8 新品のラバー
練習が終わった後、杉裏ら三人は卓球専門店へ行くことにした。
もちろん、ラバーとボールを買うためだ。
どのように貼り替えるのか知らない三人は、ラケットも持参していた。
「こんにちは」
杉裏が店のドアを開けた。
杉裏は二度目とあって、以前より少し気が楽だった。
「ああ、汀子ちゃんかいな。いらっしゃい」
カウンターに座っていた老女は、杉裏のことを憶えていた。
杉裏はそれが、とても嬉しく感じた。
「こんにちは・・」
そう言って、岩水と小島が続いて入った。
「おやおや、今日は友達も一緒かいな」
「はい、卓球部員です」
「へぇーそうか、それはええな」
老女はしわくちゃの顔を、またしわくちゃにして笑った。
「ほんで、今日はどうしたんや」
「ラバーとボールを買いに来ました」
「おお、そうかいな」
そこで老女は「よっこらしょ」と言って立ち上がった。
そしてラバーが置かれている棚へ移動した。
「どれがええんや?」
「えっと・・一番安いのを・・」
杉裏は小島に確認するように振り向いた。
小島は「うん」と頷いた。
「安いのってか。こんなんいうたら何やけどな、ラバーいうんは、ぞれぞれに合ったものを使うんがええんやで」
「合ったもの・・?」
「前にも言うたけどな、選手の型によって違うんや」
「ああ・・ペンとかシェイクですね」
「それもあるけど、例えばな、ペンなら攻撃型や。それも前陣速攻型、後ろに下がるラリードライブ型、これによって使うラバーも違うんやで」
「・・・」
「それと、裏ソフトだけやない。表ソフト、一枚ラバー、イボ高、アンチ・・」
「あの、すみません」
そこで小島が口を挟んだ。
「なんや」
「私らお金がないんです。だから一番安いのお願いします」
「お金がないんか・・」
老女は、仕方がないといった風に、極薄と書かれたラバーを取り出した。
「裏がええやろ」
「裏って、裏ソフトのことですね」
杉裏が答えた。
「あんたは身体が小さめやから、前陣型がええな」
「前陣型・・」
「台にぴったりくっついて、速く攻めるタイプや」
「そうですか・・」
「一枚でええんか」
「いえ・・二枚なんです」
「ほな同じもんでええな」
「はい」
「それと、ボールを1ダースください」
小島が言った。
「あんたら、お金ないんちゃうんか」
「ラバーとボールを買うお金は持ってます」
「そうか。えっと、ボール、ボール」
老女は腰をかがめながら、一番下の棚を探していた。
「あの・・私らラバーの貼り方、知らないんですけど教えてくれませんか」
老女の上から、杉裏が訊いた。
「え?なんやて」
老女は手を奥に入れながら、顔だけ杉裏に向けた。
「ああ、私がやります」
「いや、もう掴んだ」
老女は箱に入ったピン球を「わあ~汚なぁ」と言って取り出した。
「フゥ~フゥ~」
箱にの上に溜まったホコリを、老女は吹き飛ばしていた。
そして手で取り除いた。
杉裏たちは、こんなのしかないのか、といった風に、少し唖然としていた。
でも、それを口に出せないでいた。
「これは、タダや」
「えっ・・」
三人とも同時に驚いた。
「あげる、いうてんねや」
「いいんですか・・」
杉裏が遠慮気味に訊いた。
「ラバーはな、古いのやったらアカンけど、ピン球は割れてなかったらなんでもええんや」
「・・・」
「お金がない言うてる若い子から、これで金取ろうとは思わんよ」
「ありがとうございます」
杉裏たち三人は、同時に頭を下げた。
「ほんで、さっきなんか言うとったな。なんやったんや」
「ああ・・ラバーの貼り方を教えてほしいんです」
「ええよ」
そう言われた杉裏は、急いで鞄の中からラケットを取り出した。
そして老女に渡した。
「ありゃまあ・・」
老女はラケットもさることながら、ラバーの劣化ぶりにポカンと口を開けていた。
「これは年代もんやな」
そして老女は「あはは」と笑った。
「こういうのを腐ったラバーって言うんやで」
「そうですか・・」
老女は「腐ったラバー」をビリリと剥がした。
老女は次に、カウンターの引き出しを開け「あったあった」と言い、接着剤のようなものを取り出した。
「これな、ラバーダインて言うんや」
老女は、チューブ状になったラバーダインの蓋をクルクルと回し、チューブを指で押すと、中から液状のものが出てきた。
「ええか、これ、接着剤や。これをラケット全体に塗るんや」
老女は杉裏たちが買うラバーのビニールをビリビリと破き、固い紙で挟まれたラバーを横に置き、紙の一部分を破って四角に折り、それを接着剤になじませるように、ラケット全体に広げていった。
「こうやってな」
杉裏たちは、老女の見事な手さばきを黙って見ていた。
「次は貼るだけ」
老女はラバーを手にした。
「ラバーって・・四角なんですね」
杉裏が言った。
「そやで。これをバランスよく貼ってから、後で切るんや」
老女はラバーを貼り終えた後、「ひっつくまで、ちょっと置いとくんや」と言い、ラケットをカウンターに置いた。
そして「練習はどうや」と老女が杉裏に訊いた。
「今は素振りだけやってます」
「ほぅ、基本中の基本やな」
「はい」
「誰かに教えて貰ろてるんか」
「いえ、この間買った入門書を参考にしてます」
「そうか」
「私ら、試合に出るんです」
「えっ!」
老女は杉裏の言葉にたまげていた。
「試合って、なんのや」
「一年生大会です」
「あはは、こらええわ。あはは」
笑われた杉裏は、返答のしようがなかった。
「私も出るんです」
杉裏の後ろで岩水が言った。
「へぇーあんたも一年生か」
「私ら、三人とも一年生です」
「そうかいな。ええんちゃうか」
「私は出ません」
小島が言った。
「なんでや」
「私は監督ですから」
「監督もいてへんのか」
「だから、私が監督なんです」
「あはは、あんたら、おもろいなあ」
そこで老女はラケットを持ち「もうええな」と言って、引き出しからハサミを出し、ラケットの形に添ってチョキチョキと切り始めた。
「ほら、出来たで」
すると新品のラバーが、赤い光を放つかのように三人には輝いて見えた。
杉裏が少し触ってみた。
「わあ~今までのと、全然ちゃう!」
岩水と小島も触れてみた。
「ほんまや。ネチネチしてる!」
「ほんまやな」
さすがの小島も、驚いていた。
これまで彼女たちが使っていたラバーは、表面がツルツルしていたのはもちろんのこと、色もだいぶ褪せていたのだ。
いわゆる「腐った」ような色をしていたのだ。
「だからか!腐ったラバーって言われてんのん」
杉裏がそう言うと「ほんまや!あはは」と岩水が笑った。
「あははは、あんたら、ほんまにおもろいわ」
更に老女も笑った。
そして「試合、頑張りや」と、優しく微笑んだ。




