1章 8話『あなたのレベル上限は1です』
それから1週間、僕が倒したスライムはたったの2匹だった。レベルは勿論上がらず、冒険者ギルドで換金してもこれじゃあ大した金額にならない。
倒せないスライムとずっと戦い続けて疲労と空腹感でコンディションは最悪だ。それでも今日こそは上手くいく筈だと毎日、毎日、王都郊外に向かう。
「おいリース、やつれてフラフラじゃないか」
もう2度と会わないと思っていたオジサンとは毎朝、顔を合わせる。金がなくてスラム街にある自分のテントで寝泊まりしてるのだから当たり前か。
「なんか食ってけよ、お前、マジで酷いぞ……」
「黙れよ! お前みたいな下賤の人間にどうしてこの僕が同情されないといけない。とっと失せろ!」
「分かったよ。でも本当に困ったら家にこいよ」
「お前の豚小屋なんぞに誰が行くものか、僕は今日こそスラム街には戻って来ないぞ」
そう言うとオジサンは困った顔をして頭を手で掻いたが、僕はそれ以上相手にしなかった。焦燥感とそこから来る怒りで、頭の中がいっぱいだった。
王都郊外のいつもの森まで歩くのも一苦労で、とても戦える体調では無かった。だが僕は魔王を倒している、この1週間は運が悪かっただけなんだ。
「やっと森に着いた……」
朝にスラム街を出た筈なのに、時刻はもう昼近くだ。僕は辺りを見渡すとの姿を木の向こうに軟体生物を見つけて、慣れた手つきでダガーを構えた。
だが何回ダガーを振ってもスライムに攻撃を回避されてしまう。何故当たらないのか理解不能だ。僕の剣は誰より速く誰も避ける事が出来なかった。
その時、あの森で出会ったあの講釈女が言っていた事を思い出す。完全にステータス頼りの戦いをしていて、戦闘経験のない人間の動きをしていると。
「そんな訳あるかよ!」
それじゃあ勇者だった頃の僕は、高いステータスでごり押してただけの無能で、武器の扱いや体の動かし方なんかはあの講釈女にすら劣るというのか。
「あのクソ女がッ!」
怒号を張り上げると、僕は自分のダメージも厭わず獣のようにスライムをダガーで突き刺す。そして間髪入れずに、何度もダガーで突き刺して殺した。
〈経験値15取得〉という表記が浮かび上がる。どうだ、講釈女め、これが僕の実力だ。勇者だった頃にこんな動きをした事はないがそれは無視する。
「やった、これならいけるぞ!」
重要なのは倒したという事実だ、これで取得した経験値はスライム4匹分の60。だがレベルが上がる事はない。それならば同じ事を繰り返すだけだ。
僕は血走った目でスライムを探すと、片っ端からダガーで斬りかかって突き殺した。それはさながら通り魔ようだったが、相手は魔物なので問題ない。
そうして20匹はスライムを倒した頃だろうか。メッセージが出てきて、僕は狂ったように何度も軟体にダガーを突き刺していた腕をピタリと止めた。
「レベルアップだ……」
だが浮かび上がった表記に目を疑った。
〈あなたのレベル上限は1です〉
「なんだコレは、目の錯覚か?」
レベルの上限が1?そもそも人間にレベルの上限があるなんて話は聞いた事がない。思い浮かんだのはあのベレニスの2つの魔法をかけたという言葉。
1つはスキル〈隠密行動〉の一定時間付与だった。それじゃあもう1つの魔法というのは、レベルアップしなくなってしまう魔術だとでも言うのか。
「ベレニスならできる、あいつは一流魔術師だ」
僕に惨めな体で一生を過ごして欲しいと言っていたのを思いだし、強烈な怒りがこみ上げてきた。ふざけるな、なんでアイツの逆恨みでこんな目に。
「ふざけるなッ! ふざけるなッ! くそッ!」
近くにあった木の幹を何度も蹴りつけながら、声が枯れるまで憎悪を叫び続けた。それでも怒りは収まらなかったが、体の方に限界がきて止めた。
疲労と空腹が押し寄せてきて、僕は20匹以上倒したスライムのポイント換金しに行く事にした。今はもう何も考えたくない、宿屋で疲れを癒そう。
腹を空かせながらも夕陽に照らされる王都の冒険者ギルドへと続く道を歩く。そうしているとすれ違ったのは、あの人殺しのマゼルともう1人だった。
「え? なんでリースがこんな所歩いてるの?」
「お前は窃盗の罪で牢屋にぶち込まれたよな」
お前らがぶち込んだんだろ、そう言いたかったが僕は無視する事にした。こういう厄介な輩を相手にするだけの気力は、もう既に残ってはいなかった。
そうやって通りすぎようとすると、マゼルが僕の腕をガッシリと掴んで離さなかった。なんなんだよ本当に、また僕を騙して縛り首にでもしたいのか。
「離せよ! この薄汚い人殺しが!」
「なんだとテメェ! 偉そうな口叩きやがって」
往来でそんな声を上げたせいで通行人達から注目を浴びる。それを見て焦ったマゼルじゃない方が、まあまあとマゼルが掴んでいた腕を離させる。
「リースも早くなんでここにいるのか教えようよ」
全部お前たちの都合なのに、なんで僕が駄々をこねる子供みたいな扱いをされてるんだよ。だけどコイツらが消えてくれるなら面倒くさいけど喋ろう。
「無罪になったんだ。はい、もういいか?」
「なんでだよ、普通は縛り首になる筈だろ」
「知るか! そんなに知りたいんだったら、城にいる役人にでも聞いてこいよ!」
ベレニスの名前を口に出すのも嫌で、僕はそう怒鳴りつけた。そもそも僕がベントだからって説明をしても、どうせコイツらは絶対に信じないだろう。
「それはごもっともだね。じゃ、どこ行くの?」
「冒険者ギルドだよ、換金しに行くんだ」
口を滑らせ金の話をしたのは失敗かと思ったが、連中は何がおかしいのか知らないけど笑い出す。勝手に笑ってればいい、僕は早く食事がしたかった。
「リースが換金できるくらいの魔物を倒したのか」
「そうだよ、だから、どっかいけよ!」
「ねぇリース、下級魔物は1000匹くらい倒さないと銅貨1枚にもならないんだよ?」
「は? なんだよ、それ……」
呆然とする僕を見てマゼルともう1人は腹を抱えて笑いをした。銅貨1枚じゃ宿屋になんか止まれないし、そもそも僕が倒したスライムは20匹だけ。
嘘だろ、魔王討伐の旅をしてた時は簡単に稼げた筈だ。でも思い返せば、その時に倒していたのは最上級魔物ばかりでスライムで稼いでた訳じゃない。
「じゃあ、僕は何をしてたんだよ」
レベルは上がらないし、金も稼げていない。ただ毎日精神をすり減らして、疲労と空腹感を蓄積していただけだ。僕は何も面白くないのに笑っていた。
「ははっ……はは……は……」
「あー腹が痛え、じゃ、じゃあなリース! お前が生意気な口を効いた事はツケにしといてやるよ」
「そうだねあまりに可哀想だから、今日は許してあげよっか。バイバイ! リース!」
気付けば僕は不衛生でハエがたかるスラム街の自分のテントに戻ってきていた。どうやってここまで歩いてきたのかは、全く覚えていなかった。
腹が減ったけど食料を買うための金を稼ぐ手段はなくなった。いや最初から無かったというべきか。だけど、あの残飯を食べるくらいなら餓死を選ぶ。
「僕は世界を救った勇者なのに……」
ステータスが低い事がこんなに辛いとは思わなかった。今までの僕なら簡単に解決出来ていた些細な事に、弱者はこんなに苦労を強いられてるのか。
「そうだ、僕に弱者がどうとか言ったあの男!」
本物のリースが僕の体を使って王様になっているんだ。ならもうすぐスラム街の状況は改善される。奴と入れ替わってから、かなり時間も経っている。
僕に高説を垂れるくらい弱者の気持ちが分かるんだろ。なら弱者の僕に腹一杯の食事と、豪勢な寝床を用意しろよ。金でもいい、金貨を山ほどくれ。
「そうだ、あいつが何とかするまでなにもしない」
レベルを上げる必要も、モンスターを倒す必要もなかった。ただ腹を減らさないように横になって、王様が僕の状況をどうにかするのを待っていよう。




