1章 7話『スライム戦』
王都郊外の木漏れ日の差し込む森の中で、僕はダガーを構え一匹の下級モンスターと対峙していた。空腹で、体調は万全ではないが楽勝に決まってる。
「来なよ、雑魚モンスター!」
軟体生物の化け物スライムが僕に体当たりを仕掛ける。それをギリギリの所で回避すると、僕は錆がかったダガーでスライムの横っ腹を引き裂いた。
と思ったが手応えは全くなかった。外した、最低ランクのモンスターに僕の攻撃が見切られている。もう一度ダガーを振るうが、やはり回避される。
僕のステータスがスライム以下なのは分かっている。だけど予定では勇者として積んできた戦闘経験から、簡単にモンスターを倒せる筈だった。
「どうなってるんだよ、コレ……」
ステータスが低いと言っても腕力や防御力は、体の動作とは関係ない。俊敏が前に比べて下がった事で動きは鈍くなったが、体捌き等の戦闘技術はこの体でも再現出来ているのでスライムに負けるというのは変だ。
「そうか、これは剣じゃなくてダガーだ」
僕はずっと聖剣で魔物と戦っていて、ダガーなんて使うのは初めてだ。きっと慣れない武器を使っているせいで、こんな醜態を晒しているのだろう。
剣が使えれば誰にも負けない、そんな事を考えているとスライムが体当たりを仕掛けてくる。僕は攻撃を回避するが、思わず躓いて転けてしまった。
「痛ッ! なんなんだよ!」
慌てて起き上がると、その無防備な体に軟体生物の突進がもろに直撃する。またも地面に転がると、僕はもう自分のHPが残り僅かしかない事を悟る。
しかし起き上がれば、その無防備な隙に再び体当りを食らってしまう。僕は顔が青ざめてきた。次に攻撃を受ければ死ぬ、だが対抗する手段がない。
「えっ? もしかしてスライムに殺されるの?」
その時、スライムを引き裂く音が聞こえてくる。頭を上げると、最低限の攻撃力・防御力しかないであろう武装をした少女が僕を見下げていた。
「リース、こんな所で何をしてるの?」
「だ、誰だよ君は?」
「テアだけど? 覚えてない訳ないよね?」
少女は長い栗色の髪をなびかせながら、安っぽい片手剣を鞘に収める。そうして彼女は手を差し出したが、それを視界にも入れず僕は立ち上がった。
「ヤバいな、危うく死ぬ所だった」
「え!? 死ぬって、なにしてるの、リース!」
またリースの知り合いが出てきた。しかも今度は女。少女を見てエーリカを思い出す。正直に言うと僕は昨日から女が恐い。だから消えて欲しかった。
そう思い完全に無視して森の中を進んでいくと、少女も黙って僕の後ろを付いてきた。なんだよ、また僕をその気にさせてから貶めるつもりなのか。
「ねえリース、HPは大丈夫なの?」
「うるさいな、大丈夫じゃないに決まってるだろ」
「じゃあ、はいコレあげる」
そう言って差し出してきたのは薬草だった。多分、彼女は身なりからして稼げてない駆け出し冒険者だ。そんな人間には薬草の出費も痛い筈と思う。
「まあ貰ってやる」
「あと、スライムは私が倒したんだけど」
そうかこの人はさっきのピンチも救ったんだったな。でも女に心を許すとまた嫌な目に合いそうだから、僕は彼女を無視して貰った薬草を飲み下した。
「よし、もう一回スライムに挑戦するか」
「じゃあ私はそれを見てるね」
「君に話しかけてないんだけど。あと見ないで」
「じゃあ薬草の代金を払ってよ」
面倒くさいからもう無視する事にした。別に見られてようと、関わりを持たなければ問題ない。僕はダガーを構えると、魔物が居ないか辺りを見渡す。
「あ、居た! スライムだ」
「そうだね」
「あの、僕の独り言に入ってこないでくれる?」
「いや独り言、酷すぎでしょ」
僕は発見したスライムに不意打ちを仕掛け、後ろからダガーで引き裂いた。ようやく手応えのある感触を感じ、このままの勢いで倒そうとした。
しかし次は攻撃するところを見られていたので、回避されてしまう。そうしてる内に突進攻撃が襲ってくるが、それはさっきの戦いで見切っている。
「そこだっ!」
さっき失敗した突進を回避して、スライムのがら空きになった横腹を引き裂く攻撃。しかしやっぱりかわされてしまい、今度は僕に隙ができる。
そして回避して、回避されるのを十数回繰り返すとようやく僕のダガーがスライムに突き刺さった。しかし僕の攻撃力が低く、まだ相手は倒れない。
空腹のせいもあって体力は限界に近い。そこに再び軟体生物が突進してくる。まずい足が動かない、そう思うと僕は咄嗟にダガーを前方へ突きだした。
突きだした武器にスライムが飛び込んでくる。僕はその衝撃を受け止めきれず、背中から倒れた。しかしダガーに刺さったスライムも息絶えている。
「ふぅ……」
〈経験値15取得〉という表記と共にスライムは霧散した。だが、残念な事にレベルアップはしなかった。またこの戦いをしないといけないのか。
そう考えると気が滅入るが、レベルさえ上がればこの最弱な体も少しはマシになる。そんな事を考えていると「見ている」と言ってた女と目が合った。
「あのヘロヘロな動きはなんなの?」
「は? 何を言ってるんだよ」
「だから攻撃も動きもヘロヘロ過ぎて、スライムにも回避されてるじゃん。それって相当だよ」
「あ、それはダガーに慣れてないから」
「いや武器とかの問題じゃないって。戦闘経験の全くない人間の動きだよ、アレは」
いや戦闘経験は十分に積んでいるし、僕はあの魔王を倒したんだけど。ダガーの問題じゃないなら、空腹か俊敏が10しかないせいに決まってる。
「ねぇリース、ちょっと見ててよ」
そう言うと彼女はスライムを見つけると、片手剣でザシュ、ザシュと切り裂いた。その攻撃は相手に一切の避ける隙を与えず、数秒で終わった。
「はいはい、すごいね」
「いやスライムならこれくらい普通なんだけど」
「でも君、僕より遥かに俊敏が高いんでしょ?」
「全然高くないし。ステータス共有、〈リース〉」
少女がそう言うと、僕にも彼女のステータス画面が見えるようになった。これは〈勇者〉の〈鑑定〉以外で、唯一他人のステータスが見れる方法だ。
いや見せれると言った方が正しいか。そういったわけで、共有されたステータスを見てみると、僕よりかはマシだけど彼女のもなかなかに酷い。
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テア・ノード
種 族:人間 性 別:女
レベル:5
H P:250/250
M P:50/50
腕 力:20
魔 力:10
防御力:30
抵抗力:5
敏 捷:10
スキル:なし
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武 器:片手剣 攻撃力30
頭防具:なし
体防具:革の防具 防御力20
足装備:靴 防御力0
持ち物:薬草×2
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「ほら、リースと大して変わらないでしょ」
「まあそうだけど……」
俊敏が10で僕と数値が全く同じなのに、彼女は簡単にスライムを倒してみせた。という事は、俊敏は関係なくて空腹なのがいけないのだろう。
「何が言いたいかっていうと、リースは完全にステータス頼りの戦いをしてるって事だよ」
「してないよ、空腹で体調が悪かったんだ」
「化け物みたいなステータスの人ならともかく、普通の人が戦うなら多少の技量があった方がいい」
空腹で体調が悪いって言ってるのに、耳がついてないのかこの人。そもそもなんで戦闘の達人の僕がこんな雑魚の講釈を聞かないといけないんだ。
「今言った事はお父さんの受け売りなんだけどね」
「うん、よく分かったよ」
僕はさりげなくその場を立ち去ろうとすると、彼女が腕をぐいっと引っ張った。だから僕は女性が怖いんだよ、そんな距離を縮めて来ないで欲しい。
「リースがもう一度冒険者を目指すなら私が戦い方を教える。大丈夫、すぐ私みたいになれるから」
そもそもこの人は親しげに話しかけてくるけど、リースとはどういう関係なんだ。あまりに馴れ馴れし過ぎるし、そもそも僕はリースじゃないんだ。
「分かった、それじゃあ明日から教えてよ」
「そう! じゃあ場所はどうする?」
「ここでいいよ」
「分かった、約束だからね!」
そう目を輝かせて話す彼女に手を振り、僕はその場から立ち去った。もうこの場所にはもう来ないでおこう、別にリースが嫌われようとどうでもいい。
だがその後さっきのがまぐれと言わんばかりに、日が落ちるまでスライムを一匹も倒す事が出来なかった。でも空腹で体調が悪いんだから仕方がない。




