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サーよし!  作者: たらふく
6/307

6 基礎




カツーン カツーン


ボールを打つ音が響いていた。

ここは、市内にある、有名な卓球センターである。


小学生対象の教室を開いていたり、部活動帰りの中高生や、社会人、中高年までの幅広い層が、このセンターを利用していた。

台数は20台を下らなかったが、いつも埋まっているほど人気があった。


為所と浅野は、センターを訪れていた。


「へぇー、すごい人やね」


浅野が感心したように言った。

為所は、自分が退部したのは、全て小島のせいだと不満を抱えていた。

そこで部を奪い返すために、実力をつけて、有無を言わせない作戦に出ようと考えたのだ。



「やるんか」


受付けのカウンターに立っている中年男性が、二人に声をかけた。


「あ・・とりあえず見学というか・・」


浅野は気遅れしていた。


「まあ、台が空くのは、そうやなあ、あと一時間くらいかかるで」


男性は、後ろの壁に掛けられてある時計を見て言った。


「でも見学なら、なんぼでも見ていったらええよ」

「ありがとうございます」


二人は同時に頭を下げた。


バーン!バシーン!


時折、若い男性たちがスマッシュを打つ時に踏み込んだ足が、床板の音を大きく鳴らしていた。


「あ・・」


そこで為所は誰かを見つけた。


「どしたん?」

「あの人、先輩やわ」


そう、中学の時の先輩である、川上(かわかみ)遼子(りょうこ)がいたのである。


「へぇー」

「相変わらず、上手いな・・」


為所はポツリと呟いた。


川上は中学から抜きんでた存在で、その実力が買われ、強豪校である中井田(なかいだ)高校に特待生として引き抜かれたのである。

川上は、部活が引けたあと、いつもここに来て、部員の梶原(かじわら)真美(まみ)と練習していた。


二人の練習は、それこそ、ど素人の浅野には、全く意味不明なほど着いて行けなかった。

とにかくラリーの速さは、ボールが見えない程だった。


「すごいな・・」


浅野が呟いた。


「川上先輩な、中学の時から上手くてな。ほんで中井田高校に引き抜きで入ったんやで」

「へぇ」

「当時、私なんか相手にもしてくれへんかったわ」

「そうなんや」

「でも、ええ先輩やったで」

「ふーん」

「練習中はめっちゃ怖いけど、それ以外は優しかったわ」

「そっか」


「真美、ちょっと休憩しよか」


川上がそう言って、二人はラケットを置きロビーに出てきた。


「あ・・」


川上は為所を見つけて言った。


「どうも・・こんばんは」


為所は遠慮気味に頭を下げた。


「いやあ~、久しぶりやね」


川上はタオルで汗を拭った。


「はい、お久しぶりです・・」

「練習しに来たん?」

「いや・・見学・・です」

「そうなんや。まあ、ゆっくり見ていき」


「遼子、お茶でええか」


自動販売機にお金を入れた、梶原が訊いた。


「ああ、うん。この子な、同級生の梶原さん」

「そうですか・・初めまして」


為所が頭を下げると、浅野もつられて頭を下げた。


「初めまして、梶原です」


梶原は頭だけ為所たちに向けて、すぐに取り口に手を入れていた。

サバサバした性格の梶原は、「あんたらも卓球やってるんか」と訊いた。


「やってる、というか・・やってたというか・・」

「なによ、それ」


川上が笑った。


「退部したんです・・」

「へぇー、またなんで」

「まあ、色々とありまして」

「退部したのに、見学に来たん?」

「はあ・・」


為所が口籠っていると、「打ってみるか」と川上が言った。


「ええっ!滅相もありません」

「あはは、ええやん。ラケット持ってるんやろ」

「いえ・・持ってません」

「あら、そうなんや。ほな、私のスペアがあるから貸したるわ」

「いえっ・・そんな・・」

「ごちゃごちゃ言わない!ほら、着いておいで」


梶原が言った。


「そっちの子もやで」


梶原は浅野も誘った。


「えぇ・・」


浅野はさっき、二人のプレーを見ていたので、とてもじゃないが中に入る勇気はなかった。

けれども強引な川上たちによって、為所と浅野は練習場へ足を踏み入れざるをえなかった。


「フォア打ちから行こか」


台へ戻った川上は、ラケットを持ち、為所に声をかけた。

川上からスペアを借りた為所は、呆然と立ち尽くしていた。


「フォア・・」


フォア打ちとは、卓球では最も基本的なラリー打ちのことである。

これを習得しない限り、卓球とはいえないほど基本中の基本なのである。

上位の選手、あるいは全国レベルの選手などは、1000回以上続けるのは当たり前なほどにだ。


「はよ、おいで」


為所は仕方なく台の前に移動し、構えた。


「ん・・?」


川上はラケットを置いて、為所の横へ行った。


「ありゃりゃ」


川上は為所のラケットの握り方を見て、呆れていた。


「これな、指を広げたらあかんやん」


為所は、裏の三本指を、大きく広げていたのだ。


「すみません・・」

「あんた、習わんかったん?」

「あ・・その、サボってばかりでして・・」

「ま、ええわ。これな、指を揃えて。こうな」

「はい・・」


為所はずっと広げて使っていたので、持ちにくそうにしていた。


「後ろの指を広げてたら、フォアはええけど、ショートなんか全くできひんで」


ショートとは、右利きなら体の左側にボールが来た時に、手首を返してラケットを逆方向に向けて対処する打ち方である。

ちなみに、バックともいう。


「わかりました」

「ほな、行くで」


川上は元の位置に戻り、サーブを出した。


「うわっ・・」


為所は、そのスピードに着いて行けず、ラケットを振る間もなかった。


「え・・」


川上は唖然としていた。

そう、川上の出したサーブは、特に速くもなく、ドライブ回転がかかっているわけでもなく、逆にゆっくり送ったつもりだったのだ。


「す・・すみません」


ボールを拾って戻った為所は、ぺこりと頭を下げた。


「あんた・・中学の時、なにやってたん」

「・・・」

「行くで」


川上は更にゆっくりサーブを出した。

為所は、なんとかラケットに当てることはできたが、川上に返すことはできなかった。

振り方も無茶苦茶なのである。


「うーん・・」


川上は手の付けようがないといった風に、困り果てていた。


「あの・・これ・・」


ボールを拾った浅野が、川上に渡そうとした。


「あんたは、出来るんか」


川上が浅野に訊いた。


「いえ・・為所さんより下手です・・」

「ありゃまあ・・」


そして川上たち四人は、またロビーに出た。


「為所さん、あんた基礎がなってないわ」

「・・・」


為所は大きな体を小さくして、縮こまっていた。


「まずは基本をやらんことには、先は無いで」

「・・・」

「それに、変なクセがついてしもてるから、それを直さなな」

「はい・・」

「だからあんたは、マイナスからのスタートやわ」


打ちひしがれた為所は、浅野と共にセンターを後にした。


「しぃちゃん・・大丈夫・・?」


歩きながら浅野が訊ねた。


「私・・こんなに下手やったんやな・・」

「そんなことないって・・」

「なんか・・アホみたい・・」


為所はずっと下を向いて、トボトボと駅に向かっていた。

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