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1章 15話『幼少の記憶』

 テアに肩を貸しながらウトウトをしてるて、スラム街にある豚小屋に着いた。だが扉を開けて中に入ると、家主によってベッドは既に占領されていた。

 僕はとにかく早く休みたかったのに、いびきをかいて寝ている残飯野郎に殺意を覚えた。というか普段、遊んで暮らしてる奴が何に堂々と寝てるんだ。


「おい、テア寝る場所がないぞ」


「本当だ。お父さんが寝ちゃってる」


「なあ、このオッサンを床に叩き落としてくれ。そしたら僕はそこのベッドで寝るから」


「ダメに決まってるでしょ」


 吐血して動けないほど体にダメージが蓄積してるんだ。どう考えても残飯集めしか取り柄のない奴より、自分の方がベッドで寝るのに相応しいのだが。


「仕方ないから上で寝ようか」


「その腐った梯子を登った先にもベッドあるのか」


「うん、昨日洗濯したばっかりだから」


 そういえば前にここで軟禁されていた時は、残飯野郎は夜になると小屋の二階で寝ていた気がする。本当にどうでもいい事だからすっかり忘れていた。

 先にテアはギシギシと木を軋ませて上に登り、二階から身を乗り出して下に向かって手を伸ばす。僕はその手を掴むと、彼女の両手に引き上げられた。


「ふぅ……チビでガリガリだから持ち上げられた」


「勝手に言ってろよ」


 そうして息を切らしているテアを横目に、小屋の二階の床に手をつく。壁には月明かりが差し込む小さな窓があり、狭い空間にはベッドが2つあった。


「というか小屋に住んでるのはお前とオッサンだけだろ。なんでベッドが合計3つあるんだ」


「リースの分に決まってるでしょ。ずっと昔からここで暮らそうって言ってたの覚えてないの?」


「全く覚えてないな」


 それは僕じゃなくて、入れ替わる前の本物のリースにした話だ。誘われてたんなら、この豚小屋で同じ下賎の人間とずっと暮らしてれば良かったのに。


「妄想ばかりしてたからね。誰が話かけても無視してたし、まあ覚えてなくても不思議じゃないか」


「この男は妄想癖に人を無視とかクソみたいな奴だな。人の体も盗むし、本当に死んだ方がいい」


「え? リースの話をしてるんだけど」


「そうだったな。忘れろ」


 そう言うと最後の力を振り絞ってベッドに横たわった。テアが洗濯したというシーツは薄汚いスラムに相応しくないほど、清潔で寝心地が良よかった。


「ずっと土の上で寝てたから一瞬で寝れそうだ」


「地面で寝てたの? というかリースってこの1ヶ月間どういう生活してたの」


 何か聞かれたが、寝たいという気持ちを優先して無視する事にした。クソ女にため息を吐かれたが、睡魔に身を委ねると怒る気力も無くなっていった。

 だが1ヶ月も野宿をしていると耳は物音に敏感になっており、ガサゴソという音で一気に眠気が覚めた。そうして目を開けるとテアが着替えていた。


「なんだ、寝巻きに着替えてるのか」


「あのジロジロ見ないでくれる?」


「そうだった。お前は生娘だったな」


 興味を無くして再び目をつむると、しばらくして寝巻きに着替えたテアが僕の体を揺する。何をするんだと睨むと、彼女はその場で一回転してみせた。


「ついに頭がおかしくなったのか」


「違います。私って自分で言うのも何だけどスタイルも顔も、そこそこいいよね」


「うわ、自分でそういう事言うのか」


「うるさいな! そんな私のほぼ半裸とか寝巻き姿を見て、リースは何も思わない訳?」


「思わない。お前の僕の姉なんだろ」


「あ、そうだったね……!」


 自分から姉弟だと言ったのに、その反応はなんだと思った。けど寝たいから問い詰める気にもならず、今度こそ目を閉じて意識の底に落ちていった。



 気付けば窓から差し込む陽光は高くなってて、小屋の一階からは親子の会話が聞こえてくる。まあ下賎の人間が何の話をしているかなんて興味がない。

 僕の関心はエーリカ達に復讐を果たす事だけで、コイツらなんかどうでもいい。しかしベッドから起き上がろうとすると、体に力が全く入らなかった。


「おい! 誰か来い、体が動かない!」


「そこで休んでろリース、飯を食わせてやる」


 一階から梯子を登ってきて、顔を出したのは残飯野郎だった。どこか心配そうな表情をしていたが、コイツの顔は見るだけで死ぬほどムカついてくる。


「誰が休んでなんかやるか。飯じゃなくてクズ薬草を食べれば動けるから、さっさと持って来いよ」


「ダメだ。前にも言ったが鍛練で体を壊したら元も子もない、どんな事をしてたのかは分からんが」


「お前の説教なんか覚えているかよ」


「困った奴だな。よし分かった、じゃあテアに叱って貰え。これじゃご褒美になってしまうがな」


「ちょっと何に言ってるのお父さんっ!」


 下からクソ女の恥ずかしがるような声が聞こえてくると、残飯野郎は梯子を降りていく。それから普段着で、少し頬の赤いテアが代わりに登ってきた。


「お前どんだけ着替えるんだよ」


「もうお昼なんですけど!」


「しまった、僕はそんなに寝ていたのか。おいテア、さっさと僕に戦い方を教えろ!」


 体に力は入らないがベッドから何とか転げ落ちると、床を這って移動しようとする。そんな僕をテアは重そうに持ち上げると、ベッドの上に戻された。


「なにするんだよ」


「だから寝ててよ。昨日血を吐いてたのを忘れたの? 体に力が入らないのも無理し過ぎた代償だよ」


「僕は復讐しないといけないんだぞ!」


「復讐の話は後で聞くから。それよりパンを買ってきてあげたから、それでお粥作ってあげる」


「それは食べる」


 結局テアがお粥を作って持ってくるまでベッドで大人しくしてた。これは彼女に従った訳じゃなく、粥が食べたかったから従うフリをしてるだけだ。

 力の入らない僕に彼女はスプーンですくって、湯で溶かしたパンを食べさせる。クズ薬草と残飯以外を口に入れるのは久しぶりで、涙が出そうになる。


「こんな貧相な食事を旨いと思うなんて……」


「じゃあ食べさせなくていい?」


「いいから食べさせろよ、クソ女」


 勇者だった頃は何も言わなくても、立ち寄った土地の住人が豪勢な食事を用意してくれた。こんな安っぽい小麦の粥だったら口も付けなかっただろう。


「こんな惨めな目に合ったのもアイツらのせいだ」


「アイツらって言うのが復讐相手?」


「そうだ僕はあのゲロ女共を殺さないといけない」


「どうして?」


 どうしてって、下賎の人間は物事の道理も理解できないのか。僕がこんな惨めな目に合ってるのに、奴等はのうのうと暮らしてるなんて許せないだろ。


「お前は本当に馬鹿なんだな」


「というか、大体その人達に何をされたの」


「酷い侮辱をされたんだよ、アイツらに」


「その侮辱された事と、こんな惨めな目に合ってるっていうのは何か関係あるの?」


「それは……」


 テアの話を聞いていると頭が痛くなってくる。もう黙って欲しいかった。僕は何も間違っていないのに、なんでこんな気分にならないといけないんだ。


「とにかく復讐しないといけないんだよ!」


「もしかして受け入れられない現実を、その人を恨む事で誤魔化してるだけなんじゃないの?」


「ははっ、そんな訳あるかよ」


 あんまり突拍子もない事を言うものだから、思わず笑ってしまう。だけど彼女のでたらめな言葉は心に引っ掛かって、頭痛は更に激しさを増してくる。


「もしその人を殺しても失った物はもう戻っ――」


「お前の妄想はよく分かった! とにかく僕はアイツらを殺さないといけないんだよ!」


「……じゃあいいけど」


 僕の顔を心配そうに見ると、何かを考える表情をしてテアはそう呟いた。頭痛が落ち着いてくると、彼女の差し出していたスプーンからお粥を食べる。

 彼女が喋っている間、スプーンは自分にずっと向けられたままでお粥はすっかり冷めていた。そこそこ前にもこんな会話をした気がするが気のせいだ。


「テア、お前は僕の姉なんだろ。だったらアイツらを殺す為の技術を教えろよ」


「その復讐相手って魔王討伐パーティーだっけ?」


「お前に話した事あったか? エーリカ、ミリア、ベレニス、フレイアのクソ4人組だ」


「うん分かった。それじゃあ教えるけど、私の教えた事はその4人以外に使わないって約束できる?」


「待て、あと1人追加だ。ベント・ロッシュ、あのクソ野郎にも使っていいなら約束してやる」


 そう言うとテアは「ん」と小指を突きだしてくる。その仕草を見て子供の頃に村の同い年くらいの奴らが、小指を結んで約束してたのを思い出した。

 子供の頃も、勇者になって旅をしてからもそんな風に約束をした事は一度もなかった。僕は感慨深いものを感じながらも彼女の小指と小指を結んだ。


「あ、モンスターはいいんだよな。あと僕がピンチになった時も使うからな」


「そういうのは指切りする前に言ってよ。じゃあその5人と、あとは本当に困った時だけね」


「ああ。今やったの指切りって言うんだな」


「うん、知らないの?」


 こんな下賎の人間との約束なんて反故にしてやってもいいんだが、進んで破ろうとは思わなかった。コイツが姉とか言い出してから本当に調子が狂う。

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