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サーよし!  作者: たらふく
97/307

97 西藤の度量




小島は卓球センターへ向かう途中、卓球専門店へ寄ることにした。

そう、西藤の店だ。

とにかく小島は、今の自分の気持ちを誰かに訊いてほしかったし、吐き出したかったのだ。


「おはようございます」


小島は扉を開けて入った。


「おや、監督さん」


奥のカウンターで座っていた西藤が、冗談交じりに言った。

その言葉で、小島は少しだけ笑った。


「えらい早いやないか。まだ十時にもなってへんで」


西藤は壁時計を見た。


「すみません」


小島はカウンターまで歩いた。


「なんや、ラバーか?」


西藤は、買いに来たのかと言いたかった。


「ああ・・」


小島はそろそろラバーの貼り替え時だと思い、「はい」と答えた。


「あんた、一枚やったな」

「はい、裏と一枚です」

「よっしゃ、待っときや」


西藤は「よっこらしょ」と言いながらカウンターに手を置いて立ち上がり、ラバーが置いてある棚まで腰を曲げながら歩いた。


「えっと~、一枚、一枚・・」

「あの・・西藤さん」


小島は西藤の後ろから声をかけた。


「なんや」


西藤はラバーを探しながら、「ついで」のように返事をした。


「いえ・・なんでもないです」


そこで西藤はラバーを探す手を止めて、小島を見た。


「どないしたんや」

「いえ・・」

「ちょっと監督さん、えらい情けない顔しとるがな」

「すみません・・」


小島は思わず俯いた。


「よっしゃ、こっちおいで」


西藤はそう言って、カウンターの奥へ小島を誘った。

小島が立ちすくんでいると、「ほら、おいで」と手招きをした。

西藤は、自分の孫の教え子に、何かあったのだと放っておけなかったのだ。


「すみません・・」


小島は西藤に誘われるまま、奥の部屋へ上がらせてもらった。


「狭いところやけど、まあ座り」


そこは六畳の和室だった。

するとそこには意外にも、年寄りが使っていそうな家具が置いているのではなく、真っ黒な塗りの座卓の上にはバラの花が飾られてあった。

窓にも洋風のカーテンがかけられてあり、小さな棚も洋物で、中にはコーヒー茶器が並べられてあった。

そして奥には、台所が見えていた。


「寝るんは二階やで」


西藤はそう言いながら、台所へ行った。


「そうですか・・」


小島は窮屈そうに、座卓の前に座った。


「あの・・どうぞお気遣いなく」

「あはは、まあ堅いこと言いなや」


西藤はお盆にジュースを乗せ、小島の前に出した。


「こんなんしかないけど、遠慮せんと飲んだらええ」

「すみません・・」

「ほんで、どないしたんや」


小島は俯いたまま黙っていた。


「もしかして、あんたらの監督のことか」


そこで小島は、顔を上げた。


「そうなんやな」


西藤は直ぐに察した。

小島は小さく頷いた。


「ええから言うてみ」

「実は・・」


そして小島は、昨日の事の顛末をゆっくりと話し始めた。


「ほーぅ、それで監督は帰れ、言うたんか」

「はい・・」

「ほんで、あんたはどないしたんや」

「帰りました・・」

「あっはは、帰ったんか」


西藤は大声を挙げて笑った。

小島は、西藤のおおらかさに、幾分か気持ちも和んだ。


「やっぱり・・帰ったらあかんかったですよね・・」

「あはは、ええがな、それくらい」

「そう・・ですか・・」

「きみらの監督、なんちゅうんかな~、真面目生真面目を絵に描いたようやな」

「えぇ・・まあ・・」

「そらな、監督の気持ちもわかる。あんたは試合でやる気がなかったんやからな。せやけど相手は女子高生やがな。そんな時もあるっちゅうねんな」

「・・・」

「それを子供みたいに、帰れとか辞めろてか。アホやな」

「確かに私は試合中、組んだ相手を信用してなかったし、負けたのも相手のせいやと思いました。それが顔に出てたのも事実です」

「そんなん気にすることあらへん。あるある、そんなん、なんぼでもある」

「そうなんですか・・?」

「そんな風に、行き違いや感情のぶつかり合いを経て、みんな強くなって行くんやがな。んーなもん、なんもなしで、上手くいきました~なんて、あり得へんで」

「そうですか・・」

「あんたらの監督、年、なんぼや」

「えっと・・27歳やったと思います」

「はっ!27てか。ああ~若い若い。ケツ、あおあおやがな」


そこで小島は「あはは」と声を挙げて笑った。


「ケツ・・あおあお・・て・・ぶっ・・」

「そうそう、そうやって笑ろてたらええねや」

「はい」

「ほんまに、こんなかわいい子を困らせて。どんならんな!」

「いえ、私も悪かったんです」

「ほんで、もちろん戻るんやろな」


西藤は部へ戻ることを訊いた。


「先生・・許してくれますかね・・」

「んーなもん、許すも許さんも、辞めたつもりはない!言うてやな、堂々と練習したらええねや」

「それで、納得してくれますかね・・」

「当たり前やがな。監督はそれが一番嬉しいはずなんやからな」

「なるほど・・」

「それでも辞めろとか言いよったら、しばいたれ」

「ええ~!」

「監督、びっくりするでぇ~!」

「あはは、ほんまですね」


小島は、日置が吉岡に叩かれたことを思い出していた。


「西藤さんて、ここにお一人で住んではるんですか」

「そやで。旦那はとっくにあの世や」

「そうなんですね・・」

「まあ~一人は気楽でええわ」

「お孫さんとかは、おられないんですか」

「まあな・・」


小島は西藤の表情で、なにか事情があるのだと察し、それ以上は訊かなかった。


「それより、あんたら一年生大会で2位とったんやてな」

「ああ・・はい、そうです」

「すごいなあ。聞いたとき、びっくりしたで」

「それも先生のおかげです」


小島の言葉で、西藤の顔はフニャ~と緩み、満面の笑みを見せた。


「あんた、ええ子やなあ~」


そして西藤は、小島の手を握った。


「いえ・・そんな・・」


小島はその意味がわからず、戸惑っていた。


「あんな監督やけど、あんたがいてたら大丈夫や」

「え・・」

「あんた、今年は勝負の年やで。頑張りや」

「はい、頑張ります」


その後、小島はラバーを購入し、西藤に丁寧にお礼を言って店を出た。

小島は、西藤に話を聞いてもらったことで、心が軽くなっていた。

そして小島はその足で、卓球センターへ向かった。

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