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1章 4話『2つの魔法』

 鉄格子の窓から届く月明かりに照らされて、僕は冷たい石の床に座っていた。だが不幸中の幸い、この牢屋はハーレムの皆がいる王城の地下にある。


「ねぇ、看守。ハーレムの誰かを呼んでよ……」


 だがもう何百回も檻の向こうにいる看守に言ってるのに、彼は僕の言葉に従う事はなかった。

 最初の内は「うるさい!」だとか怒鳴られたりしていたが、今はもう反応すら示さなくなった。


「勇者は偽物なんだよ、ハーレムの女の子を呼んでくれ。そしたら僕が本物だって分かるから」


 このままだと僕は縛り首になってしまう。勇者である僕がこんな所で死んでしまったら、世界に対する大きな損失だ。早くなんとかしないと。


「ねぇ看守……」


 にしてもさっきから体が重い。思い当たるのは衛兵に殴られた時のダメージだ。

 彼は別に渾身の力を込めて殴られた訳じゃない。なのに生まれて初めて死にそうになっている。


「ステータスオープン」


―――――――――――――――――――――

 リース・サドウィン 16才

 種 族:人間 性 別:男


 レベル:1

 H P:10/2 M P:0/0

 攻撃力:10(-5)

 魔 力:0

 防御力:10

 抵抗力:10

 敏 捷:10(-5)


 スキル:なし

―――――――――――――――――――――


 なんだコレは。HPがあと2しか残っていない上に、そのせいでステータスの攻撃力と俊敏にマイナス補正がかかっている。


「おい、エーリカを呼んでくれ!」


「いい加減にしてくれよ、自称勇者様!」


 看守の太った体が鉄格子の向こうに立ち、大きな影をつくる。こうして檻の向こうにひたすら話しかけていたが、看守が姿を見せたのは初めてだった。


「自称じゃない、僕がベント・ロッシュだ」


「で? その偉大な勇者のベント様が、盗みを働いて牢屋にぶち込まれているのか」


「やってない、騙されたんだよ」


「物を盗もうとして他人の家に入ってるのに、やってないってどういうことなんだ勇者様?」


「それは後で賠償金を払おうと思って――」


「いや、やってるじゃないか! 後で賠償金を払えば盗んでもいいなんて考える奴は勇者じゃないな」


「だから騙されたんだ! 僕は悪くない」


 これだけ説明しているのに看守は呆れた顔をして、肩をすくめるだけだった。こいつと話すのは時間の無駄だ、ハーレムの誰かを呼ばせよう。

 この際誰でも良い。彼女達の誰かと話をすれば、僕は本物の勇者だと分かってくれる筈だ。


「もういい、エーリカでも誰でもいいから呼んで」


「お前みたいな本物のクズにエーリカ様達を会わせたら、本物の勇者様に怒られてしまう」


「だから僕が本物の勇者なんだよ!」


「狂人の相手をした俺が馬鹿だった。次に口を開いたら棍棒で殴るから覚えておけよ」


 そういうと看守は去っていった。もし棍棒で殴られた場合、確実にHPが0になって死んでしまう。

 だから僕は黙らざるを得ず、仕方がないので今はHPを回復する為に眠る事にした。

 だが石の床に敷いてあるボロ布の寝心地は最低を通り越して痛みを感じる。縛り首になるという焦りもあり結局、明け方になるまで眠れなかった。


「こいつがベントを語る窃盗犯なのか?」


「はい、そうですベレニス様。ですがこの様な下賎の者と言葉を交わしても宜しいのでしょうか」


「いいんだよ、面白そうだからな」


 目を開けると日の光が眩しくて手で遮る。鉄格子の前では看守とベレニスが何かを喋っている。

 まだ寝惚ているのだろうか。だが金髪に長い耳、雪のように白い肌は間違いなくベレニスのものだ。


「ベレニス! 僕だ! ベントだ!」


 眠気なんて一瞬で吹き飛んだ。僕は慌てて起き上がると、鉄格子の隙間から彼女に手を伸ばす。

 エルフの女魔術師で術式の知識量は世界でも上位に入る。魔王討伐の旅を共した仲間で、元奴隷のエーリカと同じ僕のハーレムの一員でもある。


「良かった、君に一番会いたかったんだ。君なら、僕にかかった魔術をどうにか出来る!」


「へぇー、ベントなの?」


「そうだよ、何なら僕とベレニスの2人しか知らない事を証拠として話してもいい」


「じゃ、お願い」


「ほら、エルフの大樹の下で――」


「マジじゃん。そっか昨日から王座に居る方のベントは様子が変だったし、ま、信じるよ」


 後ろで看守は苦い顔をしている。だが、やっぱりハーレムの一員なら僕が本物だと分かってくれる。

 そうして僕が格子の向こうに伸ばしていた手を、ベレニスは汚物でも見るような目で払いのけた。


「ざまあみろベント! お前はもう終わりだ!」


 そうしてベレニスは手を叩きながら楽しそうに笑い、困惑する僕を見てより更に笑った。彼女は何を言ってるんだ。脳が理解する事を拒絶していた。


「僕たちは仲間で、恋人じゃないか」


「気色悪いんだよ。お前みたいに女を都合がいいモノかなにかと勘違いしてるクズ野郎は」


「いや、だって君は僕に甘えてきて……」


「演技に決まってるだろバーカ、私はずっとエルフの大陸を滅茶苦茶にしたお前を殺したかったんだ」


 そうして彼女はナイフを取り出すと、看守から鍵をひったくり独房の中に入ってきた。

 エルフの大陸を無茶苦茶にした?意味が分からない、僕はそんな事をしていない。


「ステータスが高過ぎてずっと殺す隙を見つけられなかったけど、やっと念願が叶うな」


「ちょっと待ってくれ、まずは話をしよう」


「話す事なんて……いや、待て。そういえば、お前は何でそんな体になってるんだ?」


 ベレニスはナイフを僕の首筋に突き付けながら、早く喋れと目で促す。本当はなにか勘違いしてると言いたかったが、そう言った瞬間に殺される。


「く、黒い指輪だ! リースという男が僕にそれを向けて魔術で体を入れ替えたんだよ!」


「なんで魔術が効くの? アンタ、抵抗のステータスが9000あるって自慢してたじゃん」


 そういえば彼女の言う通りだ。僕の抵抗力があれば、ほとんどの魔術が無効にできる。

 何でそんな大切な事を今まで忘れていたんだ。いや、そんな事よりあの黒い指輪の正体が気になる。


「そういえば、黒い指輪は僕の鑑定スキルを使ってもエラーが出て見れなかった」


「勇者スキルで強化された鑑定でも解析ない物があるとするなら、それは神器じんぎだな」


「な、なんなんだよ神器って」


「神が造った物。魔術じゃないから解除方法もなくて、その効果は一生消えないって事だ」


 効果が一生消えない?その言葉に唖然としていると、ベレニスはナイフを首筋から離した。

 そして僕を哀れむような目で見ると、徐々に破顔していき最終的には大笑いしていた。


「ベレニス、ど、どうすればいいんだよ!」


「キャハハハハ、無理だよ! アンタは死ぬまでその凡人の体で生きていくんだ!」


「そんな……嘘だろ……」


「あ、そういえば、窃盗の罪で縛り首になるんだったなあ! もう死ぬからいんじゃね?」


「いやだ、死にたくない! この体の事は後で考える。だから、縛り首はどうにかしてくれ」


「いや、それアンタがドヤ顔しながら決めた法律じゃん。大臣も何度も止めるよう言ってたし」


「間違ってた事は認めるよ!」


「その法律で食べ物に困った子供なんかも縛り首になってるんだけど?」


「事情があったんだ!」


「アンタにどんな事情があったか知らないけど、多分今まで縛り首になった人も同じだから」


 そんな間違ってる法律なら、さっさと僕に言って撤回させればよかったじゃないか。

 そう思ったがベレニスも大臣も、何度も撤回するように言っていた。だけど僕は人の物を盗む奴は、皆クズだから情けは要らないと突っぱねている。


「た、助けてよ……」


「冗談だよベント、縛り首にさせるなら、さっき私がナイフで首を掻き切ってる」


「どうにかしてくれるのか! ベレニス!」


「うん、アンタにはその惨めな体で一生を過ごして欲しいんだ。無罪にしといてやるから」


「ちょっと待ってくださいベレニス様」


 そこで口を挟んだのは看守だった。だがベレニスはその口を唇で塞ぎ黙らせた。


 僕以外の男に抱きつきキスしている。そうだベレニスは僕を殺そうとしたし侮辱もした。こんな奴は聖剣があれば真っ先に切り裂いているところだ。

 それに勘違いで事で僕を恨み、ずっと殺意を隠して近付いていた。僕の体がもう取り戻せないならハーレムの皆と田舎で暮らそう。だけどベレニス、こんな最低な奴はもうハーレムには必要ない。


「無罪にしてくれたのは感謝する」


「どうも、上辺だけの言葉をありがとな」


「けど、失ったのは体だけ。僕はお前以外のハーレムのみんなと城を出て幸せに暮らすよ」


「そ、じゃあね。誰が付いてくるのか知らんけど」


「どういうことだ!」


「うわぁ……自分が縛り首にならないって決まった瞬間、急に強気になりだしたよ」


「ハーレムの皆は僕に付いてきてくれる」


「こないよ。ミリアは昨日も偽ベントと寝てたよ。彼女は別人って事に気付いてなかったし単純に強い男が好きなんでしょ」


「う、嘘を吐くなよ……」


「フレイヤは家族にお金が必要だった。彼女とは仲がいいんだ、よくアンタの愚痴を言い合ってる」


「エ、エーリカは?」


 僕は思わずエーリカの名前を口にしていた。ミリアもフレイヤもエーリカも勿論、付いてきてくれる。こんなの信じるに値しない戯言なのに。


「今は偽ベントが王座の間にいる時間だから庭園に行きなよ、きっと面白い物が見れるから」


「分かった、お前の嘘を証明する為に中庭に行く」


「さよなら、ベント。最後に2つの魔法をやるよ」


 そう言うと彼女は売女らしく看守に絡み付きながら、何かの魔術を僕にかけた。

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