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1章 11話『手掛かり』

 ハサミで伸びた髪を切られて、汚いからと服を脱がされて川に突き落とされた。この女はやはり下賎の血筋らしく、この僕に対して酷く暴力的だった。

 なおかつ冒涜的な彼女は、これで体を拭けということなのか僕にボロ布を寄こす。そうして不潔な体を水で清めながら、水面に映る自分の姿を覗いた。


「なんだ、この繊細そうなガキは?」


 暗くて精神的に弱いのであろう性格が、容姿からにじみ出ている。本当の僕は優しそうで格好いい見た目をしていたから、その落差に気分が悪くなる。

 そうして水面から目を背け、空を見上げると太陽が眩しくてまた目を背けた。必然的に視線が向くのは、多くの木々に囲まれた川岸にいたあのクソ女。


「おい、クソ女! 死ねっ!」


 川の中で両手を握り、無用心に背中を向けているクソ女に水を飛ばす。彼女は媚びた短い悲鳴を上げ、こちらを向かず濡れた背中を触って確かめる。


「ははっ、ざまあみろ! どうだ恐れ入ったか!」


「そんな子供みたいな事して楽しい?」


「お前が嫌な気持ちになるなら、どんな事でも楽しいよ。それに敵に背中を見せてるお前が悪い」


 そう言っているにも関わらず、僕が川に入ってからずっと彼女は背中を見せたままだ。僕は思う存分クソ女に水を掛けまくり満足すると川から上がる。


「おいクソ女、着替えを寄こせ!」


 彼女は相変わらず背中を向け、無言で僕に替えの服を渡す。今まで着ていた服よりはマシだが相変わらず汚いな、そう思いながらも着替えを済ませた。

 貧相な体つきは変わらないが、不潔な見た目は大分良くなったと思う。だが次の瞬間、背中に衝撃が走り、僕は服を着たまま川に叩き落とされていた。


 水しぶきを上げて水面から顔を出すと、クソ女が楽しそうに指を指しながら笑っている。なんなんだコイツは、人にこんな酷いことをして何が面白い。


「あはは、ざまあみろ、恐れ入ったか」


「おい、着替えたばかりなのに服が濡れたぞ!」


「私の背中もビショビショなんですけど」


 水を吸って重たくなった服を着たまま、やっとの思いで川から上がる。するとクソ女は笑うのを止め、また僕を突き飛ばして水の中に叩き落とした。


「貴様、この僕を誰だと思っている!」


「口振りは強そうだけど本当はすごい弱いリース」


「調子に乗るなよ、このクソ女が!」


「私はクソ女じゃないし、テアって呼ばない限りずっと川に落とし続けるから」


 そうして宣言通りクソ女は川から上がろうと岸に手をかけると、両肩を押して水中に押し戻す。僕は面倒くさくなって彼女の言に従うことにした。


「テア、ほら。これでいいだろ」


「1回でギブアップとか根性ないんだね」


 クソ女はそう言うと水の中にいるに僕に手を差しのべた。だがエーリカ達と同じく、僕から何かを奪う為に近づいてきた女の手なんか絶対に掴まない。

 自力で川から這い上がると、クソ女を殺意を込めて睨み付ける。だが彼女に怯えた表情など微塵もなく、どこか不思議そうな表情で僕の事を見ていた。


「リースに嫌われる事なんて何もしてないよね。なんで私を敵扱いしてくるの?」


「そんなの自分が1番分かってるだろ」


「あの時殴ったから? でもリースも沢山嫌なことしてくるから別にいいでしょ」


 コイツの演技力には恐れ入るな、あのエーリカと並んでも遜色ない。まあいい僕はこの女を絶対に信用しないし、逆にこっちが利用してやるのだから。

 僕はこのドン底に叩き落としたクソ共を全員殺さないといけない。その為にクソ女から技術を全て搾り取って、用済みになったらコイツも殺してやる。


「おいテア、さっさと僕に戦い方を教えろ」


「そんなビショビショな格好でやるの?」


 そう言われてみれば、こんな濡れた服で戦い方の練習なんてしたら風邪を引いてしまう。服をすべて脱ぎ捨てると、クソ女はそっと僕に背中を向けた。


「おい、どこ向いてるんだよ」


「あの普通に常識がないことするのは止めない?」


「はっ、なんだよクソ女。生娘じゃなるまいし」


 そう言うと彼女は黙ったまま何も言わなくなってしまった。僕を籠絡する為に近づいてきた、クソ売女の分際でなにを今更カマトトぶっているんだよ。


「そういう演技はいいから、早くやるぞゴミ」


「……」


「ははっ、まさか本当に生娘だとか言わないよな」


「うっさい! リースだって同じでしょ!」


 うわコイツなんで急にキレてるんだ。というかこの反応からしてマジで生娘なのか。可哀想に、女性経験が豊富な僕を同類扱いしてくるのも哀れだ。


「そりゃ男に相手にされないか、クソだから」


「そんな偉そうなこと言ってるリースはどうなの」


「僕はハーレムを持ってて……」


 その瞬間にエーリカ達の顔が浮かんで気持ち悪くなってきた。コイツが生娘かどうかなんて関係ないし、なんで女の事なんか考えないといけないんだ。


「テア、こういう気持ち悪い話は止めよう」


「確かによく考えなくても普通に気持ち悪いね」


 不愉快だがお互いの意見が初めて一致した瞬間だった。そこら辺に置いてあった予備の服を見つけて着ると、その間にクソ女は剣を取りに行っていた。


「おいクソノロマ女、遅いぞ」


「本当に弱い犬ほどよく吠えるね。あとテア」


「分かってるよ、クソ女じゃなくてテアだろ」


 僕は冒険者ギルドから借りてきた攻撃力20のゴミタガーを握りしめると、そこにありったけの殺意を込める。今の僕は弱いが、必ず強くなってやる。


「お前には僕に教える栄誉を与えてやってるんだ。無駄な時間を使わせるなよ」


「私しか教われる人が居ないもんね」


「うるさい、さっさと始めろ」


「イキリ雑魚野郎の癖に。じゃあ素振りするよ」


 そう言うとテアは僕のタガーと同じくらいの大きさの短剣を取り出し、手本に振ってみせる。次に静止した僕の手足の位置を操り人形みたいに動かす。


「それじゃあこの体勢のまま振って」


 彼女に作らさせたポーズの自分はまるで一人前の兵士のようで、タガーを振ると素早く風を切った。だが2回目に振ると、体勢が崩れたみたいで1度目のようには上手くいかなかった。


「腕はこっちで、柄はこう握るの」


 テアは手足の位置を直しもう一度振らせるが、やっぱり二回目には体勢が崩れる。そんな修正を繰り返す内に、僕は徐々に身のこなしを学習していく。


「それじゃあ、素振り開始ね。姿勢が崩れたら指摘するから、今からは自分で直してね」


「ああ、分かった」


 自分の事を侮辱したクソ女の指示した通りに体を動かし、タガーを振る。こんな女の指導を受けないといけないなんて、舌を噛みきりたい程の屈辱だ。

 だがコイツよりもっと屈辱を味わわせたゴミ共を殺すためには、耐えなければならない。僕が味わった苦しみをアイツらにも絶対に味わわせてやる。


「リース、もっと腕の力を抜いて。自分の腕を鞭のようにしてタガーを振るの」


「剣を持ってきたのに……使わないのか……」


「予想以上に基礎ができてないから、私が剣を使うのはもっと後。この素振りを続けるよ」


 勇者だった時は何も考えずカッコよく見えるように剣を振っていたが、武器とは本来こうやって扱う物なのか。彼女の言葉に従ってタガーは空を斬る。

 あの連中が振り下ろすタガーの先にいる事を想像する。アイツらのせいで自分は、ほんの僅かな残飯を食べながらスラムでギリギリの暮らしをしいる。


 タガーを振る、タガーを振る、タガーを振る。息が切れて頭がクラクラしてくる。だけど止めない、アイツらのせいで下賎の残飯野郎にも説教された。


「勇者のこの僕がだッ……!」


「リース、もうそろそろ休憩しない?」


「雑音を挟むな、早く次の指示を寄こせ」


 それじゃあ踏み込みが甘いと指摘され、足の動きを修正すると今度は振りが疎かと言われる。ムカつく、この女はその父親と一緒に絶対に殺してやる。

 殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。クソ女の制止する声が聞こえるが、全て無視して一心不乱にタガーを振り続ける。


 そうして体力が限界になり、疲労で背中から倒れると空がすっかり暗くなっているのが見えた。テアが演技の心配そうな顔で僕の顔を上から覗き込む。


「僕を見下すなよ、クソ女……」


「ねえ、私がストップって言ったら止めてよ。何時間、休憩なしで素振りしてると思ってるの」


「まだ足りない、こんなのじゃ殺せない」


 そうだ常識の範囲内で戦闘訓練を続けても、レベルの上がらない僕には一生アイツらを倒せない。だからもっと続けないといけないのに体は動かない。

 肺は痛いほど酸素を求め、筋肉は少し動かしただけで激痛が走る。タガーを握っていた手は皮が裂けて血だらけだったが、これぐらいじゃ終われない。


「殺せないってなにを? というかリース、自分のHP見てみなよ」


 どうしてと思いながらステータスオープンと呟くと、10しかないHPは残り3になっていた。なんで減ってるんだ、別に攻撃された訳じゃないのに。


「なんだこれ、訓練したらHPが減るのか」


「それだけ激しい運動をしたらダメージが入る。もう家に帰って休むよ」


「じゃあ薬草を寄こせ、回復してまだ続ける」


「そんな事したら薬草代で破産するから」


 そうか僕はスキル〈対疲労〉を持っていたから知らなかったが、疲れはHPの減少に表れるんだな。って、待てよ。疲労で減ったHPはたったの7だ。

 数時間激しい動きを続けてダメージ7だったら、HPが数百ある奴なら一生疲れない事になる。兵士のHPは500ぐらいあったが普通に疲れてたぞ。


「もしかして疲労ダメージは最大HPの数値に比例するんじゃないのか?」


「そうだけど? 多分、同じ運動量でもHPの多い人の方が疲労ダメージが大きくなるよ」


「ははっ、そうか! そうなのか!」


 HPが少ない事にこんな利点があるとは思わなかった。この利点をどうにか活かせば、僕は今のように倒れる事なく無限に鍛練を続ける事が出来る。


 例えば自分の50倍のHP500の奴は、今の僕と同じ事をすれば350のダメージを受ける。薬草の回復量は20ほどだから普通に休んだ方がいい。

 それこそ350のHPを回復しながら鍛練を続けようとしたら、そのうち薬草で破産してしまう。でも僕はたった7回復するだけで休む必要がない。


「なあ、薬草じゃなくてもいい。1や2でもHPが回復するアイテムを持ってないか」


「え? いや、そこに生えてるのとかはクズ薬草って呼ばれてるHPが0.1しか回復しない――」


 テアが言い終わる前に、僕は地面を這いそこら辺の草を根こそぎ口の中に入れ咀嚼した。針の山を食べてるみたいに苦くて痛いが、希望は見えてきた。


「うわ、早く吐いてよ! クズ薬草は拷問レベルの副作用があるし回復も全然しないから」


「これの何が拷問レベルだ、根性なしめ」


 だがクズ薬草を食べたにも関わらず一向に体調は元に戻らなかった。意識は過度の疲労により徐々に遠のいていき、テアは別の草むらを指差している。


「あっ、ごめん。クズ薬草はこっちだった」


「おい……ふざけるなよ……」


 このクソ女め、僕はただの草を食べていたのかよ。その瞬間、意識の糸がプツンと途切れた。

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