1章 17話『スラム街での日々』
今日も朝からテアに戦い方の基礎を教わっている内に日が暮れる。クズ薬草を使って1人で鍛練してた時とは違って、彼女は休憩や食事の時間を挟む。
そうして1日の最後には決まって「切り下ろし」の調整をする。彼女が言うにはこの攻撃のスピードは、まだまだ最適化する余地を残しているらしい。
「右足をもう少し前に出して振ってみて」
「ああ、分かった」
僕がダガーを上段から下に振り下ろすと、刀身が見えなくなるほど速度が増していた。これはテアの調整もあるが、基礎を覚えてる事も関係している。
ヘロヘロと言われていた動きが基礎練習で改善されいくにつれ、当然に「切り下ろし」の動きも良くなっていく。今の話は全部テアの受け売りだけど。
「よし今日の練習メニューは全部終了。帰ろうか」
「ふぅ……。にしてもテアって毎日、僕と練習ばっかりして暇なんだな。友達とかいないのか?」
「リースって人に教えて貰っておいて本当クズだよね。あと友達くらい居ますから」
「教えて貰ってない。僕が特別に教えさせてやってるんだ。お前には感謝して欲しいな」
「なにそれ、どういう理屈なの」
僕とテアはスラムの豚小屋に向けて歩き出した。
彼女はため息を吐くが、気を回し友達に関してこれ以上触れなかった事には気付いてなかった。年頃の娘がずっと僕に付きっきりというのは可哀想だ。
折角容姿が整っているんだから友達が出来なくても、彼氏なら作れるんじゃないか。そう思ったが、練習の時間が減ってしまうので助言はしなかった。
「そうだ。来週からしばらく家を空けるから」
「は? 練習はどうするんだよ」
「休みにしといて。本当は1人でやっといて欲しいけど、リースは無茶するから禁止ね」
「というか、お前どこに行くんだ?」
思い返してみるとテアは、最初に残飯野郎に軟禁されてた1週間まるまる豚小屋に居なかった。そういえばあの時ジジイは「もうすぐ帰ってくる」とか言ってたが、どこから帰ってきたのかは謎だった。
「冒険者ギルドの友達と月に1回遠征に行くの、ほらリースにパンとかあげたじゃん」
「なんだ恩着せがましいな」
「リースこそ図々しいから。って、そうじゃなくてパンを買ったお金は遠征で稼いだって話」
「なるほどな。あと友達じゃなくて仲間だろ」
「リースはなんで私を友達が居ないキャラにしたいの? 自分が居ないから仲間が欲しいの?」
「僕は孤高の存在だから友達とか必要ないんだよ」
「あっそ。とにかく友達いますから」
そんなどうでもいい話をしている内に、目的地の豚小屋に帰ってきた。中に入ると残飯野郎は既にベッドで寝ており、僕は2階へと続く梯子を登った。
この街の人間は蝋燭を買う金が無いから日が暮れるとすぐに寝るらしい。この小屋の家主も例に漏れず、帰ってくるといつもイビキをかいて寝ている。
「にしても、イビキまでムカつくオッサンだな」
「娘の前でお父さんを悪く言わないでよ」
独り言のつもりだったのだが、2階に登ってきたテアに聞かれていた。独り言も満足に言えないくらい狭い場所で暮らすなんてなんて惨めなんだろう。
更に惨めな事に、僕もこの街の人間の例に漏れずベッドに入った。でも人というのは環境に適応する物で、この暮らしにも随分と慣れてきてしまった。
「気分が悪い。早くアイツらを殺さないと」
「はいはい、頑張って殺せるように練習しようね」
「僕を子供扱いするなよ! というかテア、お前は遠征とやらで絶対に死ぬなよ」
「え? 私の事心配してくれてるの?」
「というかお前もステータスが低かっただろ。危ないから行くなよ、死んだら僕の教師が居なくなる」
「それって結局誰の心配してるの」
「僕に決まってるだろ」
そんな当たり前の事を言うと、テアはあからさまに肩を落として見せた。気に掛けて欲しいのは分かるが、僕が下賎の人間を心配する道理なんてない。
「そうに決まってる……」
「そんな危ないな所に行かないから大丈夫。あとレベルも上がって前よりステータスも高いから」
「そうなのか」
「うん。ステータス共有、〈リース〉」
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テア・ノード 15歳
種 族:人間 性 別:女
レベル:10
H P:290/290
M P:50/50
腕 力:50
魔 力:10
防御力:45
抵抗力:20
敏 捷:10
スキル:鑑定(Lv.1)
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前に彼女のステータス画面を見せられてから時間が経ちすぎて、前のがどんなだったか覚えていない。だが今の数値より遥かに低かったのは確かだ。
それにまだLv.1だが、生意気にも〈鑑定〉を習得しているのがまた癪に触る。前に見た時は確か僕と同じで、スキルなんて1つも持ってなかったのに。
「テアを心配して損した、遠征でもどこでも好きな所に行ってこいよ」
「あれ? 今、テアを心配してって言ったよね」
「言ってない。絶対に言ってないからな」
「口は汚くても内心では気遣ってくれてたんだ。リースがそこまで好意を持っててくれて嬉しい」
なんだそのすごい嬉しそうな表情は?ウザいから寝返りを打って、顔を背ける事にする。絶対言ってないのに勝手に勘違いして喜ぶなんて迷惑な奴だ。
クソ女は僕の背中に向かって、まだ何かを言っているが無視してまぶたを閉じる。朝からずっと動き回り蓄積した疲労が、自分に睡眠を促してくれる。
「そうだ。お前も切り下ろし覚えろよ」
だが眠る前に言い忘れていた事を思い出し、背中を向けたままテアに話しかける。僕が習得出来たんだし、その師匠の彼女なら簡単に覚えられる筈だ。
「私には覚えられないよ。リースの筋肉の動きとか見て、原理は分かるけど再現するのは無理かな」
「ずっと素振りしてれば覚えられるぞ」
「そんな簡単な物じゃないよ。あれはリースの体格・筋肉量が、体を壊す程の素振りの鍛練と、奇跡的に噛み合って初めて成立してるの」
「そんな大層な物なのかアレ」
「うん。普通の剣術から大きく外れた異常な技、魔剣に近いと思う。明日、お父さんに見せようよ」
「嫌だ。見られたくない」
筋肉は腕力のステータス上昇によってしか増えないから、魔剣とやらが使えなくなる心配はない。この技がエーリカ達にも通用する物ならいいんだが。
「にしてもリース、やっぱり私が心配だから切り下ろしを教えてくれるって言ったんだよね」
「違う、だだの気紛れだ」
テアはクスクス笑ってたが、不愉快極まりない。僕は黙らせてやろうかと思ったが、ムキになってると思われるのも癪なので眠ってしまう事にした。
「リース、朝。起きて食べて練習するよ」
「うるさいな……」
顔に日の光が当たり、眩しくなって目を開けると朝になっていた。残飯野郎は毎日早くから起きており、今日もまた下の階から生活音が聞こえてくる。
「にしてもお前、なんで自分が強くなる訳でもないのにそんな練習が好きなんだよ」
「強くなっていく過程が面白いんだよね。お父さんは私のそういうとこ指導者に向いてるって」
「それなら剣術の師範にでもなればいい」
僕はベッドから起き上がると、テアの言葉を聞き流しながら朝の支度をする。だが剣術の師範と言った途端、彼女が話す声の高さが少しだけ上がった。
「そういうのは実績がない小娘にはなれないの。だから今の私は冒険者をやってるって訳」
「なりたいのか?」
「まあね。それが小さい頃からの私の夢かな」
「まあ頑張れよ」
なるまでは色々難しいかも知れないが、師範になったら多分結果を出せるだろう。贔屓目なしに見ても、テアはなにかを教えるのが凄く上手いと思う。
まあそんな事、悔しいから絶対に本人には言ってやらないけど。ダガーを懐に仕舞って、服をパンパン叩いてシワを伸ばすと僕は梯子から1階下りる。
「おう、リース! 朝飯食べるよな?」
「朝残飯の間違いだろ、残飯野郎」
「食糧は貴重なんだぞ、粗末にする事を――」
「うるさいな! 朝から説教を聞かせるな」
僕は大して量のない残飯の包みを奪い取ると、中身を見ずにそのまま喉の奥に流し込む。これで2回ある食事の1回目は終了で、腹は全く膨れてない。
昼にも飯は食えるが、今のと大して量は変わらず、スラム街で暮らし始めてから満腹になった事はない。そうしてるとテアも下りてきて残飯を食う。
「本当、汚いな」
「見た目より、生きる事の方が重要だから」
「ははっ、たくましい奴だ」
僕はエーリカ達をぶち殺して早くこの生活から解放されたいと思う。そんな事を考えてると、残飯野郎とテアが仲が良さそうに家族の会話をし始めた。
生暖かい空気に耐えきれず、僕は全部の声を無視して豚小屋の外に出た。敵と刺し違えてでも、僕はゲロ女共を殺して復讐を遂げないといけないんだ。
掃き溜めの連中と馴れ合いをしてる暇などない。そう思いながら外でテアがオッサンと話し終えるのを待っていると、彼女はすぐに小屋から出てきた。
「じゃあ練習に行こう」
「なんだ、もっと話してていいんだぞ」
「リースが拗ねて出てっちゃったから。2人で喋ってたからって疎外感なんて感じる事ないのに」
「はぁ!? 僕はそんな子供みたいな事しない!」
「子供だよ、自分が思ってる以上にね」
そう言うとテアは川辺への道を歩き始めた。僕は前を歩かれるのが嫌なので早足で追い越すと、彼女は「そういうところだよ」とクスクス笑っていた。




