第6話 悪徳商人
「ドンレルさんにお会いしたいのですが……」
アスターゼはアルテナとエルフィスを連れてネイマール商会スタリカ村支店を訪れていた。集落に散らばる家々とは造りからして異なっており、レンガ造りの頑丈そうで美しい建築物である。
「支店長は多忙のため、お会いできません」
アスターゼたちの要求はにべもなく却下された。
それはそうである。
たかが12歳の子供が急にやってきて支店長に会わせろと言うのだ。
普通は相手にされない。常識的に考えて。
「村の人たちを騙して売りつけたのは低ランクの粗悪品だ。騙し取ったお金を返して欲しい」
「ほう……」
副支店長の男は鼻の下のチョビ髭を撫でつけながら、面白いことを聞いたような声を上げた。
「証拠はあるのですかな? あれらはかなりの貴重品でして村の皆様が率先して購入された物なのですよ?」
「品物は鑑定したから間違いない。それに皆はドンレルさんの職能や特性によって無意識の内に騙されたんだ」
「鑑定ですと? この村に鑑定士が?」
アスターゼが聞いた限りでは鑑定士はレアな部類に入る職業のようだ。
大抵は、王族や貴族、豪商などに囲い込まれているため、このような辺境にいるとは信じ難いのだろう。
「私が鑑定士です。何か持ってきてもらえれば鑑定して見せますよ」
副支店長は胡乱気な視線をアスターゼに向けながらも店の奥へ引っ込むと、一つの指輪を持って戻ってきた。
「では、この指輪を鑑定して頂きましょう」
その指輪は、まるで闇夜に輝く月のように美しい水晶のような宝石がはめ込まれており、ダイヤモンドのように何面にも渡ってカットされている。
早速、【鑑定】を行使するアスターゼ。
それは彼の眼にこう映った。
名前:ルナリオンの指輪
階級:A
特性:神聖力上昇Lv7、運気上昇Lv3
効果:神聖属性付与
製作:ゴレイーヌ
アスターゼは見た有りのままを目の前の男に話した。
彼は目を細めて感心したようなため息を漏らす。
「仕方ありません。ただ今、店長にお伝え致します」
そう言うと男は再び店の奥へと向かう。
待っている間、アルテナは高価なガラスケースに入れられた、これまた高価そうな品物を見て目を輝かせていたし、エルフィスも武器が置かれている一角で興奮した様子を見せている。
この店は何かの専門店ではなく、様々な物を扱う百貨店のような店なのだろう。
それだけ豊富な品揃えをしていた。
やがて副支店長が戻ってくると、三人は応接室へと通される。
そこには、既にでっぷりと太った禿頭の男が一人座っていた。
だが人の話を誠実に聞こうと言う態度ではなく、背もたれによしかかり踏ん反り返っている。
背後には用心棒と思しき強面の男が二人控えている。
子供が訪ねてきただけなのに、大した念の入れようである。
それだけ自分のやってきたことを自覚しているのかも知れない。
アスターゼたちが硬めのソファーに腰かけると、ドンレルは開口一番に言った。
「それで村の子供が私に何の用だ?」
「はッ! 先程もお伝えしたとおり、購入代金の返還を求めての来訪とのことです」
「返還だと? 何故私が金を返さねばならんのだ」
白々しいやり取りにアスターゼが切り返す。
「それはご自身が一番良くご存じなのでは?」
「はッ……。品物はどれも納得して購入して頂いた物だ。今更金を返せと言われて、はいそうですかと言う訳にもいかんのだ」
「職能や特性を使って買わせるのを納得してとは言わないでしょう」
「!?」
言葉に詰まるドンレルにアスターゼは更に畳み掛ける。
「あなたの職業は詐話師で職能は〈騙す〉だ。これで詐欺でないなら何だと言うんだ?」
騙すLv6なら特性の【弁舌】や【舌先三寸】などを習得していてもおかしくはない。
一応、既に判明している特性などは本に記されていることが多い。
つまり、これは本で得た知識のお陰と言う訳だ。
「小童ぁ……。お前らッ!」
髪のない肌色の頭に青筋が立っているのが分かる。
ドンレルはかなり頭に来ているようだ。
彼の呼びかけに応じて後ろの2人が剣に手を掛ける。
「おっと、俺たちが失踪すれば村の者が黙ってないぜ?」
「ふん。馬鹿が。証拠を残す真似などする訳がないだろうがッ!」
その言葉に用心棒は剣を抜き放った。
それを合図にアルテナもすかさず抜剣する。
別に戦う必要はない。
アスターゼが能力を使うまでの牽制になれば良いのだ。
とても子供とは思えないアルテナの気迫と隙のない構えに、両者は睨み合って動かない。
その隙に、アスターゼは初めて他人に能力を行使した。
【ハローワールド】
突然、黄金色の輝きに包まれたドンレルは何が起こったのか理解できずに戸惑っている。しかし、その現象が収まっても何も変わった感覚がないのか、ドンレルは落ち着きを取り戻し、高らかに笑い声を上げた。
「ふはははは! 何だ? 驚かせおって! 私に何をしたのだッ!?」
アスターゼは、彼を詐話師から無職へと転職させたのだ。
『職業大全』に無職は掲載されていなかったが、転職士になったことで転職可能な職業一覧を見ることができるようになった結果、無職を見つけたのである。
ドンレルの自己申告でアスターゼは、転職しても自分ではすぐに気付くことがないのかと考えつつ、すぐに鑑定を行った。
【鑑定】
名前:ドンレル
種族:人間族
性別:男性
年齢:46歳
職業:無職
職能1:-
職能2:-
職能3:-
加護:運気上昇Lv2
耐性:威圧Lv4
職位:騙すLv6
その結果を見てアスターゼは考える。
転職士はあくまで職業を変えるだけで、特性がなくなるなど副次的な効果はないようだ。
これでまた一つ職業システムの謎が解けたなとアスターゼはふむふむと頷いた。
この世界の職業システムはゲームのようなものだ。
他の職業に転職しても転職後の職能に加えて、他の職業の職能を一つだけセットできる。
もちろん職位を上げ、キャリアポイントを消費して能力を習得する必要はあるが、その職能が持つ常時発動型――つまりパッシブ型――の能力があれば、その恩恵を受けることが可能なのだ。
恐らく、職業による補正もかかっていると、アスターゼは考えていた。つまりセットした職能が多い程、自身のステータス――パラメータを確認することはできないが――は上がるはずだ。
また、それぞれの職業には特殊スキルがあるようで、それを使用することも可能になる。更に、セットしている全ての職業にキャリアポイントが入るので職能のスロットが多い程、恩恵は大きいと言う訳だ。
と言っても、この世界には今まで転職士はいなかったようなので、そうなると理解している者はアスターゼ以外はまだいないはずである。
最初から転職レベルが10で【ハローワールド】を習得していたお陰で、躊躇なく転職を試してみることができたのだ。
もし習得していなければ、キャリアポイントを溜めるのにどれだけの時間を費やす必要があったのか考えただけでもアスターゼはゾッとする。
「職能の項目が3つあるな……。ひょっとして好きな職能を3つもセットできるのか……? なら無職は役立たずな職業じゃないぞ」
「何をぶつぶつ言っておるッ! お前ら、さっさとガキ共を捕らえろッ!」
狭い部屋の中で斬った張ったが始まった。
アルテナはアスターゼの父であるヴィックスに剣術の稽古をつけてもらっている。職業が聖騎士だけあって、彼女は吸収するのが速い上、その技量は凄まじい。
エルフィスは後ろに下がっていつでも神聖術を使えるように状況を見守っている。
無職が有用な職業であると判断したアスターゼは、すぐにもう一度能力を発動することを決めた。人体実験になってしまうため、さし当りのなさそうな職業への転職については今までは自分で試していた。
職業に貴賤なしとは言うものの、どこか印象の良くない職業を自分で試すことには抵抗があり今まで試していなかったが、悪人に使う分には罪悪感はない。
アスターゼは、再びドンレルを転職させ、【鑑定】の能力を行使した。
名前:ドンレル
種族:人間族
性別:男性
年齢:46歳
職業:自宅警備員
職能:自宅警備
加護:運気上昇Lv2、傲慢Lv5
耐性:威圧Lv4
職位:騙すLv6
ドンレルの状態を確認したアスターゼは、確信した。
この世界で役に立たない職業、それは前世と同様、自宅警備員であったのだ。
職能が使えないばかりか、更に加護に"傲慢"と言う項目が追加されている。
鑑定の説明に寄れば、呪いの一種らしく人望を失い、人が離れていく影響がある加護であるらしい。
アスターゼの笑みが深くなる。
たかが子供とアルテナを見下していた用心棒たちも今やその表情は真剣そのものだ。広い応接室だが、部屋の中と言うこともあり、彼らはアルテナに押されまくっていた。それ程までに彼女は躍動していたのだ。
「ドンレルッ! 観念しろッ!」
「観念だと? さっきから何をしているかは知らんが、暴力で物事を解決しようと言う姿勢は感心せんなぁ……」
「お前が言うな! それは良いからとっとと自分の状態を確認してみるんだな」
「状態を? ……? 何だと? 何だこの職業は……?」
「お前はもう今までの職能を使うことができない。せいぜい自分の罪を悔やみながら生きていくんだな」
アスターゼは、そう言うとアルテナとエルフィスに合図を出した。
脱出の合図だ。
3人は、アルテナを殿に応接室から飛び出すと、店舗から疾風の如く姿を消したのであった。