97 西藤の度量
小島は卓球センターへ向かう途中、卓球専門店へ寄ることにした。
そう、西藤の店だ。
とにかく小島は、今の自分の気持ちを誰かに訊いてほしかったし、吐き出したかったのだ。
「おはようございます」
小島は扉を開けて入った。
「おや、監督さん」
奥のカウンターで座っていた西藤が、冗談交じりに言った。
その言葉で、小島は少しだけ笑った。
「えらい早いやないか。まだ十時にもなってへんで」
西藤は壁時計を見た。
「すみません」
小島はカウンターまで歩いた。
「なんや、ラバーか?」
西藤は、買いに来たのかと言いたかった。
「ああ・・」
小島はそろそろラバーの貼り替え時だと思い、「はい」と答えた。
「あんた、一枚やったな」
「はい、裏と一枚です」
「よっしゃ、待っときや」
西藤は「よっこらしょ」と言いながらカウンターに手を置いて立ち上がり、ラバーが置いてある棚まで腰を曲げながら歩いた。
「えっと~、一枚、一枚・・」
「あの・・西藤さん」
小島は西藤の後ろから声をかけた。
「なんや」
西藤はラバーを探しながら、「ついで」のように返事をした。
「いえ・・なんでもないです」
そこで西藤はラバーを探す手を止めて、小島を見た。
「どないしたんや」
「いえ・・」
「ちょっと監督さん、えらい情けない顔しとるがな」
「すみません・・」
小島は思わず俯いた。
「よっしゃ、こっちおいで」
西藤はそう言って、カウンターの奥へ小島を誘った。
小島が立ちすくんでいると、「ほら、おいで」と手招きをした。
西藤は、自分の孫の教え子に、何かあったのだと放っておけなかったのだ。
「すみません・・」
小島は西藤に誘われるまま、奥の部屋へ上がらせてもらった。
「狭いところやけど、まあ座り」
そこは六畳の和室だった。
するとそこには意外にも、年寄りが使っていそうな家具が置いているのではなく、真っ黒な塗りの座卓の上にはバラの花が飾られてあった。
窓にも洋風のカーテンがかけられてあり、小さな棚も洋物で、中にはコーヒー茶器が並べられてあった。
そして奥には、台所が見えていた。
「寝るんは二階やで」
西藤はそう言いながら、台所へ行った。
「そうですか・・」
小島は窮屈そうに、座卓の前に座った。
「あの・・どうぞお気遣いなく」
「あはは、まあ堅いこと言いなや」
西藤はお盆にジュースを乗せ、小島の前に出した。
「こんなんしかないけど、遠慮せんと飲んだらええ」
「すみません・・」
「ほんで、どないしたんや」
小島は俯いたまま黙っていた。
「もしかして、あんたらの監督のことか」
そこで小島は、顔を上げた。
「そうなんやな」
西藤は直ぐに察した。
小島は小さく頷いた。
「ええから言うてみ」
「実は・・」
そして小島は、昨日の事の顛末をゆっくりと話し始めた。
「ほーぅ、それで監督は帰れ、言うたんか」
「はい・・」
「ほんで、あんたはどないしたんや」
「帰りました・・」
「あっはは、帰ったんか」
西藤は大声を挙げて笑った。
小島は、西藤のおおらかさに、幾分か気持ちも和んだ。
「やっぱり・・帰ったらあかんかったですよね・・」
「あはは、ええがな、それくらい」
「そう・・ですか・・」
「きみらの監督、なんちゅうんかな~、真面目生真面目を絵に描いたようやな」
「えぇ・・まあ・・」
「そらな、監督の気持ちもわかる。あんたは試合でやる気がなかったんやからな。せやけど相手は女子高生やがな。そんな時もあるっちゅうねんな」
「・・・」
「それを子供みたいに、帰れとか辞めろてか。アホやな」
「確かに私は試合中、組んだ相手を信用してなかったし、負けたのも相手のせいやと思いました。それが顔に出てたのも事実です」
「そんなん気にすることあらへん。あるある、そんなん、なんぼでもある」
「そうなんですか・・?」
「そんな風に、行き違いや感情のぶつかり合いを経て、みんな強くなって行くんやがな。んーなもん、なんもなしで、上手くいきました~なんて、あり得へんで」
「そうですか・・」
「あんたらの監督、年、なんぼや」
「えっと・・27歳やったと思います」
「はっ!27てか。ああ~若い若い。ケツ、あおあおやがな」
そこで小島は「あはは」と声を挙げて笑った。
「ケツ・・あおあお・・て・・ぶっ・・」
「そうそう、そうやって笑ろてたらええねや」
「はい」
「ほんまに、こんなかわいい子を困らせて。どんならんな!」
「いえ、私も悪かったんです」
「ほんで、もちろん戻るんやろな」
西藤は部へ戻ることを訊いた。
「先生・・許してくれますかね・・」
「んーなもん、許すも許さんも、辞めたつもりはない!言うてやな、堂々と練習したらええねや」
「それで、納得してくれますかね・・」
「当たり前やがな。監督はそれが一番嬉しいはずなんやからな」
「なるほど・・」
「それでも辞めろとか言いよったら、しばいたれ」
「ええ~!」
「監督、びっくりするでぇ~!」
「あはは、ほんまですね」
小島は、日置が吉岡に叩かれたことを思い出していた。
「西藤さんて、ここにお一人で住んではるんですか」
「そやで。旦那はとっくにあの世や」
「そうなんですね・・」
「まあ~一人は気楽でええわ」
「お孫さんとかは、おられないんですか」
「まあな・・」
小島は西藤の表情で、なにか事情があるのだと察し、それ以上は訊かなかった。
「それより、あんたら一年生大会で2位とったんやてな」
「ああ・・はい、そうです」
「すごいなあ。聞いたとき、びっくりしたで」
「それも先生のおかげです」
小島の言葉で、西藤の顔はフニャ~と緩み、満面の笑みを見せた。
「あんた、ええ子やなあ~」
そして西藤は、小島の手を握った。
「いえ・・そんな・・」
小島はその意味がわからず、戸惑っていた。
「あんな監督やけど、あんたがいてたら大丈夫や」
「え・・」
「あんた、今年は勝負の年やで。頑張りや」
「はい、頑張ります」
その後、小島はラバーを購入し、西藤に丁寧にお礼を言って店を出た。
小島は、西藤に話を聞いてもらったことで、心が軽くなっていた。
そして小島はその足で、卓球センターへ向かった。




