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2.リヴィエール

 出立の準備が整ったテレジアたち三人はネーヴェ王国の国境付近にある関所に来ていた。


「出国審査は以上です。お気をつけて」


 そう言ったのはネーヴェ王国にいる七人の番人のうちの一人、『日出の魔女』ヴィーシャである。


「ありがとう。ヴィーシャちゃん、番人の仕事も板についてきたね」


 コレットが笑いかけるとヴィーシャはふふんと鼻を鳴らした。


「もちろんです。この仕事ももう五年目ですから」


「他の子は元気?」


「元気ですよ。手紙のやり取りしかしていませんが、各々この仕事を楽しんでいるみたいです」


「他の関所は二人一組だよね。ヴィーシャちゃん、ここに一人は寂しくない?」


「寂しくはないですよ。こうしてコレットさんが会いに来てくれるので!」


 コレットの問いにヴィーシャはまるで太陽のような輝かな笑顔を浮かべてそう答えた。



§



 ネーヴェ王国とゼラティーゼは隣国である。五年前、当時のゼラティーゼを治めていた王政が瓦解した際にその立て直しの一環としてネーヴェ王国はゼラティーゼに国交を開いた……とテレジアは聞き及んでいる。


 しかし隣国と言えど国は国だ。その国土は広大で、端から端まで行こうと思えばそれなりに時間が掛かる。ネーヴェ王国はゼラティーゼの北側に位置するのに対し、南の大森林は文字通りゼラティーゼの最南端、帝国との国境をなす森林である。


 つまるところ、位置が正反対なのだ。普通であれば馬車で時間をかけていくところなのだが。


「とりあえず、リルちゃんに挨拶しに行こっか」


 そう言ってコレットはテレジアの手を握った。握られた手を少しだけ見つめてから彼女もその手に込める力を少しだけ強める。


 かつて無名の町と呼ばれたこの町は、南の大森林に最も近い街である。そしてつい最近までテレジアが兄と暮らしていた町。つまるところ、ゼラティーゼ内で人が住む地としては最南端である。


 つい数秒前まで正反対のネーヴェ王国にいたのに、一瞬にしてここまで移動できるのである。


 転移魔法陣。これもテレジアの苦手なツルカ・フォン・ネーヴェが作ったものだ。片方に起点、もう片方に終点を設けることでその間を簡単に行き来できるすごい発明。これのおかげでゼラティーゼ産の野菜を新鮮なまま仕入れられたりしているらしい。


 普及し始めたのはちょうど四年前。同じようなものはそれ以前にもあったらしいが、こうして商業的に運用するのはコストの点で難しかったらしい。テレジア自身魔術に関してはそれほど詳しくはないが、必要とされる魔法陣が尋常でないくらい複雑だとか。それを簡便化して除けたのが件の女王様である。


 発明自体、テレジアも感嘆の声を上げるものだったが発明者本人を讃える気持ちにはどうしてもなれなかった。


 まあ、そんな発明品のおかげで割といつでも遠くの人物とこうして会うことができるのである。


「こんにちは、リルお姉さま」


 テレジアはそう言って目の前の焦げ茶がかった黒髪の女性に小さく会釈した。


「こんにちは、テレジアちゃん。元気にしてた?」


 そう言ってリル・リヴィエールは身を屈めて視線をテレジアと揃えて彼女の頭の上に軽く手を置いて優しく撫でる。


 かつて〝無名の町〟と呼ばれたこの町にある宿屋の形をした魔女の家、この場所こそが現在の『草原の魔女』たるリルの営む診療所だった。


 コレットの手解きの元、魔女となった新米である。


 魔女の二つ名がどういった意味合いを持つのかテレジアは知らないが、世界には同じ二つ名は存在しないとのこと。かつて『草原の魔女』と呼ばれていたコレットのその二つ名をリルが名乗っているということはつまるところ、名を引き継いだということになる。


「リルちゃん、久しぶり」


 テレジアの横のコレットが挨拶すると、リルは立ち上がって彼女の手を取り「先生もお元気そうでよかったです」と笑った。


「旦那様もお変わりないようで安心しました」


「ああ。僕も君の元気そうな姿を見られてとても嬉しいよ」


 そうして今度はレヴォルの手を握りしめる。


「それで、今日はどうして急にこちらに?」


 当然の疑問だとテレジアは思った。本当に急に、何の前触れも連絡もなくこの場所に来たのだ。転移魔法陣があると言えど、遠くであることに変わりはない。


「南の大森林に用事があったのでご挨拶に伺いました」


 テレジアが言うとリルは「そうだったんだね」と朗らかに微笑む。


「ついでにその要件をちょっと手伝ってもらおうかなって思ってたんだけど、今もしかして忙しい?」


 コレットはそう付け加えて、リルの後ろを覗き込む。奥の方に見えるのは幾人もの子どもたち。皆行儀よく長椅子に座っている。


「今は……ちょっと忙しいですね。今日、あの子たちのいる孤児院の院長の方と大事なお話をしなければならなくて。その、この診療所を半分孤児院として使おうっていう、その打ち合わせといいますか」


「それなら仕方ないね。人手が多いと良かったんだけど……」


「申し訳ないです」


 言いながらリルは申し訳なさそうに頭を下げた。


 それを見たコレットは首を小さく横に振ると、


「いいの。いきなり来ちゃった私たちも私たちだし。お仕事頑張ってね」


 励ましの言葉を最後に彼女の元を後にした。



§



「お客人の相手はもういいのかい?」


 部屋の奥から聞こえる秋晴れの日の空気のように透き通った青年の声に『草原の魔女』リル・リヴィエールは「うん」と短く答えた。


「リルの恩師の先生じゃないのかい? もう少しゆっくり話していても僕は構わなかったのに」


「いいの。私が一生懸命なこと、先生は分かってくれるから」


「リルはいい恩師に恵まれたね」


「それはアスタくんもだよ。前の孤児院の院長、ギルバートさんのことを覚えていたのはアスタくんだけだったんでしょ?」


 奥の部屋から出てきたアスタは、リルのその言葉に少し顔を俯かせる。


「……あのときは〝アンネの灯火〟のこととか、色々あったからね。先生が失踪したのもそれが関係しているのはすぐに分かったさ。僕以外の子たちが先生のことを忘れている理由も。だから僕が引き継ぐんだ。一番近くで先生を見てきた僕が」


 彼もまた、五年前の〝アンネの灯火〟に係る一連の騒動の被害者とも言える。自分の育ってきた孤児院と大事な恩師を失ったのだ。


「アスタくんならできるよ」


 リルが優しく微笑むと、若干強張ったアスタの表情も心なしか緩む。


「ああ、そうだね。実現しよう。どんな子どもたちも人並みの幸せを享受できて、笑って暮らせるかつてのメルテルン教会のような場所を」


 決意を固めた青年と魔女がこの町で孤児院を開くのはここから少し先の話。その孤児院は、そこを営む魔女の姓と町の名前から〝リヴィエール孤児院〟と名付けられたとか。

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