5 猿丸太夫
原文
奥山に 紅葉踏み分け鳴く鹿の
声聞く時ぞ 秋は悲しき
現代語訳
寂しい奥山で、紅葉を踏み分けて妻を慕って鳴く鹿の声を聞くときこそ、
とりわけ秋は悲しいことだ。
私は夜に、動画サイトで、ドキュメンタリーの動画を見ていた。
その内容は、今でも鮮明に覚えている。
だって、あなたが教えてくれたのだから。
人が入らないような山奥に入っていく。
そして、野生動物の見られない姿を追い求めるというものだ。
他に見たいものが無かった私は、それを見ていた。
素人が作ったものにしては、よくできていた。
テレビの番組も真っ青になりそうな、上手な構成だ。
秋の紅葉で彩られた景色も、もの悲しいが、とっても美しい。
まるで絵に描いたようだ。
知らず知らずのうちに、私は動画に夢中になっていた。
そして、カメラが止まったかと思うと、急にズームアップしていく。
その先にいたのは、鹿だった。
撮影していた人が、動画内で説明をしていた。
その鹿は以前、メスの鹿と一緒だったらしい。
でも、今は1匹になっている。
あなたが教えてくれた、1匹だけになった理由。
その理由は、少し前にハンターで撃たれたから。
可哀そうだが、だからといって私には関係ない。
鹿は、こちらには気づいていないようだった。
のんびりとした様子で、ゆっくりと歩いている。
これで終わりかな。
私がそう思ったときだった。
画面に映っていた鹿が、鳴き声を上げた。
私は生まれて初めて、鹿の鳴き声を聞いた。
鹿は何度かもの悲しい鳴き声を上げて、山奥へと走り去った。
その後に、あなたが言った短歌。
それを私は今も、覚えている。
「奥山に 紅葉踏み分け鳴く鹿の
声聞く時ぞ 秋は悲しき」
まさに、その動画の最後を締めくくるのに、ぴったりだった。
鹿の気持ちを、ここまで代弁するような、美しい短歌があったなんて……!
そして今でも、私はその動画を見返しては、最後に短歌を読んでいる。
秋の美しさと、あなたとの思い出を味わいたいから……。