5 本気度
―――為所たちが退部して一週間が過ぎた。
季節は六月に入り、体育館の中も湿度が上がり、じめじめとした空気が漂っていた。
杉裏と岩水は、まずは素振りを覚えようとしていた。
「こうちゃう?」
「いや、それおかしいで」
互いに姿勢とホームを確認しながら、おおよそ正しい素振りとは程遠い格好になっていた。
「ちょっと、あんたら」
座って入門書を見ていた小島が、二人に声をかけた。
「なに?」
杉裏と岩水は動きを止めた。
「あんたらの使ってるラケットやねんけど、そのラバー、ツルツルやん」
「あ・・ああ」
杉裏は、手にしているラケットを見て言った。
「それな、貼り替えんとアカンみたいやで」
「ほんまや。ツルツルや」
岩水はラバーを擦って言った。
そして「これ、アカンの」と続けた。
「ラバーって、ネチネチしてんとアカンみたいやな」
「ネチネチ?」
「粘り気があるというか。ボールに回転がかからんみたいやし、滑る?っていうんかな」
「へぇー」
「あんたらが使ってるのん、裏ソフトっていうんや」
ラバーには多くの種類があり、いわば代表的なのが裏ソフトと呼ばれるものだった。
ラバーは天然ゴムと合成ゴムから作られており、表面が平らな裏ソフトは粘着質が特徴だ。
また、特性として、ボールに回転が掛けられたり、打った時のスピードも速いのだ。
さらに、ラバーの下にスポンジが張られており、このスポンジの厚さによって、ボールの反発力も違ってくるのだ。
力で押す攻撃型であればあるほど、スポンジが厚く、このタイプは比較的、男子に多く使用されていた。
「裏ソフト・・美味しそうやな」
岩水はそう言って笑った。
「アホか。だからな、素振りはまあそれでええけど、球を打つ時は替えなアカンってことや」
「それ、なんぼくらいするん?」
杉裏が訊いた。
「一番安いんが、700円やな。極薄ラバーって書いてあるわ」
「極薄ってなに?」
「知らんがなっ!あんた、これ読んだんとちゃうの」
「読んだけど・・全部とちゃうもん」
「まあええわ。貼り替えは後日やな」
「よーし、素振りや、素振り!」
岩水がそう言って、二人は再び素振りを始めた。
「それにしても蒸し暑いなあ」
十分ほどが過ぎ、岩水は動きを止めて言った。
「ほんまやなあ。外は雨降ってるし」
杉裏も動きを止めた。
「あんた、涼しい顔やな」
岩水が小島に言った。
「文句言わんと続行」
小島は本を見ながら答えた。
「熱いねん」
「スポーツは、汗をかくのが当たり前」
「呑気なもんやな」
「ん・・?」
そこで小島は何かを見つけた。
「これって、今月末やんか」
「なに?」
岩水と杉裏は、小島の両側に座った。
「誰が休め言うた」
「ええねん。んで、なによ」
岩水は本を覗きこんだ。
「一年生大会やて」
「えっ!」
杉裏がそれを聞いて驚いた。
「なによ、杉裏」
「それ、知ってる!」
「なんで知ってるんよ」
「この本、買いに行った時な、一年生大会があるって店のおばあさんが言うとったわ」
「へぇー」
「それで、小谷田高校の子もおってな、出る言うとったわ」
「小谷田いうたら、近くやん」
桐花と小谷田は、一駅しか違わない所に位置していた。
なんなら、頑張れば徒歩でも行ける距離だった。
「なんかな、小谷田って大阪でベスト4らしいわ」
「ひぇ~めっちゃ強いやん!」
岩水が叫んだ。
「ベスト4がなんやねん。関係ないで」
小島はなんと的外れなことを言うのかと、杉裏は呆れた。
「彩華、ベスト4って強豪やで」
「だからなによ」
「いや・・もしかして、わかってない?」
「わかってるわ。でも関係ないやん」
「なにが関係ないん?」
「あれか、杉裏は小谷田がベスト4やったら、偉いとでも言うんか」
「いや、そうやなくて、うちと比べ物にならへんっていうか・・そもそも比べるとかのレベルちゃうし」
「ふんっ、アホか」
「え・・」
「ちゃんとやる、言うたんは、杉裏、あんたやろ」
「そうやけど・・」
「ちゃんとって、本気ってことやんな」
「あ・・まあ・・」
「ほなら試合にも出るってことちゃうんか」
「いや・・そこまで具体的には・・」
「ちゃんとやった結果、その先はなによ。やりました、はい、終了ってことか」
「別に私は・・」
「ええか!」
そこで小島は、すっくと立ちあがった。
「ど・・どしたん・・?」
杉裏と岩水は同時にそう言って、小島を見上げた。
「決めたで」
「え・・」
「一年生大会に、きみたちを出場させる」
小島は両手を腰にあてて、真っすぐ前を向いて言った。
「きみたち・・」
杉裏が小声で呟いた。
「が・・いて、僕がいる・・」
続けて岩水が茶化すように言った。
「なに言うてんねん」
小島は二人を睨みつけた。
「ご・・ごめん・・」
岩水は小さくなって、下を向いた。
「今月末か。まだ間に合うな」
「え・・間に合わんって」
杉裏が慌てて返した。
「千里の道も一歩からって言葉、知らんのか」
「でも・・出たって恥をかくだけやもん・・」
「かいたらええがな」
「え・・」
「おい、杉裏」
「なによ・・」
「あんた、無謀にも勝とうとしてるんか」
「ま・・まさか・・」
「これは監督命令や。杉裏、岩水、あんたらは来るべき一年生大会に出場すること!」
「ぎぇ~~!」
こうして「監督」の命により、杉裏と岩水は試合に出ることとなった。




