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1章 19話 『影に潜む複数の目』

 相方の腕からは出血が続いており、その血を見て多少は冷静になったのだろう。赤みを帯びた銀色の刃に躊躇してマゼルは殴ろうとしてた拳を止める。

 しかし激しい憎悪が自分に向いている事は変わらず、彼は腰から両手剣を素早く引き抜く。1対1ならイケる、そう思って僕もダガーを構え対応した。


「おいマゼル、回復アイテムを貰えないかな!」


「すまん、頭に血が上ってた。悪い」


「あっ、それはズルいだろ」


 だがマゼルが薬草を投げて渡すと、状況が一瞬にしてピンチに変わった事を悟る。マゼルじゃない方に回復されると2対1になってしまうじゃないか。


「ニルスに助けを求めろ……」


「は?」


 ジジイも僕に分が悪い事を感じ取ったのだろう。しわがれた声で何か助言らしき物を口にしたが、耄碌もうろくした人間の言葉は自分には理解できなかった。


「スラム街まで逃げてニルスに……」


「あっ、そうか。逃げればいいのか」


「だから言ってるだろ。スラム街に逃げろ」


 マゼルじゃない方が治癒を終えるまでの数十秒で、マゼルとの戦闘に勝利して1対1の状態を保つのは不可能だ。なら今の内に走って逃げればいい。

 相手は両手剣を構えており、自分とは違って納刀のうとうしなければ走れない。でもそれで稼げる時間は数秒、問題は追ってくる敵からどこに逃げるかだが。


「スラム街のニルスに助けを求めればいいんだな」


「ああ、ワシはいいから早くいけ」


 なにがワシはいいだ、どう考えても僕が逃げたらジジイを無視して2人共こっちを追ってくる。というか僕が踏んだ生ゴミもコイツが落とした奴だろ。


「お前が格好つけるなよジジイ」


 こんな状況になったのは大半がジジイのせいなのだが、文句を言ってる時間もない。構えを解くと、僕はマゼルに背中を向けて全力疾走で走り出した。

 

「じゃあな、そこで馬鹿みたいに剣を構えてろ」


「リース! テメェ、八裂きにしてやる」


 全力疾走しながらダガーを懐にしまっている内に、後ろから2人分の足音が迫ってくる。どうやらマゼルじゃない方の腕は治癒が終わったみたいだ。


「人数が多くても意味ないけどな」


 隠れてる訳じゃないから、追っ手の人数が2人でも関係ない。後ろを見ても奴らの姿は無いし、スラム街に逃げる間でもなく敵を撒けるかも知れない。


「見つけたよリース……お前、自分が今からどうなるか分かっているよね?」


「ああ、コイツは完全に一線を越えた。殺すぞ」


「マジかよ……」


 数秒前まで考えていた甘い考えは、殺意のこもった声によって完全に崩れ去った。この2人の足は思ったより速く、ジリジリと距離を詰められていく。


「クソ! 全部のステータスのせいだ」


 僕の俊敏の値は10しかなく、彼らはそれよりも5以上は確実に高いと思われる。単純に計算すると自分の1.5倍の足の速さで追われいるという訳だ。

 勿論コンディションや走り方にもスピードは左右されるが、残念ながらその2つは向こうと大差がない。策を練らないと捕まるのも時間の問題になる。


「人殺しに追われてる! 助けてくれ!」


 とにかく裏路地を抜けた瞬間、街中の人々に大声で助けを求めてみる。そうすれば衛兵でも飛んでくるかと思ったが、何にも反応が返ってこなかった。


「なに言ってるのかな……リース!」


「お前みたいな害虫助けてくれないぞ!」


 2人が言う通り、衛兵は追われてる僕を一方的に悪と決めつけて白い目で見ている。往来を歩く人々は関わりたくないと知らぬ顔を決め込んでいた。


「このクズ野郎共が!」


 そう叫ぶと足が絡まって石畳に頭から突っ込む。激痛と共に鼻から血がダラダラと流れるが、僕は瞬時に立ちあがると人混みの中を必死に駆け抜けた。


「痛ッ……ふざけるなよ」


 痛みを無視したお掛けで時間のロスは最小限で済んだが、後ろの2人との距離はまた縮まる。それに鼻からの出血量はかなり酷く、服は血塗れだった。


「なんなんだよ、ちくしょう……」


 打ち付けた全身が痛み、息は切れて、足が悲鳴を上げていた。こんな状態ではこれ以上スピードは出せず、2人の追ってくる足音だけが近付いてくる。


「でもあの表情は笑えたな」


 酸欠で意識が遠くなっていく中、それでもクソ野郎の鼻を明かしてやった事は後悔していなかった。逃げ切ったら今度はどんな顔をするのか楽しみだ。


「そうだ絶対に逃げてやる」


 そうしている内に徐々に人は少なくなっていき、スラム街に近づいてる事を実感した。だが左足に鋭い感触が走ると、よろめいて足が止まってしまう。


「自分から人の居ない場所に逃げるってアホ?」


 下を見ると左足が斜めに切り上げられ血が流れており、後ろを見るとマゼルじゃない方が剣を握っていた。状況を大体把握すると僕は再び足を進める。


「とっくに追い付かれていたのか……」


「もしかして逃げれてるつもりだった? あと、さっきのお返しに足を切ってあげたから感謝しなよ」


 僕は足を切られて走れないけれど、とりあえず適当な会話をして時間を稼ぐ。コイツらは自分達が既に勝者になったと思ってるが、それは大間違いだ。


「ふっ、足を切られてるのにまだ逃げんのか。それにしてもリースの歩き方、馬鹿みたいで面白いな」


「だよね、僕らの事を笑わせようとしてるのかな」


 確かに血塗れの足を引きずりながら歩く姿は滑稽で、端から見たらさぞかし笑える事だろう。出来れば今から数分くらい、そのまま笑っていて欲しい。


「なあ今の姿を見て楽しんだなら、もう十分だろ」


「いや、許さないけどね」


 マゼルじゃない方の顔はヘラヘラと笑ってたが、そこには憎悪がにじんでいた。彼の腕には上薬草を使っても癒えなかった、生々しい傷痕が残っている。


「じゃあ腕を切りつけたのを謝罪すればいいのか」


「テメェ、まず口の利き方に気を付けろ」


 そう言うとマゼルは僕を思い切り殴り付けて、地面に張り倒す。切られた左足に力が入らず、うつ伏せになった状態から立ち上がる事はできなかった。

 それでも蛆虫のように這って進むと、頭の悪そうな笑い声が静かな路地に反響した。死ぬほど屈辱的だが、コイツらの吠え面が見れるなら我慢しよう。


「そんな必死になってるところ悪いけど、もうリースはどうやったって僕らからは逃げられないよ!」


「ん? 待てよ、リースはどっかに向かって――」


「お前ら、僕を殺すとか言ってたけど口だけか?」


 意外な事に知能の低そうなマゼルの方が気付きそうになったので、咄嗟に煽りを入れてやる。すると彼は思考を放棄し、怒りに任せて僕を蹴り飛ばす。

 脇腹に鈍い痛みが走るが、彼はさっきまで考えてた事をすっかり忘れて激昂していた。計画の破綻が脳裏を過ったけれど、やっぱり間抜けで助かった。


「分かった、口だけじゃないって証明してやる!」


「待ってマゼル、流石に本当に殺したら捕まるよ」


 思った通り彼らは強い言葉を吐くが、所詮は陰湿な真似しか出来ない小物だ。コソコソと人に暴力を振るえても、殺人なんて大それた真似は出来ない。

 異常者だったなら、さっきの場面で躊躇なく左足を切り落としていた。僕を縛り首にしようとしたのは、後先考えずにその場の勢いでやったんだろう。


「本当は拷問してやりたいが、HPが10しかないから睾丸を剣で突き刺して苦しませながら殺す!」


「落ち着いてよ。目玉をえぐるくらいにしとこう?」


 マゼルじゃない方がそう言うと、マゼルは引き抜こうとしていた背中の両手剣から手を離す。だがそれよりも僕はマゼルが言った事の方が気になった。


「おい、なんで僕のステータスを知ってるんだ?」


「前にステータス共有させたじゃん」


「させた、とか人聞きの悪い事を言うなよ。ちょっと頼んだら、コイツの方から見せてくれただろ?」


「そうだった。リースは泣きそうな顔してたけど」


 まだ前に進んでいるのが鬱陶しくなったのか、マゼルは僕の切られた足を踏みつけた。まあこれ以上コイツらから逃げる必要はないので構わないけど。


「それじゃあ目でも抉ってやるか。今度は俺達に逆らった事を後悔しながら、大泣きでもするんだな」


 マゼルはナイフを鞘から抜き取るが、コイツらのする事は全てが遅い。自分を勝者と思い込んで、余裕で話をしている内にここはもうスラム街の中だ。

 僕の勝利条件はただ逃げる事じゃなく、スラム街に逃げてニルスという奴を呼ぶ事。あとはあのジジイが耄碌していない事を信じて、ただ叫べばいい。


「おい、ニルス! 僕の事を助けろ!」


 風を切る音と共に矢が飛んできて、マゼルの足元に突き刺さる。彼は剣を持ったまま後ろに下がり、困惑する2人の姿を見て笑いが込み上げてきた。


「ははっ、ははは! 僕の勝ちだ! その間抜けな顔が見たくて僕はずっと我慢してやってたんだ」


「おい、なんなのさリース!」


「まさかスラムの仲間でも呼んだのか!?」


 視線を感じて辺りを見渡すと、影から数人の目がこっちを見ていた。彼等の腰には剣が収まっており、この武装集団の名がニルスなのだと理解した。

 なんにしてもこの人数が居れば、このクズ野郎2人なんか簡単に殺せるだろう。自分で手を下せないのは癪だが、ニルスに痛みと屈辱を晴らさせよう。


「おいニルス! コイツらを集団リンチにしろ!」


「俺1人で集団リンチって意味が分からんぞ」


「は?」


 僕はニルスに集団でやっつけろと命令したのに、前に出てきたのは残飯野郎だった。なんのつもりか左手に剣を持ち、こっちに向かって歩いてくる。

 そうして地面に伏せる僕を支えながら起き上がらせると、足の傷を見て苦い顔をした。なんか格好よく出てきたがコイツに何ができるというんだ。


「リース、後ろに下がって座ってろ」


「なに出しゃばってるんだよ。僕は残飯野郎じゃなくて後ろに控えいるニルスに言ったんだよ」


「なにを言ってるんだ? 俺が――」


「あんまり舐めるなよ、このスラム街の害虫が!」


 怒号を上げるとマゼルは残飯野郎に切りかかる。だが残飯野郎は片手で剣を振るったのに、その両手剣は金属音が響くと同時に軽々と払い落とされた。

 残飯野郎ってゴミを漁って寝るしか能のない、ただの穀潰しじゃなかったのか。でも思い返すとテアに剣術を教えたのはコイツだと言ってた気がする。


「ねえ待ってよ、もしかしてさ……」


「たまたま巡回していたらリースが襲われているとは……。お前達! コイツは俺の大事な身内だ。結構怒っているから、発言には気を使うべきだぞ!」


「そうだ! アンタ、リードバルト公国の鬼人きじんのニルス・ノードじゃないの? 顔に見覚えがある!」


「若いのによくそんな古い二つ名まで知ってるな」


 マゼルは剣を叩き落とされ、マゼルじゃない方は残飯野郎を鬼人がどうのとか言って怯えている。というかニルスってのはこのオッサンの名前なのか。


「まあどうでもいいか。じゃあニルス、この2人をブチ殺せ! コイツらは残飯のジジイも殴ってた」


「もしかしてユルのじいさんの事か?」


 ニルスが一歩足を進めるとクソ野郎2人はビビって口を閉ざした。そうして多くの目が見てる周囲を見渡し、額に脂汗を浮かべて無様にも立ち尽くす。


「リース! テメェはそうやって強い人間の背中に隠れて恥ずかしくないのかよ、この根性なしが!」


「ははっ、負け犬の遠吠えほど惨めな物はないな! 恥ずかしいのはお前だ、大泣きでもしながら死ね」


 そうして気分を良くしながらニルスに視線を向けると、彼は黙って剣を下ろしていた。僕が殺せと命令しているのに、言葉が分からないのかコイツは。


「今回だけは見逃してやる。その代わり、今後リースを含めたスラム街の住人には2度と手を出すな」


「分かった、約束するよ。マゼルにもよく言って聞かせておくから、僕らの事は殺さないで欲しい」


「これはお前らに情けをかけてやってるんだ。俺が鬼人のニルスだと分かってるなら約束は破るなよ」


 ニルスがまるで人殺しのような冷たい瞳でそう言うと、2人はさっきの僕のように逃げていった。その目に自分も少し気圧されるが、直ぐに我に返る。


「おい、こんな事で済ませるのかよ!」


「まあな、アイツらはただのガキだ。それよりもリース、お前の足を手当てをしないとな」


「今すぐぶん殴って止めてこいよ」


「リース、暴力はダメだと前にも説明しただろ」


 ニルスはお得意の説教をし始め、何を言っても動きそうになかった。仕方ないので無様に逃げる負け犬の背中に、思いっきり罵声を浴びせる事にした。


「おいクソ野郎共! もう弱い奴に手を出せないんだから自分の惨めな人生と向き合えよ、バーカ!」

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