海賊と人魚姫
頭を空っぽにして、サラッとお読み下さい。
「アリア、人間は危険な存在だ。決して海の外には出てはいけない」
「どうして人間は危険なの?海の外には何があるの?」
「人間は欲深い。我々の流す人魚の涙を欲したり、観賞用として狭い世界に閉じ込め、飽きたら殺される運命だ」
「人間は皆んなそうなの?」
「皆とは言わないが……兎に角、人間の殆どは危ない存在なのだ」
私は毎日のようにお父様から人間に捕まるかもしれないからと、海の底から出てはいけないと言われる。でも、私は海の外が見たかった。海の底から見える光、揺蕩う眩い青い空と雲という存在、そして人間。見たい、見てみたい。
幼い私は好奇心で溢れかえり、海の底を泳ぎ回る。海底に沈んだ船という物の中に入り、色々な物を集めるのが習慣だ。どうやって使うのか分からない物が沢山ある。知りたい、教えて欲しい。
人間に会ってみたい……話してみたい。
そんな好奇心で溢れかえっていた日、嵐がやってきた。私は運悪く日課の船を物色していた時だった。私は急いで宮殿へと帰る途中、海の上から何かが沈んで来るのが分かった。何だろうと私は好奇心に勝てず、沈んで来るものに急いで泳ぎ向かう。
沈んで来たのは上半身は私達と変わらない。でも、下半身はヒレがなく、二本の足というものが生えていた。これは人間だ。船で拾った絵姿と同じ足がある。私は急いで人間を抱えて海面へと向かう。周りの人魚達から聞いた事がある。人間は海や水の中では呼吸が出来ないのだと。だから海底は人魚達には安全な場所だと。
私よりも大きい体の子を抱えて泳ぐのは大変だった。ただでさえ嵐で海が荒れているのに。だけど、私はこの人間を助けたかった。
海面から顔を出してあげ、顔が沈まないように胸に抱き泳ぐ。初めての外は荒れ狂い、このままでは私も危ないと分かっていた。だけど、私の頭の中は人間を陸に連れて行く事でいっぱいだった。
一生懸命小さい体で泳ぎ、何とか砂浜まで連れてこれた。泳ぎ疲れて波打ち際で動けないうちに、いつの間にか嵐は去っていった。
私は少し回復すると、目を閉じている助けた人間を突いてみたり、色々な場所を触り観察する。
褐色の肌に白髪の髪、おそらく男の子だろう。人魚達は皆美しいが、この人間も人魚に負けず美しい顔をしている。そんな顔を私は遠慮なく突く。
すると人間の目蓋が震え持ち上がる。そこには赤い綺麗な珊瑚みたいな瞳があった。
「お、きる?だい、じょぶ?」
私はドキドキしながら、人間に詳しい人魚のお爺さんに教わった人の言葉を喋る。人間はぼんやりと暫く私を見つめた後、目を見開き起き上がる。
「お前、人魚か?……お前が助けてくれたのか?」
「アリア。わたし、なまえ、アリア。わたし、ニンゲン、たす、けるた。ニンゲン、なまえ、なに?」
「名前……?イザヤだ。分かるか?イ、ザ、ヤ」
「イ、ザ、ヤ。イザ、ヤ。イザヤ。わかた」
「アリア、助けてくれて有難う」
「ありがと、わかた。アリア、うれしい。ニンゲン、イザヤ、たすかた」
「助けてくれたのに、何も返せる物が無くて悪い……。俺には何も無いから」
私は落ち込んだ様子の人間のイザヤの頭を撫でて笑う。お父様が言うほど人間は怖くない。イザヤは私に恩返しがしたいのだろうけど、何も持ってないらしい。
私は落ち込むイザヤの為に一粒の涙を流した。そして、結晶化した涙をイザヤにあげる。
「イザヤ、あげる。にんぎょのなみだ、ニンゲンほしい、ほしがるきいた」
「アリア……有難う。……いつか必ず恩は返す。だから早く海へ帰るんだ。必ずアリアを見つけ出すから。早く、誰かに見つかる前に帰れ」
「どして?イザヤ、アリアきらう?もっと、はなす、たい」
「違う!!嫌いじゃない!!だけど、お前が他の人間に見つかったら危ないんだ。いつか迎えに行く、また逢える。逢えるまでアリアを探し続けるから……だから海へ帰れ」
「イザヤ……やくそく。またあう、やくそく」
「ああ、約束だ」
穏やかな波打ち際で、幼い私とイザヤは約束を交わした。
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あれから十年、私はお父様の小言を聞き流し海底の底を泳ぎ回る。周りの人魚達からは私の人間への興味を捨てるように言われるが、私はイザヤと約束したのだ。いつかイザヤが逢いに来てくれると言ったのだから。
夜になり、こっそりと海面へと向かい、イザヤと約束した場所へと向かう。私は十年もの間、イザヤと約束した場所で人間に見つからないよう、イザヤを待ち続けていた。
海の外は綺麗だ。空、太陽、月、風、色々な物が海の外には溢れている。暗い海の底より、私には魅力的に思えた。
すると誰かが暗闇の中歩いてくる音が聞こえた。私はイザヤかもしれないと息を呑み、胸を躍らせた。しかし、現れたのはイザヤでは無かった。数人の男達が現れ、私は嫌な予感がしたので逃げようとしたが、網を投げられ体の自由を奪われる。
「こりゃ、凄え美人な人魚だな。人間とは違うからか?鱗も虹色で高く売れそうだ」
「手を出すなよ。此奴はオークションにかけるんだからな。傷がついたら値段が下がる」
「分かってる。貴族が喉から手が出るほど欲しがる人魚だからな。もしかしたら王族も出てくるかも知れねぇぞ」
駄目だ、この人達はイザヤとは違う。お父様が言っていたのはこういう人間だったのだと思い知らされる。
「でも、噂は本当だったな。虹色の鱗をした人魚が夜な夜な現れるってのは」
私は砂浜に引きずられ手首に手枷を嵌められ、海水の入った樽に投げ込まれる。狭くて苦しい。私は何処へ連れていかれるのだろうか。
それから数日、私は食事も取れず狭い樽の中、汚くなる海水の中で衰弱していった。
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樽の外から声が聞こえる。
「本当に人魚なんだろうな」
「はい、旦那。間違いなく人魚ですよ。それも飛び切りの美人で虹色の綺麗な鱗持ちです」
「ほう、見せてもらおうか」
樽の蓋が開かれ、私は上を見上げる。すると私を値踏みする様に嗤う男達が覗き込んでいた。私は怖くて、怖くて、涙を流す。すると人間達は歓喜をあげ、涙の結晶を集め始めた。
「これは高く売れるな。良くやった、言い値で買い取ろう」
「色もちゃんと付けてくださいよ。人魚なんて御伽話に出てくるような存在なんですから」
「分かっている」
衰弱した私はガラスのケースへと移され、古く汚い海水を流し込まれる。周りを見ると、私のように枷を嵌められ、俯き泣く女性や子供が沢山いた。
『人間は欲深い。我々の流す人魚の涙を欲したり、観賞用として狭い世界に閉じ込め、飽きたら殺される運命だ』
今になってお父様の言葉が蘇る。私がちゃんとお父様の言う事を聞いていれば。イザヤとの約束を待ち続けなければ。イザヤ、イザヤ、イザヤ。
「今日の目玉はなんと!!虹色の鱗を持つ、美しい人魚でございます!!人魚の涙を取るもよし!!観賞用として飼うもよし!!さあ、さあ!!この美しい人魚を手に入れるのは誰ですか!!」
「一億ギル!!」
「一億五千ギル!!」
「二億ギル!!」
「おっと!!三億ギルが出ました!!」
息も絶え絶えの中、私は涙を流しながら何故かイザヤの名前を呼んだ。
「……たす、け、て……イザヤ……」
「五億ギルだ」
「なんと五億ギルが出ました!!他には!?他にはいませんね!!」
その声と同時に建物が大きな音をたて、壁に亀裂が入り崩れて行く。大きな音は何度も続き、会場の人間達はパニックになっている中、私に一直線に向かってくるローブの男がいた。
男は私が閉じ込められているガラスのケースを打ち破り、ローブを脱いで私に巻きつけ抱き上げる。私は男の顔を見て目を見開いた。イザヤだ。
褐色の肌、白髪の髪、珊瑚のような瞳。ずっと待ち続けたイザヤにやっと逢えた。
「……イザヤ、イザヤ、わたし、ずっとイザヤまってた」
「遅れてすまない、長い間待たせてすまなかった」
声も低くなって、体も大きくなったけど間違いなくイザヤだ。やっと、やっと……。
「……アリア?チッ、お前ら適当に片付けて船へ戻れ!!俺は先に海に向かう!!」
「「「了解です!!ボス!!」」」
薄れる意識の中、大事そうに私を抱いて走るイザヤの優しさと温かさだけはハッキリと分かった。
ありがとうございました。、、、つづく?