彼等の事情②
【ラルフ・ローランドの日常業務】
-久しいな、ラルフ。そちらはどうだ?-
モニターには、黒髪を丁寧にオールバックで固めた、精悍な顔つきの男が映っている。
“この人と話すと、いつも気疲れするんだよなぁ”と思いながらも、いつもの調子は崩さない。
「まぁまぁッスね。
しかし、御自らこうしてご連絡戴くって事は、また何かしら起こりそうなんスか?」
飄々とした態度で答えるも、モニターの男は微塵も揺るがない。
-何、ちょっとした勘、と言うやつでな。
この程度の根拠でクロガネを動かそうとすると、アイツも色々五月蝿くてな。
こんな“野暮用”を頼むのに、丁度良い人材がいるなと、先程思い出したところだ。-
アンタが頼むんだ、“野暮用”なモンかよ。
思わず口から出そうになるが、この依頼主は意外に気が短い。
慎重に言葉を選ぶ。
「あー、思い出して頂いて光栄ですがね、俺じゃ無くてシロウの奴とか如何です?
アイツも御身の頼みとあれば、喜んで引き受けるんじゃないッスかね?」
モニターの男が、少しだけ口元を緩める。
滅多に表情を崩さない男の、その顔に浮かんだモノは苦笑だった。
-アレは、何というか、まだ固すぎる。
今回は正規の部隊は動かさない。
お前のように、柔軟な対応が取れるヤツの方が望ましい。-
「参りました、降参ですよ。
で、俺は何すりゃ良いッスか?
お望み通り、美女の下着から荷電粒子砲まで、何でも御用意致しますよ?」
モニターの男が何かを入力すると、ラルフの元にデータが送られてくる。
ラルフはそれを読み込み、内容を完全に覚えると、すぐにデータを消去する。
-直近で半壊している傭兵団がある。
そこに潜り込み、報告して欲しい。
恐らく彼等の次の赴任先は王国星図のMライン、それもM4からM9辺りだ。
あの辺りは、共和国離反者共が根城にしていた基地が点在している。
奴等が何を隠していたのか、俺としても興味があるからな。
まぁ、つまらないモノであるなら好きにしろ。
お前の身分証は更新しておいた。
指定エリアで物資を受け取り次第、先の傭兵団にアクセスしろ。
以上だ、質問は?-
「傭兵団には、どの程度深入りを?」
場合によっては、背中から撃つことも考えなければならない。
-お前は気にせず、友好的で構わん。
……それが必要なら、クロガネにやらせる。
では、健闘を祈る。-
通信が終わる。
額の汗を拭いながら、更新された身分証を眺める。
荒事にも慣れてはいる。
それでも、そうさせないのは彼の方の優しさか、それともまだそこまで信頼されてないからか。
「ま、どっちにせよ、信頼を勝ち取るためにもこの依頼を完遂しなきゃな。
って、あ、傭兵団に応募しないと。」
傭兵団の募集に応募しつつ、追加のデータを受信したので受け取った物資を確認する。
「は~、なるほどなるほど。
今回の俺はシロニア連邦出身ね……って、これシロニアの国家製造AHMじゃねぇか!!」
送られてきたデータにあるAHM。
50tクラス力天使級AHM、“エクスキューショナー”の改造機が映し出されていた。
国家製造AHMは得てして通常のAHMより管理が厳しい。
これを持ち出せる、相当の理由が無いとすぐに怪しまれる。
「なんてぇモンを寄越しやがるんだ、あの方は……。」
こんなモン“僕は逃亡兵です”とプラカードを掲げているようなモンだ。
今回の出身貴族もまた、ぶっ飛んでいる。
シロニア連邦にある弱小貴族、ローランド家と言うらしいが、そこの当主が乱心し、“俺か、俺以外か、重要なのは、そこ”と戦場で叫んだかと思うと突如逃亡。
シロニア連邦は逃亡兵として追いかけ、当主本人市内で潜伏しているところを見つかり銃殺となったが、AHMは最後まで見つからなかったらしい。
殺されたのは当主の身代わりであったとか、逃げる最中に破壊されて乗り捨てたとか、そう言った噂が幾つか出た後、話題にもされなくなった事件があったらしい。
これじゃ採用されないだろうとため息をついた途端に鳴る、通知音。
それは合格採用の通知だった。
“こりゃ、傭兵団もヤバい所だな”
依頼してきたあの御仁が言う“野暮用”。
これのハードルの高さに、ラルフは戦慄するのだった。
出自がまだしもまとも枠その2。
ここからドンドンと崩れていきます。
ラルフ・ローランド
外見年齢20代後半の陽気な男性
シロニア連邦国出身
AHMはシロニア連邦国で広く普及されている50tクラス力天使級AHM、“エクスキューショナー”を部分的に改修した機体
傭兵団に応募した理由としては資金繰りのため、とあるが、彼自身時々出身国を忘れているときがあるなど、不思議な面を持つ。