1章 12話『HPが10なのを活用して無限鍛練!』
麗らかな陽射しの中、木の幹に腰掛けていた。並んで座ってるのは少し緊張した面持ちのエーリカ、彼女は大きな弁当箱をどうぞ言って僕に差し出す。
「私、料理の勉強をしてたんです。ベント様のお口に合うかは分かりませんけど、コレ……」
「ありがとう、エーリカ。嬉しいよ」
彼女が用意した大きな弁当箱に入っているのは色とりどりの料理だった。いくら勇者と言えど、街道を歩く際の食事は保存食ばかりなので飽きがくる。
エーリカはこういった細かい気配りが出来る素敵な女性なんだ。でもカラフルなのはいいが、これがなんて言う食べ物なのか名称が浮かんでこない。
「ちょっと頑張って作って作ったんです。ミリアちゃんに教わってサプライズでご馳走しようと――」
「え? エーリカはミリアに教わったのか」
「私が料理の勉強をしたいって言ったら、ミリアちゃんが得意だから教えてくれるって」
あの明朗快活なミリアに料理が得意だなんて初めて聞いたぞ。それに毒々しい色合いもそうだが、形状は生まれて初めて見るような不可解な物だった。
けどエーリカが微笑んでいるの手前、食べないという選択肢はない。フォークを握った手は空中をさ迷った挙げ句、一番色が控えめな何かを突き刺す。
「ねえ、これはなんて名前の食べ物なんだい?」
「確かミリアのスペシャル料理Tでしたかね。ガーっとやってバーっと作るのがコツなんです」
「そうなんだ……」
「もしかして、食べさせて欲しいですか? ちょっと照れますけどベント様ならいいですよ」
「いや、自分で食べるから大丈夫だよ!」
なんなんだろうスペシャル料理Tって、AやBも弁当箱の中にあるのかな。俄然口に運ぶのが怖くなってきたけど、僕は意を決して謎の料理を食べた。
「うっ……?」
「あの、お口に合いませんでしたか……?」
いくら咀嚼しても材料が何で、どんな調理法で作られたのか皆目見当がつかない。だが味も形状に劣らず不可解な物だったが1つだけ分かる事がある。
「おいしい、何だか分からないけどおいしいよ!」
「えへへ、良かったです」
本当に何を食べているのか微塵も分からなかったけど、弁当箱に入っている料理はどれも美味しい。僕は少しでもミリアを疑った事を面目なく思う。
「素敵なサプライズに感謝するよエーリカ。作り方はよく分からないけど、大変だっただろ」
「いえ、どういたしまして。でもミリアちゃんも手伝ってくれたので楽しかったですよ。」
「そっか正直いうとミリアに教わったって聞いた時、ちょっと大丈夫かなと思ってしまった」
「それじゃあミリアちゃんに謝りましょう」
えっ、と思って辺りを見渡すと木の影でミリアがジロジロと僕達を見ていた。その後ろにはベレニスとフレイアも居て、彼女達は楽しげに歩いてくる。
「ベントー! もしかして私の事を、ずっと料理が下手そうな女の子だと思ってたのぉ?」
「あはは。ごめん、ごめん。」
「いいけど、そんなベントも大好きだから。」
「でも何であんなカラフルなの? というかミリアスペシャルって名称は何?」
「おしえなぁーい、それは企業秘密なんだぁ!」
じゃれついてくるミリアを傍目に、ベレニスとフレイアはカラフルな料理に目を奪われていた。というかベレニスは遠慮なく、摘まんで食べているし。
「本当だ、なにこれマジで美味しい」
「ちょっとベレニス、食べ過ぎだよ」
「大丈夫です。全員集まったので、もうこのお弁当はみんなで食べましょうか!」
ぼんやりと瞳を開くと誰かに背負われていた。乗り心地は悪路を走る馬車のように最悪で、ハアハアと息を切らすその声にはどこか聞き覚えがあった。
「……もしかして、お前はテアか?」
「ふう……そうだよ。もう気絶するまで――」
「うあああ!? 女が僕に触るな!」
悲鳴を上げながら暴れると、そのまま石畳の上に落ちた。辺りを見渡すとそこは夜の王都で、息切れしたテアが後ろに振り返り自分を見下ろしている。
「え? なにその態度、普通に傷つくんだけど」
「いいからお前は金輪際、僕に触れるな」
まだ頭が上手く働かないけど、おおよその状況は把握した。過度の疲労を蓄積し気絶した自分を、彼女が森からここまで背負って運んで来たのだろう。
その細い体で貧相とはいえ男の体を運ぶのは大変だろうに、ハアハアと息を切らして大した奴だ。そこまでして僕に媚びを売って好感度を稼ぎたいか。
「僕はお前なんかに絶対に心を許さないからな」
「だから何でそんなに私ってそんな嫌われてるの? ちょっとは労ってくれてもよくない?」
「知れた事を! テア、お前が僕に打算的に近づいて籠絡しようとしているのは分かっているんだ!」
じゃなかったら何故、全くの他人に得にもならない事をするんだ。コイツはエーリカ達と同じで、なにか目的があるから近づいて来たに決まっている。
「分かった、リースは女の子が恐いんだ」
「そうだ。だからお前を信用しないし、その打算的な行動を利用するだけして捨ててやる」
いやこのクソ女を利用してコーチを受ける必要はもうない。なんていったって僕は、この低いHPを生かして無限に鍛練する方法を見つけたのだから。
本来なら女と一緒に過ごす事自体が死ぬほど嫌だったんだ。だからこれでコイツは用済みにして、教わった戦闘技術だけは特別に活用してやろう。
「なんて言えばいいか分からないんだけど――」
「何も言う必要はない。考えてみれば僕にお前を必要とする理由もうはなかった」
「え、それって……」
「ああ1日限りだったが戦い方をお前に教わるのも、もう辞めだ。2度と僕に話しかけるな」
これがエーリカ達に利用されていた頃の僕なら、コロッと騙されていたがもう簡単にはいかない。クソ女は呆然と立ち尽くすという演技をしている。
「なんで、こうなるかな……」
傷ついた表情で彼女はそう小さく呟いたが、僕は無視してスラムのテントに向けて足を進める。今日はもう疲れた、久しぶりの自分の寝床で休もう。
そうしてあの喧しい残飯野郎が居ない朝をテントで迎えると、HPは全回復していた。休息による回復量も恐らくHPの総量に比例して増えるのだ。
兵士が350のダメージと僕の7のダメージ、そのどちらも回復にかかる時間は同じ。これに関してはデメリットだが、アイテムを使えば問題ない。
「クズ薬草とやらを食べればいい。よし、今日から寝るまでの時間をずっと鍛練に使うぞ」
そうしてテントから出ると、残飯の包みを持った残飯野郎と出くわした。コイツの顔を見るのは不愉快だが、こうして飯を届けに来るのは誉めてやる。
「おはようリース、今日も快晴だな」
「よし。それを渡してとっとと消えろ」
「それで、聞きたいんだが。お前、昨日テアと喧嘩でもしたのか?」
コイツは人の話を聞いているのか、僕はとっとと消えろと命令したのに。それに喧嘩だと?あんな低俗な奴と対等に争ったりするほど落ちぶれてない。
「してない。じゃ、食糧を寄こせ」
「そうか。アイツ帰ってきてから落ち込んでてな」
「知らないから、それ渡せよ」
いや待て、思い返してみると心当たりなら1つだけある。もしかして僕を上手く騙せなかった事に、あのクソ女はショックを受けてるのかもしれない。
「ははっ。だったら、ざまあないな」
「ん? お前、何か知ってるのか?」
「ああ多分、知ってるよ。利用価値がなくなったから僕に2度と話しかけるなと命令したんだ」
「おいリース……」
残飯野郎は食糧の包みを僕の身長じゃ届かない高さに遠ざける。ふざけた事をしやがって、何度もジャンプして包みを奪い取ろうとするが無理だった。
「おい、ふざけんな残飯野郎が!」
「あっ、すまん。体が勝手に動いてしまった。俺はあくまでも中立、子供の諍いに口は出さん」
「僕は子供でも、諍ってもないんだよ!」
僕は男の少し下がった腕から包みを奪うと、彼を無視して森に歩いて行こうとする。だがウザい残飯野郎は背中を向けたにも関わらず説教をしてくる。
「リース。一応言っておくが利用価値とか求めていると本当に困った時、誰も助けてくれないぞ」
僕は利用しようと近付いてきた奴を、逆に利用してやっただけだ。それに誰かに助けて貰うなんて虫酸が走る事を、なんで他人に求めないといけない。
「俺はお前の事を何があっても助けるが、いつも傍にいてやれる訳じゃないんだぞ」
「後ろからごちゃごちゃ喋るな、残飯野郎」
「前にも言ったが人間は助け合わないと生きていけない、誰かと仲良くするのは大切な事だぞ」
「だから、うるさいんだよ!」
何が助け合いだよ。そんなの弱くて1人じゃ何も出来ない奴らの、気色の悪い馴れ合いだろ。この僕をそこら辺にいるゴミ共なんかと一緒にするなよ。
まあ残飯にしか利用価値のない下賎の人間に耳を貸す必要はない。男が何を言おうと振り返る事なく歩いていくと、ムカつく説教は聞こえなくなる。
「勇者様がミリア様と婚姻とはめでたいな」
「ベント・ロッシュ様、万歳!」
スラムを抜けて王都の街に出ると、民衆達の話題はミリアが王妃になる事で溢れていた。不愉快極まりない、ミリアもそうだがあの本物のリースだ。
弱者の為と言って僕の体を奪ったにも関わらず、アイツは何もしていない。それどころか結婚だとか浮かれているんだから本当に人間が腐っている。
「しかも質が悪いことに僕の体を持ってるからどうやっても殺せない。まあ愛した女は殺してやるが」
エーリカが王妃の座を奪われて王城を出ていった話も聞くが、大方これを機会にあの男と逃げたんだろう。まあどうでもいいか、2人とも殺すんだし。
「エーリカ様の方が王妃にふさわしいのに」
「いやあの方は奴隷上がりだろ」
「そんな事言ったらミリア様も獣人だ!」
「……ああもうコイツら全員、死なないかな。あんなゲロ女の話をして何が楽しいんだ」
そうして昨日の森にたどり着くと、ダガーを握り教わった構えを取る。しかし筋肉痛や、裂けて血が出た手の平はHPが全快なのに完治してなかった。
そうかHPと怪我は関係していないのか。確かに寝てHPが全回復しても、隻腕の人間に腕は生えてこない。あくまで傷が癒えるのは回復薬の効果だ。
「回復薬はHPと傷を癒す2つの効果があるから、勘違いしていたな」
この状態だとダガーを握るだけで痛みが走る。別に痛いのなんてどうでも良いのだが、これはクズ薬草とやらの効果を確かめるチャンスだと思った。
この草の効果を確認しておかないといけないと、万が一があった場合にはまた気絶してしまう。今度は倒れても抱えて安全な街まで運ぶ奴はいない。
「確か、アレだよな。ちゃんと回復するといいが」
気絶する直前の記憶を手繰り、クソ女が指を差していた青い草をむしりとる。そして何気なく口に入れると、尋常じゃないほどの苦味が襲ってきた。
「うっ、コレ毒なんじゃ……」
苦味を通り越して、舌を引き裂かれてるみたいだ。まだ口に入れただけなのに全身の神経に痛みが走る。だけど手の傷はみるみる内に治っていった。
確かにこれは拷問だが、これがあればアイツらを殺せるんだ。なら耐えられる。本能は必死に吐き出そうとするが、僕は草を吐き気と共に飲み込んだ。
自分の体を刃物で何度も刺した方が、この痛みより遥かにマシだ。僕は痛みを誤魔化そうとダガーで自分を刺そうと思うが、その衝動をぐっと堪える。
「ははっ、ははははは、ははははははは」
思わず痛みで混濁する意識の中で笑っていた。今まではあのゲロ女共をブチ殺す方法は有耶無耶なままだったが、今ならいくらでも浮かんでくる。
クズ薬草で回復した痛みが残る中、傷が治った手で昨日と同じように教わった通りの動きで武器を振る。それ以外の動作は自分には必要がなかった。




