模擬戦闘
「フィールドは一般的な平地、中央2箇所に小規模の湖あり。
また、それらを囲むように小さな岩山が点在している。
また、敵AHMはこちらと同じ5機。
機種は不明、勝利条件は敵多数を撃破、または沈黙させること、敗北条件はその逆だ。
以上、各員、戦闘開始。」
戦闘開始前はワーワー五月蝿かったが、私が戦闘開始の合図をかけると、ピタリと雑談が止まる。
この連中、性格に難はあるがそれなりに優秀な兵士達ではあるようだ。
[こちらファイズ、索敵のため先行します。]
[了。こちらラルフ、ファイズ機の支援、合流出来る位置につけておく。]
こちらのAI機が見えない事への警戒で、軽量で機動力のあるフィーニクスが先行する。
中央から西寄りにある小高い丘に移動し、戦場を見渡そうという考えだろう。
[このカーズウァって扱いにくいなぁ……。
あ、アタシはそっちが見つけた獲物を狙える位置に動くよ。]
[フム、ならば私はお嬢さんの随伴といこう。]
バリー機とハリソン機は中央の湖を東寄りに迂回し、ファイズ機を狙う機体をカウンターする為に、フィールド東にある森林エリアへと移動している。
[俺の機体は足が遅い。
悪いが、最短距離で真っ直ぐ行かせてもらうぜ。]
短絡的に見えるが、彼の機体“ライコウ”は多少の被弾ではビクともしない。
ファイズ機にのみ火線が集中することを警戒した動きだ。
こちらのAI機もジワジワと戦線を上げ、遂に互いの機体が見える位置に近付く。
[対象発見、データ共有、送る。
敵AHM、右から俺と同じフィーニクス標準型、ドラゴンフライ偵察機、カーズウァ近距離型、左にカーズウァ支援型、それと中央にワイルドキャット。
変則的な帝国編成と推定。]
[うげ、“スナイパーマン”がいるのかよ。]
60tクラス主天使級AHM“ワイルドキャット”
兵士達の俗称で“スナイパーマン”と呼ばれるその機体は、長距離兵装として標準的なオートカノン2門と大口径のレーザー砲を2門装備している、驚異的な火力を持つ機体だ。
ただし装甲が極端に薄く、上手く運用しないとすぐに被弾して爆発四散するか、弾を撃ちすぎればすぐに異常過熱で擱座するという、非常に扱いが難しい機体でもある。
“味方にいると不安しか無いが、敵にいると厄介”という、何とも迷惑な存在なのだ。
ただし、こう言うシミュレーター内では損害を気にすることは無い。
そう言う意味では、シミュレーターにおいては非常に扱いやすい機体と言えた。
[スマートの旦那、気を付けなよ。
アンタの機体が幾らタフでも、スナイパーマン相手じゃちと厳しいだろうからね。]
スマートの愚痴を、バリーが軽口で返す。
シミュレーター上の訓練とは言え、全員が堂に入った動きをしている。
今回の募集、当たりか?
[こちらファイズ、敵フィーニクスと交戦開始。]
[こちらラルフ、こっちはまだ丘の下で射線が通らない。
耐えられるか?]
“やってみましょう”と、余裕の回答でファイズ機が空を飛ぶ。
遠距離同士、しかも空を飛んでいるAHMに弾を当てるのは相当なベテランでも難しい。
それはつまり敵に命中させるのも難しいという事ではあり、お互いに弾薬は明後日の方向に飛び交い着弾する。
だが、囮としてはこれで良い。
その火線は、大抵の兵士から目撃する事が出来る。
それをリカバリーするかのように、敵軍側の“ドラゴンフライ”が高速で戦場の中心を駆ける。
中央から見えた左手側のファイズ機に、覆い被さるように包囲しようというのだろう。
[やべぇ!ここがアタシの見せ場じゃねぇ?]
静かに進む戦場で、大きく盤面を変えようと動いた者がいる。
バリサンだ。
彼女は重量の割に機動力の高いカーズウァの脚をフルに使い、高速でドラゴンフライに接近する。
[アタシのリントヴルムならこれくらい!!]
右肩を突き出し、突出し過ぎていたドラゴンフライに突撃での体当たりをかける。
狙いは悪くない。
ここでドラゴンフライに突撃をかけ、転倒させることが出来れば、戦場が大きく変わる。
その行動を見越して、ハリソン機とスマート機はドラゴンフライに狙いを構えている。
30tクラス推天使級AHM“ドラゴンフライ偵察機”は、その名の通り偵察・斥候に使われるAHMだ。
“偵察機の中では戦場に出られる”
“フィーニクスのマイナーダウン”
など、そこそこの評価は得ているが、所詮は偵察機。
60tクラスのカーズウァの体当たりなど喰らえば、それだけで瀕死だろう。
ただし、“喰らえば”だが。
[あぁれぇえぇ~!?]
すんでの所でドラゴンフライは機体を切り返し、辛うじて突撃を躱す。
確かに彼女の言うとおり、彼女の愛機“リントヴルム”であったなら、それは命中しただろう。
ただ、今彼女が使っているのはカーズウァだ。
機体が違えば、そのタイミングも異なる。
「……惜しいわね。あの子は他の機種も操縦できるように訓練した方が良いかしら。」
ふと、“既に入隊した後の事”を考えている自分に笑みが出る。
回避したドラゴンフライがレーザーを放つ。
大したダメージになるはずの無いソレは、しかし彼女の持ち前の不運からくるモノなのか、最悪の一撃が襲った。
タックルが外れ、何とか転倒しないようにと踏ん張った事により、バリー機は足を止める。
ドラゴンフライから放たれたレーザーは、立ち止まり、旋回中のカーズウァの、装甲の隙間に差し込まれる。
“致命的命中”
装甲の隙間に入り込んだレーザーがエンジンの一部を傷付けた事により、バリー機は途端に動きが悪くなる。
恐らくは、排熱能力に影響が出たのだろう。
[うっそぉ!? マジィ!!
エンジン被弾!冷却能力低下!]
その叫びで、一気に部隊の通信が慌ただしくなる。
[ラルフさん、自分の空中機動であっちに加勢しますか?]
[いや、それはマズい。
ソレやるとあそこが主戦場になる。
俺とファイズはこのまま敵フィーニクスを仕留めてからだ。]
ラルフ機とファイズ機は、このまま瞬間的な有利を作ったままフィーニクスを撃破する道を選んだようだ。
こちらのフィーニクスも、大分追い込まれてはいる。
[バリー殿、落ち着け、私が援護する。]
ハリソン機が支援攻撃で敵の目を引こうと乱射するが、こちらのドラゴンフライと、ついでにカーズウァ近接型がバリー機をターゲットにしたようだ。
カーズウァ近接型も、ジワジワと距離を詰める。
バリー機は脱落だろう。
[あ、コイツら……なるほど。]
ずっと沈黙を保っていたスマート機が、無造作に中央の何も無い平原を横断し始める。
[スマート!危険だ!]
ラルフからの警告が飛ぶが、スマート機は悠々と平原を歩き始める。
[へっへ、お嬢ちゃん、中々ナイスな立ち回りだぜ。
出来ればそのまま、派手に動き回ってくれや。]
それだけ言うと、確実にドラゴンフライをロックし、ミサイルやレーザーを丁寧に撃ち始める。
[ミサイル撃って~、動き回って~、ミサイルまた撃って~、横に飛んだら~、大きく振りかぶって~、うん、おしまい。]
スマートが突然、鼻歌を歌いながら射撃を始める。
[……あ。]
[……なるほど。]
ファイズとラルフが、何かに気付いたように小さく呟く。
ファイズ機はそれまでの慎重な動きから、一転して無尽蔵にジャンプを多用し、ラルフ機に至っては丘の下、身動きの取りづらい窪地に移動する。
(……ん? 何をするつもりだ?)
見え見えの狙い。
ファイズ機の脇を甘くし、ラルフ機が狙いたくなる袋小路に移動する。
(流石にそんな見え見えの罠にかかるなど……。)
猛然と、ラルフ機に向けて空中で軌道を変えるこちらのフィーニクス。
空中で狙い撃つのかと思いきや、1番ダメージが大きいと思われる、“空中からの突撃”を選択する。
(なんだ!? 何が起きているんだ!?)
私は思わず中断させようとコンソールを叩きかけ、そして止める。
これはあくまでも模擬戦だ。
そして、シミュレーターに任せている。
それをここで横やり入れたら、それは違うと自分の心が言っていた。
私は画面上のスマート機を睨む。
「……何か、したわね。」