3 柿本人麻呂
原文
あしびきの 山鳥の尾のしだり尾の
ながながし夜を ひとりかも寝む
現代語訳
山鳥の長くたれさがった尾のような
長い長いこの秋の夜を、恋しい人と離れて、
ただひとり寂しく寝ることであろうかなあ。
「はぁ……疲れたぁ」
やっと残業が終わって、解放されました。
時計を見ると、残業が無ければ家に帰っている時間。
今夜も1人、あの誰もいない部屋へ帰って寝るだけです。
「とにかく、さっさと帰ってシャワー浴びたい」
カバンを手にして、疲れ切った身体を押しながら、私は駅に向かって行きます。
外に出ると、もう真っ暗です。
季節はいつの間にか、すっかり秋になってしまいました。
秋の風が、時折疲れた私に追い打ちをかけるように、吹き付けてきます。
帰りの電車は、やけに混雑しています。
滅多に乗らない時間帯だからでしょうか?
ここまで混雑するなんて、思いませんでした。
私の目の前に、一組の男女がやってきます。
同じ秋用のコートを羽織っていて、常に一緒です。
次の駅で降りていきましたけど、私はその後姿を見つめ続けていました。
今どき珍しい、ロングコート。
なんて仲が良いんでしょう。
まるで、おしどり夫婦のようです。
そのときでした。
あなたとの記憶が、よみがえってきたのは。
私はあなたと離れて、1人になってしまいました。
今でも、そのせいで毎日が寂しくて仕方がありません。
遠くに行ってしまうなんて、それまでは全く考えられませんでした。
だけど、起きてしまったことは現実。
お願いです。
どんな姿でも構いません。
私のところに、戻って来てほしいのです。
1人になってしまうことが、こんなにも辛いことだったなんて……。
「あしびきの 山鳥の尾のしだり尾の
ながながし夜を ひとりかも寝む」
今となって、私は学生時代に古典の授業で習った、あの短歌の意味が身に染みます。
昔の人も、同じことで悩んでいたのですね。
また巡り合うことがありましたら、今度は二度と、1人にしないでくださいね……。