7 部費の交渉
―――昼休み、校舎の二階にあるベランダで、小島、杉裏、岩水が話をしていた。
「それで、部費ってどれくらい残ってるん?」
杉裏が小島に訊いた。
「四千円ちょっと」
「うわあ~少なっ」
岩水が呆れて言った。
「もともと五千円しか出てないから、本代に使っただけ」
「ほな、最低でもラバーを二枚買うやろ。それで約二千円くらい使うことになるんやな」
杉裏が訊いた。
「あと、ボールもいるで。今まで使こてたやつ、直ぐに割れるで」
「ボールって、なんぼくらいするん?」
「1ダースで千二百円」
「千二百円かぁ・・」
「だから、最低でも三千円は必要や」
「ということは、残りが千円・・」
「これって、一年間の部費やろ」
岩水が訊いた。
「そやで」
「こんなん、すぐに無くなってしまうやん」
「そこや」
「なによ」
「私、生徒会に交渉するわ」
「えっ・・」
「補助金、出してもらえるようにな」
杉裏と岩水は、改めて小島の気の強さと行動力に感心していた。
「大丈夫なん・・?」
杉裏が言った。
「卓球部は廃部も同然やった。先輩おらんしな。せやけど今年は部員がいてるんや。しかも試合に出るんや。当然、それに見合う部費は出させる」
「出させる・・」
「知ってるか?バレー部なんて十万以上は貰ろてるはずや。いや、もっとかもしれん」
「えぇ~~!じ・・十万」
岩水が叫んだ。
「あの部員の数や。ほんで優秀な成績も収めてる。貰ろて当然やな」
「ほな、私らも優秀な成績を収めたら、もっと増えるってこと?」
「そういうことや」
そして小島は放課後、生徒会室へ行った。
「すみません、会長いてますか」
小島は、なんら臆することなく、部屋の扉を開けた。
「なんか用?」
生徒会長である、江崎桃子はコピー機の前に立っていた。
江崎は、見知らぬ小島を、けっして歓迎する風ではなかった。
「話があるんですけど」
「なんの?」
ゴーというコピー機の音が、部屋に響いていた。
「部費のことなんですけど」
「あんた、何部?」
「卓球部です」
「卓球・・」
江崎は、少しバカにしたように笑った。
「単刀直入に言いますけど、部費をもっと増やしてくれませんか」
「その話は来年にして」
江崎はコピーされた紙を、トレーから取り、それを眺めていた。
「来年いうたら、まだまだ先です。うちは五千円しか貰ってないんです。少なすぎます」
「もう、部費の割り当ては終わってるの。予算っていうのは、総会で決まってるねん。今更、変更はきかんよ」
江崎は小島の顔も見ずに、机の上に置いてあるサラのコピー用紙をトントンと揃えながら喋っていた。
「今度、試合に出るんです。そのために費用がかかるんです」
小島は江崎が話を聞く気がないとみて、一歩前に出た。
「え・・?なんて言うたん」
そこで江崎は手を止め、小島を見た。
「試合です」
「あははは!卓球部がっ?」
江崎はコピー用紙を置き、大声を張り上げて笑った。
「笑うことないでしょ」
「あはは、ごめん、ごめん」
「お願いします、あと五千円でいいですから、出してくれませんか」
「私の一存では決められへんのよ」
「・・・」
「生徒会で諮らんとアカンし」
「諮ってください」
「ちょっと悪いけど、忙しいねん。これ、来月の予定。見て、こんなに詰まってるんよ」
江崎は印刷されたコピー用紙を、小島に突き付けた。
「この際、はっきり言うとくけど、卓球部に部費が出てるってだけでも感謝してもらわんと困るわ」
「・・・」
「悪いけど、あんたらのは部じゃなくて、同好会やで。はっきりいうて」
「なにいうてるんですか」
「同好会っていうのは、全部自己負担。部費を貰う権利はないんよ」
「・・・」
「そこを、今年は部員が八人もいてるいうから、出したったんやんか」
「出したったって・・えらい言いようやな」
「なによ」
「あんたの懐から出したわけやないやろ」
「なにいうてんのよ」
「えらい独裁やねんな、生徒会は」
「ちょっと・・その言い方、なによ」
「あ~あ」
そこにあくびをしながら、一人の生徒が入ってきた。
「あれ・・」
その生徒は、直ぐに不穏な空気を察した。
「会長、どうしたんですか」
「森里、ええところに来てくれたわ」
森里は、小島の横を通り過ぎ、江崎のところへ行った。
「この子な、卓球部やねんけど、部費を増やせって言うんよ」
「あちゃ~、それは無理な話ですね」
小島は二人を睨んでいた。
「見てよ、この態度。こんなんで部費をくださいってさ、何様よ」
「ちょっと、睨むってあり得んやろ」
森里は江崎に加勢した。
「訊きますが!部費を増やしてくれるには、どうしたらええんですか!」
小島は威嚇するように迫った。
「さっきから言うてるように、部費の割り振りは、もう決定したことなんよ!変更はあり得えへんのよ!」
「どうしてもですか!」
「どうしてもや!」
「この、分からず屋!こんな生徒会なんか、潰れてしまえ!」
小島は捨て台詞を吐いて、部屋を後にした。
これでもう、部費は補助してもらえないと、諦める他なかった。
小島はその足で体育館へ向かった。
中へ入ると杉裏と岩水が、向かい合って素振りをしていた。
そして、小島はネットの傍まで行った。
杉裏と岩水は、小島が来たことに気がつかず、ひたすらラケットを振っていた。
蒸し暑い体育館、たかが素振りといえども、二人の額から汗がしたたり落ちていた。
体操服にも、汗がにじんでいた。
その姿を見た小島は、感情に任せて生徒会と対立したことを後悔していた。
「あんたら」
小島はそう言ってネットの中に入った。
「あ、彩華、どうやった?」
杉裏は動きを止めて訊いた。
「ごめん、アカンかったわ」
「そうなんや・・」
岩水も動きを止めて言った。
「しゃあない、足りんぶんは、自己負担や」
「うん・・しゃあないね」
杉裏が呟いた。
「でも彩華、ありがとう」
岩水がニコッと微笑んだ。
「え・・」
「私らのために交渉してくれたんやもんな」
「でも・・結局、アカンかった」
「そんなことないって。な、監督!」
杉裏が小島の肩を叩いた。
「そうそう!部費がなんや!」
「さあ、美紀、やるでぇ~」
「よーし!」
そして二人は再び素振りを始めた。
小島は、自分の不甲斐なさを、改めて痛感していた。




