1章 13話『キラービー戦』
「死ねッ! 死ねッ! 全員僕が苦しめた上でブチ殺してやる! ははっ、命乞いしろよカス共!」
僕はありったけの憎しみを込めダガーを振るう。
HPが10しかない事を利用した鍛練を始めてから数十日は過ぎた。起きてる時間は常に体を動かし続け、疲労で動けなくなるとクズ薬草で回復する。
動けなくなるまで動き続けるのも苦痛が伴い、この薬草は食べると激痛が走る。だが憎悪と殺意の気持ちさえあればどんな苦痛にも簡単に耐えられる。
「薄汚い売女共め! 待っていろ! この僕がお前らに絶望と後悔を与えてやるよ!」
興奮した神経は睡眠を必要とせず、全く寝ない日の方が多い。食事はクズ薬草で賄えており、それでも動きに支障が出たら残飯野郎に要求すればいい。
アイツは顔を合わせる度に何か言っているが、僕がどうせ殺す人間の話なんか覚えてない。死ぬ前に遺言だけは聞いてやるが、それが最初で最後だ。
「エーリカ、ミリア、ベレニス、フレイア」
数十日という長い鍛練の中、体の使い方はほぼ無駄がなくなり、ダガーの扱いは格段に上昇した。これならあの4人と戦える技量にまで達している筈。
「みんな死んでしまえッ!」
真上から散って落ちてくる葉を、ダガーを切り下ろして真っ二つにする。僕は武器を鞘に収めると、クズ薬草を慣れた手付きで草むらから抜き取った。
これ以上鍛練を続けても腕前の上達は見込めなくて、ただの時間の無駄だ。今日限りでコレは終わりにするか、そう考えながらクズ薬草を口に入れる。
「これにも慣れたな……比較的」
いつも通り手の平や腕に出来た傷は癒えていくが、激しい神経痛が全身を襲ってくる。その苦痛の中で僕は、次に自分がするべき事を考えてみる。
まず自分がどれだけ強くなったのか、魔物を倒して確かめてみるか。上級くらいなら楽勝だろうが、HPが低いから保険を掛けまずは中級にしとこう。
「万が一なんて無いが、あった場合は即死だから慎重にいくか。中級を倒したら、次は上級だ」
薬草による痛みが落ち着いてくると、僕はいつもの川辺を離れて森の中を歩いてみる。すると憎きスライムを見つけたので、軽く殺してみる事にした。
「もう回避なんてさせないからな!」
そうして声を上げると、スライムはこちらに振り返った。不意討ちなんてする必要はない。僕は軟体生物に一度も回避を許さず、引き裂いてブチ殺す。
「こんなカスに攻撃を当てられなかったのかよ」
〈経験値15取得〉という表記が出たがレベルの上がらない魔術をかけられた自分には関係ない。あとスライムが弱いのではない、僕が強すぎるのだ。
「中々、いい剣捌きをしてるね。特に切り下ろし」
「あ? 誰だよ、お前」
声がして後ろを振り返ると、そこそこ良い装備をした冒険者らしき男が3人立っていた。その内の1人が誰も許可してないのにこの僕に近づいてくる。
「なんだよ、邪魔だから消えろよ」
「おいコイツ、冒険者ギルドでベント・ロッシュを名乗ってた偉そうなガキじゃないか?」
「本当だ、いやマジであれには笑わせて貰ったわ」
コイツら人を侮辱しにきたのか、本当に下民の娯楽は悪口しか無いというのは本当なんだな。そう思っていると、僕に近付いた男は後ろに向き直った。
「トマス、スミロ、止めろよ。そんな最初から喧嘩腰じゃ誰とも仲良くできない」
「コイツと仲良くする必要なんて――」
「いいから彼を侮辱した事を謝ってくれ」
男がそう言うと、後ろで笑っていたトマスとスミロとか言う奴は僕に向かって謝罪してきた。今から中級を倒しに行く所なのに、何なんだこの茶番は。
「で? 何か用でもあるの」
「オレはB級冒険者のイエンス・スビク。君の剣術を見て友達になりたいと思ったんだ」
「はぁ? 何言ってるんだ?」
「これは困った時にでも使ってくれ」
イエンスは言葉をそう言うと、自分のカバンの中から上薬草を取り出し、それを僕の手に無理矢理握らせる。その顔は友好的にニッコリと笑っていた。
「そんなに難しく考える必要はないよ。要するに良好な関係で取り引きがしたいんだ」
「そうか、気色悪いから僕と関係ない所でやれ」
イエンスは一瞬だけ何を言ってるのか分からない様子だった。しかし貰った薬草を地面に捨てて踏み潰すと、ようやく理解をみたいでその顔を歪めた。
なんでこの僕がコイツらみたいなカスと仲良くしないといけないんだ。そういうのは同じ低レベルなカス同士でやってればいいし、虫唾が走るんだよ。
「悪い、俺が何か気に触る事をしたかな? だったら謝りたいから教えてくれないか」
「だから気色悪いって言ってるだろ。言葉が分からないのか? あと何が友達だ、消えろよ」
今の自分は最強のダガー使いで、あのゲロ女共をブチ殺さないといけない。こんな冒険者のカス連中としょうもない会話をしてる時間も勿体ないのだ。
「退け、邪魔だ」
だがそう言ってるにも関わらず後ろの男2人は、猿みたいな怒鳴り声を上げて食ってかかる。イエンスは手で制止したが、彼らはまだ不満そうだった。
「イエンス、コイツを殴らせろ!」
「おい、まだ猿が喚いているぞ。さっさと黙らせろ、お前が飼い主なんだろ?」
「俺の仲間をそんな風に言って欲しくないな」
「そこでキーキー言ってる猿はペットじゃなくて仲間だったのか!? ははっ、頭が沸いてるんだな」
こんな呆れた奴らと話していても全く埒が明かない。ため息をついて中級魔物を探しに行こうとすると、イエンスは「待てよ」と言い僕を呼び止める。
「なんだよ、お前は猿のお友達と話してろよ」
「仲間を侮辱した事を謝れよ」
「誰が謝るか、猿に猿と言って何が悪い」
「いいから謝れ! それで水に流してやる」
イエンスは怒鳴り声を上げるが、なぜこの僕がこの下民共なんかに頭を下げないといけない。それにわざわざ水になんて流して貰う理由も一切ない。
そう思うと謝罪を強要してきたこの男に無性に腹が立ってくる。僕は踏み潰して泥まみれになった上薬草を拾い、それをイエンスの顔面に投げつけた。
「ほら、お前の困った頭を治療しとけよ」
「テメェ! 殺されたいみたいだな」
「そうだな、コイツの頭をかち割ってやる」
「止めろ、2人共。こんな最低のクズを殴って、同じレベルに身を落とす必要はない」
再びふざけた茶番劇が始まったので、その場を立ち去る事にした。今度は呼び止める声は無かったが、背後からカスと猿2匹の悪口が聞こえてくる。
まあ僕は特別な人間だから、下民如きが何を言おうと許してやろう。絡まれて無駄な時間を使った挙げ句、悪口を言われるのは少し釈然としないけど。
「まあ、どうでもいいか」
それから中級魔物を探して、今までは立ち入らなかった森の奥深くに足を進める。すると大きな体をした赤い目の蜂の魔物が飛んでいるのを見つけた。
あれは確かキラービーとか言った森の中に群れで生息する中級の魔物だ。死ぬほど鍛練を積んだ今の自分なら、あんな雑魚は何匹居ようと瞬殺できる。
「僕は落葉を真っ二つに出来るほどダガーの扱いが熟練してるんだ。あんな蜂、楽勝だな」
そう思い宙を飛んでいる蜂に近付くと、奴は尻の針を向けてこっちに向かい素早く突っ込んでくる。それを落ち葉の要領でダガーを使い切り下ろした。
緑色の体液を辺りに撒き散らし、蜂は地面近くを低空する。腹部には刃物で斬られた傷が残ってる。
「攻撃力30じゃ流石に一発とはいかないか」
だが急所には入ったようでキラービーの動きは鈍くなっている。今度は突進してくるが、その動きは完全に見切れておりダガーで凪ぎはらってやった。
「は?」
しかし蜂は刃に当たるより先に頭上に飛びあがっていて、攻撃は回避されていた。奴の突進はさっきよりも遅く、目で捉えてからダガーを凪いだのに。
飛び上がった蜂は再び頭上から、尻を向けて攻撃を仕掛けてくる。それを切り下ろしで簡単にブチ殺すが、本来ならさっきの攻撃で仕留められていた。
〈経験値550取得〉
〈あなたのレベル上限は1です〉
「なんで凪ぎ払いは当たらなかったんだ? というか上限が1なのは知ってるから出てくるなよ」
まあ当たらなかったのは偶然だろう、そう考えているとキラービー1体が木陰から姿を現す。丁度いい、さっきのがマグレだという事を証明してやる。
しかし凪ぎ払いどころか、今度の蜂にはどれだけ刃を振っても攻撃が当たらない。辛うじて命中したのは切り下ろしのみだけで、訳が分からなかった。
「僕は最強のタガー使いなんだよな?」
そうしている内に蜂は体当たりをしてくるが、刃の切っ先が地面に向いた状態だったので反撃できない。僕は真横に飛んで攻撃を回避しようとするが、蜂の方が素早く大きな体が腕にかすってしまった。
「痛っ!」
ステータス画面を見なくたって、感覚からしてHPは半分ほど無くなったのは分かった。もう逃げなければ、中級魔物ごときに確実に殺されてしまう。
「なんで切り下ろし以外当たらなくて、相手の攻撃は簡単に当たるんだよッ!」
僕は惨めにもキラービー如きの為にその場から逃げ出した。これじゃあ4人の中でも戦闘面で一番劣る、回復術師のエーリカにさえ瞬殺されてしまう。




