祖の言葉で、“炎の中から蘇る鷹”の名だ。」
武装した作業用HMを薙ぎ倒し、賊を殲滅する。
どうせ、この事件は俺が起こしたことになるだろう。
手配が回るよりも早く、国外へ逃亡する必要がある。
幸い、影武者としてミストランド家の暗部とも繋がりは持っていた。
ふと、孤児院の修道女達、その中でも、一番高齢の女性の顔が浮かぶ。
孤児院の隣で診療所をやりたいと語ったときに、嬉しそうに笑っていた、その笑顔だ。
「ゴメンね、先生。
必ず、帰ってくるからね。」
俺は、生き残ることを選択した。
作業用HMの略称はきっとハム。
この人までがギリギリのラインですかね。
あ、ギリギリアウトの方で。
と言うか多分この人、絶対アブド連合で指名手配されてるよね?
傭兵とか無理じゃね?と思ったのは、きっと気のせい。
ファイズ・ミストランド
外見年齢20歳後半~30歳程度の男性
戦場医師(ファイズ名での医師免許なし)
アブド連合出身
戦災孤児だったが、アブド連合内で医療関係に強いミストランド家の一人息子と、年齢や顔立ちが似ていたことから影武者として拾われる
乗機は40tクラス能天使級AHM、“フィーニクス”の改造機