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1章 20話『鬼人の末路』

 ニルスに助けを求めた時、影から見ていた多くの目はスラムの自警団員だという。彼等は廃墟になった宿屋を詰所として利用おり中はそれなりに広い。

 宿屋で使われていた椅子の一角に座ると、僕は剣で切られた足の傷をニルスに手当てさせる。周りを見てみると団員達はそれぞれの形で待機していた。


「コイツら自警団なんかしてないで全員働けよ」


「人には色んな事情があるんだ。働けないから、ここでの活動を対価に食糧を支給されてる奴も多い」


「つまり残飯目当ての犯罪者の集まりって事か」


 膝をつくニルスに左足を向けながらそう言うと、団員の何人かがこっちを睨んできた。だが僕の言っている事は全て正しいので堂々としていればいい。


「犯罪者なら犯罪で生計を立てている。リース、もう一度言うが人には色んな事情があるんだよ」


「どうせ犯罪絡みの事情だろうが。お前もコイツらの仲間なら何かやらかしたんだろ、鬼人のニルス」


「それに関しては何も言い訳できない」


「やっぱりだ、この犯罪者集団め」


「他の奴らは真面目に生きているんだ。余りそんな風に言ってくれるな」


 ニルスがアルコールをかけて傷口消毒すると、痛みで顔が引きつる。きっと貧しいスラムだから上薬草もなければ、回復魔術を使える奴も居ないんだ。

 こんな面倒くさくて、瞬時に治らない治療をされるのは初めてだ。だが裂傷を何もせずに放っておく訳にはいかず、仕方なく彼に全部任せる事にした。


「ニルス。治療の間、暇だから昔の話しろよ」


 鬼人と呼ばれる所以が知りたくなって、なんとなく過去を尋ねてみた。僕が下民なんかの話を聞いてやるなんて滅多に無いから、光栄に思って欲しい。


「俺の過去の話が気になるか? リースが俺に興味を持つなんて初めての事で少し驚いているんだが」


「気になってない。暇だからって言っただろうが」


「あんまり楽しい話じゃないぞ」


「全く気になってないけど、いいから話せよ」


 自分で言った通りニルスは驚いた顔をしてるが、そこにはどこか後ろめたい表情も混ざっている。手で頭を掻くと、彼は軟膏を塗りながら話を始めた。


「俺はリードバルト公国のパン屋の息子に生まれた。だが世界で最も重要な物を持ってなかった」


「なんだそれ、ステータスとか?」


「それは戦う人間の話で、普通の人はほとんど戦闘を行わず生涯を終える。正解はスキルだ。鍛冶師なら〈鉄加工〉、農民なら〈農業〉なんかがあるな」


「知ってるよ、生産系スキルだろ」


「ああ。そういったスキルは普通、親から受け継がれる。だが俺は〈粉加工〉を持っていなかった」


「そんなの持ってなくてもパンくらい作れる」


「作れるが品質がスキルを使用した物より劣るんだ。そんな奴に後を継がせたら、他との競合に負けて店が潰れる。だから親は養子を取ることにした」


「なんだそれ」


 確かに自分以外のその他大勢は、魔物と戦ったりせずに生産系スキルを使って細々と生活していた。

 でもその職業に応じたスキルを持ってないと、どうなるかまでは知らなかった。別に話を聞いただけで僕には関係ない事なのに、少し気分が悪くなる。


「なあ、お前の話は初っ端から暗いんだが」


「最初に言っただろ。あんまり楽しくないって」


 もっと馬鹿みたいな話を期待していたのだが、ニルスは過去の苦悩を語り出す。そんな物をコイツが持ち合わせているとは、想像すらしていなかった。


「まあいいよ。で、お前はどうなったんだ?」


「厄介払いで、軍人になれる歳になったら入隊する事が決められた。でも俺はステータスも低かった」


「お前、能力値が低いのか?」


「ああ、どれだけレベルを上げても大して強くならないんだ。当時の俺はスキルとステータスで全てが決まるこの世界を憎んでいて、相当に荒れていた」


「いや待て。僕は全く知らなかったけど、お前はそれなりに有名な鬼人のニルスなんだろ?」


 そんなが訳ないと思考を巡らせるが、本人の言う通りにステータスが低いと考えた方が辻褄が合う。

 事情があったとしても、能力値の高い人間はスラム街で暮らすなんて事にはならない。ニルスはステータスじゃなくて、何か他の力が優れているんだ。


「まさか剣術?」


「よく分かったな。軍人になるまでの間に師匠に拾って貰って、剣の鍛練をしていた。武器の腕前はスキルに決められないから、死ぬ気で励んでいたな」


「ステータスが低いのに、剣だけでよく分からない二つ名がつくほど強いのかよ」


「昔の話だけどな」


 技量だけで高いステータスの奴に勝つというのは僕が目指している所だ。成し遂げれば前人未到の偉業と思っていたが、先人が居ると知り少し萎える。


「僕はレベルが上がらないし、相手にするのは魔王討伐パーティーだからこっちの方が凄いけど……」


「なにを言ってるんだ?」


「いや、ただの独り言だから。それよりも軍隊はどんな所だったんだ?」


「リースは俺を強いと言ったが、厳密には周りが勝てない強さじゃなかっただけだ。連中は能力値に頼った戦闘をしていて、剣は振り回してる様だった」


「兵士も訓練とかするんじゃないのか?」


「あれはスキル〈集団戦闘〉のレベルを上げる為にやってるんだ。武器の訓練もするが重視はされてない。ステータスを上げる方が手っ取り早いからな」


「ふーん、そうなんだ」


 ふと足元を見るとニルスは話に集中していて、傷口に軟膏を塗る手は止まっていた。僕が足を前に出すと、彼はやれやれという顔で塗るのを再開した。

 にしても武器の扱いを覚えれば、兵士くらい普通に倒せるらしい。意外とチョロいんだなと思ってると、その考えを読んだみたいな言葉を彼は続ける。


「言っておくがレベル上げが重視されるのは、一番強くなるのに合理的だからだ。剣をマスターしても能力値が低いと兵士1人にだって勝つのは難しい」


「でも鬼人のニルスなら勝てたんだろ」


「的確に相手の弱点を突き続ければな。だが死と紙一重の中で、そんな事をし続けるのは正気じゃ無理だ。俺の真似なんか間違ってもするんじゃないぞ」


「誰が下手くその真似なんかするか。というか何でお前はそんな狂った事が出来たんだよ」


「自分の存在価値を証明したかったんだ。若かったからじゃ済まされないが、それで人を沢山殺した」


「だから鬼人か」


 ニルスは軟膏を塗り終えると患部を布で覆い、その上から包帯を馬鹿みたいな力でグルグルと巻き付けた。ていうかこんなので本当に傷が治るのかよ。

 半信半疑で目の前のオッサンを見るが、その目はどこか遠くを見ている。なに物思いに耽ってるんだよと睨み付けると、彼は苦笑いを浮かべてみせた。


「これで終わりだ。あとは1日に1回包帯を替え、この薬草を練り込んだ軟膏を塗らないといけない」


「こんな簡単な事ならニルスにやらせる間でもなく自分で出来た。というか早く話を続けろよ、鬼人」


「俺がスラムで暮らしてる理由を知りたいのか」


「まあ治療が終わっても暇だからな」


「利き手を怪我をしたんだよ」


 そう言うとニルスは僕に向かって自分の右手を差し出してきた。彼はその手に目一杯の力を入れて見せたが、指先が震えているだけで握れてはいない。


「下手を打って負けたのか」


「いや戦場で負った傷じゃない。街を歩いているとき、子供が困った様子で近づいてきた。完全に油断していると刃物で腕を深々と切りつけられた」


「どうせ敵の刺客とかだったんだろ」


「いや俺が殺した人間の息子だと自分で名乗った。剣術を失うと直ぐに軍を解雇されて、病気の妻が薬を買えずに死んだ。きっと天罰が下ったんだ」


「は?」


「ステータスもスキルも無くて、あるのは殺人鬼としての経歴だけだった。どこも雇ってくれる所は無くて、それからスラムで暮らすようになったんだ」


 やっぱりお前のする話は暗いと、文句を口にしたくなる。だがニルスの自嘲気味に話した言葉が耳から離れず、そんな事を言う気分にはなれなかった。


「お前には娘が居るだろ」


「アイツとは実は血が繋がってないんだ。15年前にスラム街で偶然で拾った赤ん坊だが、血縁関係が無くても自分の娘である事には変わりない」


「本人は知ってるのか?」


「黙っておくつもりだった。だが10年ほど前にその事を知ってる奴に吹き込まれたみたいで、泣いてるテアに俺の思っている事も含めて全部話したよ」


 能天気に生きてるだけの奴だと思っていたが、ニルスの話した過去や娘との関係はかなり重かった。

 まあ下賎の人間の事なんか僕には全く関係ないし、別にどうでもいい。そう思っている筈なのに、鼻で笑って一蹴してやる事は何故か出来なかった。


「調子が狂うな」


 僕はもう一度周りを見ると、人には色んな事情があるという言葉を思い出す。彼等にも重い過去があるなら、そんな辛気くさい空間に居たくなかった。


「最後に聞きたいんだけど、今のお前は幸せか?」


「ん? ああ、最愛の娘とリースも居るからな!」


「気色悪い。もう帰る」


 豚小屋に帰ろうと立ち上がるが、左足に痛みが走り体勢を崩す。あの2人から逃げてる最中は死物狂いだったから、大して痛みを感じてなかったんだ。


「急に立ち上がるな、ほら杖を使え」


「なんだよコレ……?」


 こんな貧相な棒切れなんか投げ捨ててやりたかったが、これがないと1人で歩けない。僕は杖に左半身の体重を預けると、慣れないながら足を進める。


「リース、大丈夫か?」


「うるさいな、僕に同情するな!」


 そうして出口の扉までたどり着くと、気が緩んだのか滑って転びそうになる。それを近くに居た自警団員の男に助けられたが、礼なんか言わなかった。

 男を無視して外に出ると、豚小屋までの道が分からない事に気付いた。なんとなく中に戻るのも面倒だから、僕は杖の練習も兼ねて適当に歩いてみる。


「クソみたいに不安定だな……」


 僕は杖をつきながら歩いていると、小さなデコボコに引っ掛かり何度も転びそうになる。そこをあの2人に殴られて怪我をしたジジイが通りかかった。


「ニルスの所のガキか。お前のお陰で助かった」


「別にいい」


 結果的に僕が囮になった事について文句を言ってやろうとか思ったが、ボロボロの姿を見てそんな気も失せた。こんな奴に当たっても気分は晴れない。


「こういう殴られる事ってよくあるのか?」


「たまにある。絡まれる事なら頻繁にあるがな」


 僕も前にコイツの事を殴ったが、どこか後ろめたかったので何も言わず黙っておいた。多分忘れれているだろうし、わざわざ思い出させる必要もない。


「そうだお前、ニルスには助けて貰えたか?」


「まあな。自警団ってちゃんと言わないせいで、ニルスって言葉の意味は全く分からなかったけど」


「お前、一緒に暮らしてる奴の名前だぞ」


「アイツの名前なんか知るかよ」


 そう言うとジジイは呆れた顔をしたが、ニルスが自分の名前を名乗らなかったんだ。テアもお父さんと呼んでるし、僕も興味がないから聞かなかった。

 初対面の時に聞いた気もするが思い違いだろう。


「というかニルスって呼んで、もし自警団が自分達の事だと分からずに来なかったら大惨事だったぞ」


「その名前は自警団の代名詞みたいなものだから問題ない。なにせアイツは設立者で団長だからな」


「そんな事やってるのかよ」


「あと奴は毎日、団員に剣を教えている。アイツのお陰でスラムの治安は前より格段に良くなった」


 剣術を教えているって、じゃあ毎日食べてる残飯は誰が集めてきてるんだよ。てっきりニルスがいつも出かけて拾ってきてる物だと思っていたのだが。


「もしかして残飯を僕にくれてるのってジジイ?」


「そんな余裕はほとんどない。もしもお前が飯を食えてるのなら、ニルスの自警団での取り分だろう」


「結局アイツかよ」


 思い返せば今回助けられただけではなく、ニルスには借りを作りすぎている。衣食住を用意されてスラム街で暮らせているのも、全部アイツのお陰だ。


「それじゃあワシは帰って怪我の治療をする。その足の怪我もそうだが、お前には迷惑をかけたな」


「待て。ニルスにはどうやったら借りを返せる?」


「知らん。そんな事は自分で考えろ」


 ジジイはこちらに背を向けるとそのまま立ち去っていく。その曲がった背中に向けて、僕はニルスの過去を聞いてから気になっていた事を聞いてみる。


「ジジイにも何か事情みたいなのはあるのか?」


「そんなの無い奴はスラムには居ないだろ」


「そうか」


 ジジイの姿が見えなくなると、転びそうになりながら再杖をつい歩き始める。こうやって歩くのは結構大変なんだなと、ぼんやりと思ってみたりした。

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