1章 10話『復讐の始まり』
残飯の味がどれだけ最低か知らなかった。咀嚼する度に吐きそうになるのを必死に抑え、喉にゴミをつめ込み、飲み下すのは本当に地獄のようだった。
食べ終えた後も、せっかく胃に押し込んだ物を吐き出さないよう、堪えて過ごさなければいけない。どうして僕がこんな酷い目に合わないといけない。
「本当に理不尽過ぎる……」
それから毎日残飯を食べている内に1週間経って、高貴な自分がそんな食事に慣れてきたのも嫌だった。この屈辱は一生涯忘れる事はないだろう。
でもその屈辱に耐えたお陰で、何とか体力も戻りようやくこの恨みを晴らせるような体調になった。僕をここまで貶めた連中は絶対に惨く殺してやる。
でもアイツら魔王討伐パーティーの面々は、世界有数の強さを誇る。頭が働くようになると、どう殺せばいいのかという問題に嫌でも気付かされた。
奴らは普通の人間が束になっても殺すのは難しい。なのにレベルが上がらずスキルも取得できない自分か、どう知恵を働かせれば殺せるのだろうか。
「おいリース! 今帰ったぞ。飯にしてやる」
「うるさい、お前の声はデカイんだよ」
残飯野郎の声がして扉の方に目を向けると、彼は剣を左手で握りながら帰ってきた。1週間前から僕は、豚小屋に療養という名目で住まわされていた。
「けど、こんなのは軟禁だ……」
帰りたいと言ったのに、この男とクソ女が心配だと言い出したのだ。それから無理やり小屋のベッドに寝かされ、時間になると残飯を食べさせられた。
残飯はもう自分から食べるようになったのだが。
「今日も少ないんだが昼飯が手に入ったぞ」
「あのさ、もうテントに帰りたいんだけど」
「いいのか? もうすぐテアもこの家に帰ってくるんだ。女の子と同じ家で暮らせるチャンスだぞ」
「はあ!?」
女と一緒に暮らすなんて絶対に嫌だし、ここは家じゃなくて豚小屋だ。さっさと出ていこうと思いながら、僕は男の広げた残飯を口に運んで咀嚼した。
「そうか! そんな驚くほど嬉しいか!」
「うぇ、今日の残飯は鮮度が最悪だな」
今の「はあ!?」のどこが喜びの表現に聞こえたのだろうか。もう相手にするのも面倒くさいから、無視していると残飯野郎は勝手に話を膨らませる。
「テアと付き合うのは認めるが、娘に暴言を吐くのは止めろよ。あとちゃんと避妊はしろ」
「飯食ってる時に気持ち悪い話するなよ」
「俺の娘の話が気持ち悪いだと? リース、前も言ったがテアに暴言に対しては俺は寛容になれんぞ」
「お前が気持ち悪いんだよ、残飯野郎!」
コイツはつくづく僕の神経を逆撫でる。数日前に宣言通り老人をぶん殴ったのを説教してきた時は、その場で殺してやろうかと思った程にムカついた。
まあ残飯を持ってくるという利用価値があるし、あの日は見逃してやったがコイツは絶対に殺す。その意思は1週間前のあの日から変わってない。
「というか、大切な娘と僕が付き合うのを認めるって頭大丈夫か? いや死んでも付き合わないけど」
「今のリースなら認めてやってもいいぞ」
僕の行いのどこに認められるポイントがあったのだろうか。何にせよ殺そうとしてる相手を認めるなんて、彼には人を見る目が全くないのだと思う。
「まあどうでもいいし、少し横になる。考え事をしてるから話しかけるなよ」
「なんだ、思春期の悩み事か?」
「違う! どうやったら強くなれるかを――」
「そうかリース、強くなりたいのか」
しまった、こんな下賎のクズに自分の考えをうっかりと喋ってしまった。これじゃあ、まるで僕が残飯野郎に悩みを相談しているみたいじゃないか。
「なんでもないから。忘れろよ」
「テアに相談したらどうだ? アイツには剣術を一通り仕込んだし、人に教えるのが俺より上手いぞ」
「仕込んだって、アンタがか?」
「ああ、俺は元リードバルツの兵士だからな」
リードバルツ公国、僕の作ったエルシア王国に統合された軍事国家だったな。だがこの男の身の上話を聞こうとは思えず、黙ってベッドの上に転がる。
「でもクソ女、僕より強かったな……」
あの女は同じくらいの能力値なのに自分とはまるで動きが違った。残飯野郎の言う通りクソ女に相談して、戦い方を教えさせるのも良いかも知れない。
あんな小娘では明らかに役不足だが、踏み台程度には丁度良いい。しかし何かが引っ掛かる。あの女は初めて出会った時に何か言っていた気がするが。
「そんな事どうでもいいな」
拳を強く握りしめ、手の平に爪が食い込み流血する。そう、どうでもいい。今の僕が弱い事は認めるが、勇者だった頃は間違いなく全てが完璧だった。
そうと決まればあのクソ女が帰ってき次第、彼女に戦い方を教えさせる。1秒でも早くアイツらを殺してやらないと、自分の頭がおかしくなりそうだ。
「僕は何も悪くないのに、絶対に許さない……」
「何ブツブツ言ってるんだリース?」
「なんでもない、気にするな」
そんなやり取りをしていると豚小屋の扉が開き、視線が自然とそちらへ向く。誰かと思って見れば、それは1週間前ぶりに見る残飯野郎の娘だった。
というか、もうすぐ帰ってくるって数十分単位の話だったのかよ。てっきりもう2日か3日、クソ女の不愉快な姿を見ることはないと思っていたのに。
「ただいまお父さん。私、中級魔物を討伐したよ」
「おお! そうか、怪我はしてないな」
「うん。それからリース、ちょっとこっち来て」
「なんでお前の指図なんか受けないといけない。あとクソ女、僕に戦い方を教えろ」
顔を向けず用件だけ告げると、ベッドから起きあがり出て行く為の準備を始める事にした。女が居る空間で生活なんか出来ないし、直ぐにここを出る。
「は? なんなの戦い方を教えろって、ずっと私を森の中で放置してた癖に」
「クソ女の都合なんか知る訳がないだろう?」
「本当ムカつくな、とりあえず来てよ」
「用事があるならお前の方からこい」
「分かった、それじゃあ私の方から行くから」
そう言ってクソ女が近づいてくるが、僕はあくまで無視を貫いた。教えさせる権利は与えたが彼女は自分の敵だし、心を許すなんて絶対にあり得ない。
そう考えているとコイツは僕の後頭部を思いっきりぶん殴った。激しい痛みで声も出せず、なんとか表情だけで抗議するとクソ女はフフンと鼻で笑う。
「はっ、ざまあみあがれこのイキリザコ野郎」
「おいッ! それは誰の真似だ!?」
「イキリザコ野郎のリースだけど」
「というか、なんで僕を殴った!」
「絶対にもう一発殴るって言ってたし。あとおじいさんに暴行を働いた分の怒りも込めておいた」
お前の娘がこんな事をしているぞ、との意を込め残飯野郎を睨む。しかしこの男は何も言わず、腹が立つくらい生温かい目で僕とクソ女を見ていた。
「リース、ずっとここで暮らしてもいいんだぞ」
「今の流れで誰がここで暮らす、なんて言うか! あと小娘が暴力を振るった。コイツにも説教しろ」
「うるさいな、ほら戦い方を教えてあげるからいくよ。それじゃあ行ってきます、お父さん」
「おう! 気をつけて帰ってくるんだぞ」
「なんなんだよ、このイカれ親子は!」
残飯野郎は自分の娘を咎める事はなく、クソ女に手首を掴まれると僕は再び馬のように歩かされる。というかこのクソ女、手にハサミを持っているぞ。
「おい、なんだそれ? 僕を拷問するつもりか!」
「……」
「なんか言えよ!」




