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1章 21話『心境の変化』

 今まで気にした事も無かったが、人に作った借りを作っていた事を意識し始めた。何の心境の変化か分からないが、とにかく借りがあるのはムカつく。

 ジシイのは前回のでチャラにしたし、テアは自称姉だから別にいいだろう。だがニルスには借りを作り過ぎていて、何をしたら返せるのか分からない。


「本当に調子が狂うな」


 僕には復讐というやらなければいけない事があるのに、こんな事に時間を割いている暇はない。とりあえずテアが帰ってくる前に終わらせてしまおう。


「おい、リース! テアから手紙が届いたぞ」


 腐ったのテーブルに肘を掛けながら顔を向けると、豚小屋の扉を開けてニルスが入ってくる。相変わらず色々ムカつくし、言ってる事も意味不明だ。


「こんな場所に手紙が届く訳ないだろ」


「スラム街じゃなくて、色々と世話になってる王都の酒場に送られてきたんだ。というか読んでみろ」


 どうせ「練習してないよね?」とか面倒くさい事が書いてありそうなので、あんまり読みたくなかった。という事で僕は露骨に話題を逸らす事にする。


「手紙よりその酒場の方が気になるんだが」


「店主が廃棄する食料をスラムに寄付したり、酒場を郵便物の受け取り場所に使わせてくれてるんだ」


「いくつあるのか知らないが残飯の供給源か」


「そうだな他にいくつか食べ物の寄付を頼んでいる店もあるが、って待て。それよりテアの手紙だ」


 手紙が目の前に差し出され、仕方なくニルスの手から乱暴に奪うと封を切った。そうして畳まれた紙を取り出して開くと、僕はその中身に唖然とする。


「おい、なんだコレは?」


「なんだって、いつものテアの手紙だが?」


 紙には遠目で見たら真っ黒に見えるくらい、ビッシリと文字が書かれていた。それに筆跡も馬鹿みたいに汚くて、とても人間が読めた物ではじゃない。


「この黒い紙は明らかにおかしいだろ」


「そうか、リースは初めて見るのか。テアは手紙を出すにも金がかかるから、家族に対してはもったいないと言って隅々まで文字を書くんだ」


「クソみたいに貧乏くさい奴だな。あと文字がクソ汚い。コイツに読み書きを教えた奴は一体誰だ?」


「俺だが、そんな汚いのか?」


「お前、剣の扱いくらいに上手く教えてやれよ」


 とりあえず読めないので手紙はニルスに渡す。子供の頃に文字を教わったリジル家の家庭教師なら、人の書いた文字ではないと冷たい目で言うだろう。


「で、なんて書いてあるんだ?」


「要点だけ言うとテアは帰るのが予定より1週間遅くなるらしい。あと練習してないよね、だと」


「やっぱり面倒くさい事が書いてあるな。というかアイツ1週間も遅くなるのかよ」


 まあ足の怪我も治っていないし、帰って来ても所で練習できないから別にいいけど。というか自分が教えたとはいえニルスは手紙をよく解読できるな。


「やっぱり、そんな汚くないと思うんだが」


「なあ、文字っていうのはこうやって書くんだよ」


 僕は錆びた鉄製のコップから水を少し垂らすと、濡らした指でテーブルに「クソ野郎」と書いて見せる。するとニルスは驚いたのか目を大きく見開く。


「綺麗な字をしているな! お前、こんな特技をいつの間に習得していたんだ?」


「ははっ、これくらい簡単にできる」


 興が乗ったので、獣人語・エルフ語・ドワーフ語を書いてやった。するとテーブルのささくれ立った部分をなぞってしまい、木のトゲが指に刺さる。


「クソ! このゴミテーブルは今すぐ捨てろ」


「すごいなリース、これだけ言語に造詣が深いならスラムのガキ共に文字を教えてやってくれないか」


「おい聞いてるのか! さっさと捨てろ!」


 僕は指に刺さったトゲを目を細めながら、頑張って引き抜いた。こんな腐ったテーブルは、いつ触って怪我するのか分からないので即刻捨てるべきだ。


「このテーブルか? これは腐ってはいるが、捨てられてたゴミにしては結構いい物なんだぞ?」


「……あれ? ニルス、なんて言った?」


 僕はどうでもいいテーブルの事に気を取られていて、何か大切な事を聞き逃した気がする。僕に何かを教えて欲しいとか言っていた気がするのだけど。


「だからこのテーブルは――」


「もうテーブルの話はいいんだよ! その前だ!」


「ああ、ガキに文字を教えて欲しいって話だな。もしかして引き受けてくれるのか?」


「それだ! よし分かった、引き受けてやるよ」


 ガキに文字を教えれば、ニルスに作った借りを返す事が出来るんだな。衣食住とガキに物を教えるのでは釣り合ってない気がするが、そんな事はない。


「勢いで言ったんだが、やってくれるのか! リースは子供とか嫌いそうだから断られると思ったぞ」


「なんだよ、その偏見。別に普通だから」


「普通か! それなら良かった。リース、今からガキ共の居る教会に行けるか?」


「まあ別にいいけど」


 どうせ小屋に居ても何もする事がないので、脇に置いていた杖を掴み椅子から立ち上がる。足の怪我は塗っている軟膏のお陰か、多少はマシになった。


「人間の言語だけでいいんだろ?」


「ああ。それじゃあ案内するから付いてきてくれ」


「テアが帰ってくるまでに終わらせてやるよ」


「そんなに急いで教えなくてもいいんだぞ。早急に文字を覚える事を必要としてる訳じゃないんだし」


「教師である僕が早急に終わらせたいんだ」


 旅をしていた頃に、今思えば吐き気がするけどエーリカに文字どころか回復系魔術をまで教えている。僕にかかれば文字の習得くらい数日で終わる。


「多分、そんなすぐに終わらないぞ」


「僕なら余裕なんだよ」


 ニルスの後に続いて外に出ると日差しの強さに目が慣れず、僕は腕でひさしを作った。外が明るければその分だけスラムの不衛生さが浮き彫りになる。


「相変わらず汚い街だな」


「まあ、そうだな。ゴミ拾いでも一緒にするか?」


「誰がお前なんかとやるかよ」


「ははは、だよな」


 路上には浮浪者が座り込んでおり、その内の何人かがニルスに挨拶してくる。そんな様子を眺めていると、彼は視線を僅かに下に向けて僕を見据える。


「人と仲良くしたくなったのか?」


「したい訳ないだろ。下民連中なんかと」


「でも前なら何があっても、他人を助けてくれるような依頼なんて引き受けてくれなかっただろ」


 借りを返したいだけという事は何となくだが、本人だけには伏せておく事にした。でもニルスの言う通り、少し前ならこんな事は死んでもしなかった。


「まあ、今回だけ特別だ。今後は一切しない」


「そうか。だがリースは成長していると思うぞ」


 なんかムカつく事を言ってきたので無視する事にした。中身がゴミ野郎からこの僕に入れ替わったんだから、成長したと錯覚するのは当然の事だろう。


「でも成長より、前と比べて俺やテアと喋ってくれるようになったのが個人的には嬉しかったりする」


「気色悪い事を言うなよ」


 にしても本物のリースは、この親子から馬鹿みたいに好かれているんだな。そう思うと何か寂しさを感じた気がするが、それも思い違いに決まってる。

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