4.男同士の大事な話
翌日、薬草探しは太陽が昇ってすぐの早朝に始まった。今日は一日中探し回るようで二手に分かれてそれぞれお弁当を持っての薬草採集だった。
大森林の中は鬱蒼としていてほとんど日陰になっているが天気は良く、時たま森を吹き抜ける清々しい風と、枝葉の間から零れ落ちる木漏れ日にどこかテレジアは胸を躍らせていた。まるでピクニックにでも来ている気分だ。
「それで? 何の薬草を採ればいいのかしら。生憎、私はそのあたり詳しくないわよ」
ツルカはコレットを少し見上げるように首を動かすと、すぐに手に持つ麻袋に目を落とす。摘み取った薬草を入れるために用意した袋だ。テレジアも同じものを右手に持っている。
「摘み取る薬草は三種類なので役割分担しましょう。ツルカさんはこれ、テレジアちゃんはこれね」
そう言って、コレットがツルカに紙を一枚渡した。同じようなものをテレジアも受け取る。
紙には花の絵と名前、特徴が事細かに記されていた。テレジアの持つ紙には桃色の小さな花と「ローイラ」という、恐らく花の名前と思われるものが記されている。
「不枯の花? っていう花なのね、これ。白くて綺麗な花じゃない」
渡された紙に視線を落としながらツルカが呟く。
「ええ。その花をツルカさんには集めてほしいんです。多分この森にしか自生していない花で、流通していないです。その花の葉を煮詰めて作る塗り薬は皮膚病に効くんです。保湿剤にもなりますしお肌の健康を守ってくれるんですよ」
などと、そんなコレットの解説をツルカは「そうなのね」とどこか興味なさそうに聞いている。
「大きい花だから結構簡単に見つかると思います。出来れば根っこごと引っこ抜いてください」
「ええ、分かったわ」
「テレジアちゃんのローイラの花は結構群生してるから一つ見つけたら近くにも咲いてるかも。よろしくお願いね。私は二人の近くで別の薬草採ってるから」
「分かりました!」
テレジアは元気に返事を返すと早速辺りを見回す。すると早速小さな桃色の花を発見。ちらりと後ろに視線を送ると、ツルカとは随分と距離が離れている。そのことにどこか胸を撫で下ろしながらテレジアは再び桃色の愛らしい花を探し求めて歩を前へ進めた。
§
「大分集まりましたね」
「ああ、そうだな」
コレット達女性陣とは全く反対に薬草採集に出たレヴォルとローランはよっこらせと年相応の掛け声と共に屈めていた腰を持ち上げた。
「お互い、年を取ったものだな」
「ええ。王子殿下も小皺が増えましたね」
「気にしているから言うな。それと、僕はもう王子じゃない」
「失礼。ではレヴォル殿、と」
大量の花を詰めた麻袋を担ぎ直すとローランは目を細めて笑った。
「……いざこうして再会すると何を話していいか分からないものだな」
言いながら一つ伸びをしたレヴォルは少し前まで進むと再び腰を屈めて薬草に手を伸ばす。
二十五年も昔のことだ。かつてゼラティーゼ王国の第二王子だったレヴォルは魔女狩りで捕えられた魔女達を逃がす際に一番の臣下であるローランと悲しい別れを遂げた。
身を挺して自分と現在の妻でもある当時の『草原の魔女』コレットの逃げる時間を稼いでくれたローランとは一生会えないものだとそのときは確信していた。
しかし運命というのはときにこうして再会の場を与えてくれる。話したいことはたくさんあった。伝えたい感謝の言葉も数えきれないほどに。けれどそのどれもが一度に飛びだそうとして喉に詰まり、結局何も言えないでいた。
「無理に話そうとする必要はありませんよ。詰まっている言葉は時間と共に溶けて行き、自然と零れ落ちるものですから。それに私の方はあなたに尋ねたいこと、言いたいことを昨晩のうちに用意しておきましたから」
「変わらないな、お前は」
「そう思うのはレヴォル殿が大きく変わられたからですよ。私も多少なりと変わっておりますから」
「小皺は増えたな」
「それはお互い様です」
そんな冗談交じりに会話の中、ローランはどこか意を決したように口を開く。
「テレーズ様……いえ、テレジア嬢のことを随分と気にかけていらっしゃいますね」
「……分かるか」
「ええ、手に取るように」
ローランのその言葉は事実だった。レヴォルはテレジアのことを気にかけていた。
ツルカがテレーズの魂が入った人形を持ち帰ったとき、彼女に第二の人生を与えることは可能性の域を出なかった。ツルカ自身も「もしかしたらテレーズにもう一度普通の人生を歩ませてあげることができるかもしれない」という可能性で黒い髪に草色の瞳のその人形を回収してきたのだ。
だが、その可能性を現実のモノとしたのはレヴォルの持つ知識だった。二十年に亘り、魔術に関する知識を蓄えてきた。テレーズを昔のように戻すために。知識だけであれば、ネーヴェ王国内の魔女にも引けを取らない程にレヴォルは魔術に関する専門書を読み漁り、知恵をつけた。
学ぶこと自体は苦ではなかった。もともと探究心は人一倍あったし、これに関しては明確な目的もあった。
だからツルカに知恵を貸し、その人形にテレジアという人格を芽生えさせることができたのだ。彼女の持つ記憶は違えど、その感情の在り方、仕草、言葉はかつてレヴォルの妹だったテレーズそのものにほとんど等しかった。
ほとんど等しかったからこそ、自分自身が過ちを犯したのではないかとレヴォルは心に悔いが刺さって抜けなくなっていたのだ。
「僕は、僕のやったことが正しいと思えないんだ。テレジアは確かにかつて僕の妹だったテレーズと似ている。似ているだけだ。彼女の持つ五年前よりもっと昔の十年余りの記憶は全部作り物だ。僕とコレットの間に出来た子どもであるというその記憶は全部作り物なんだ。エルの妹だっていう事も含めて。
これではテレーズの魂を使って別の人物を作ったことと同じじゃないか。テレジアはテレジアだ。決してテレーズなんかじゃない。僕は、彼女を救えていないしテレジア自身も傷つけているようなものだ」
そんな自分への後悔をレヴォルは心から抜くことができなかった。
「あなたらしい悩みですね」
「ローランは僕が大きく変わったと言ったが、それは間違いだ。僕は二十五年前と何も変わらない、何かを変えようとして立ち止まることしかできない――臆病者だ。結局あのとき決意した『国を変える』ということすらも成すことができなかった」
「その言葉を、今のあなたの手を取るコレット様に言えますか? その言葉と感情はあなたに救われた彼女の存在を否定することになりますよ」
「分かっている。だから、分からなくて悩むんだ。テレジアのこと、自分のやってしまったことが、本当に正しかったのか」
悩みを打ち明けるかつての主にローランは立ち上がると「大丈夫ですよ」と声を掛けた。
「女性というのはレヴォル殿が思っているよりも強い生き物です。きっと二人とも、乗り越えられます」
「ローラン、それはどういう……」
尋ねようとすると逃げるようにローランは少し歩を進める。
「さて、もう少し奥の方に行きましょうか。この不枯の花、もう少し向こうで見た気がします。さ、レヴォル殿も来てください」
そう言って、ローランはしゃがむレヴォルを置いてさらに森の奥へと進んでいく。
「ちょっと、ローラン、待てって」
レヴォルは急いで立ち上がると、足早に彼の後を追いかけた。