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サーよし!  作者: たらふく
4/307

4 衝突




翌日の放課後、杉裏は昨日買った卓球入門書を抱え、急いで体育館へ向かった。

中に入ると、バレー部の一年生たちがネットを張り、ボールを準備し、いつでも練習を開始できる状態にしていた。

体育館の隅に目をやると、卓球部員は、まだ誰も来ていなかった。


杉裏は少しがっかりしながら、倉庫から卓球台をゴロゴロと運んだ。

卓球台は折り畳み式で、キャスターが付いてあり、一人でも運べるが、広げるには最低でも二人が必要だった。

それでも杉裏は、なんとか台を広げようと、四苦八苦していたところに、バレー部の松本が来た。


「杉裏さん、危ないよ」


松本はネットの中へ入り、杉裏を手伝った。


「あ、ごめん。まだ誰も来てへんねん」

「いいのよ。これ、広げるんやね」

「そうやねん」


そして二人は、それぞれ台の端を持ち「せーの」と言って広げた。


「ありがとう、助かったわ」

「ううん。一人でやったらあかんよ」


松本はニコッと微笑んで、ネットから出た。

杉裏は卓球台の両端に、サポートといわれる金具を挟み、それにネットを張った。

金具はネットを張るための道具だ。

そして鞄から物差しを取り出し、ネットの高さを計った。

ルールでは、15.25cmと定められており、杉裏は細かいミリ単位まで計った。


「よしよし、これでええな」


杉裏はラケットを取り出し、本に書いてある通り、正しく握った。


「こうか・・?いや、裏側の三本指は揃えるんやな」


杉裏は本を卓球台に広げ、見ては確認し、を繰り返した。


「えっと、それから~、ああ、そうや、構えや、構え」


杉裏はペンホルダー選手の基本の構えである、両足を肩幅に広げ、少し前傾姿勢になり、ラケットを持つ右手は少し前に出し90度、フリーハンドである左手も、同じように90度にした。


「あっ、なんか経験者みたいやな」


杉裏は自己満足していたが、到底経験者とは思えないほど、不格好なことに気がついてなかった。


「あれ、どうやって台を広げたん」


そこに岩水がやって来た。


「あ、美紀~」


岩水はネットの中に入った。


「松本さんが手伝ってくれてん」

「へぇーバレー部の?」

「そやで」

「いや・・っていうか、杉ちゃん何やってんの」


岩水は、ロボットのように動かない杉裏を見て、変な顔をした。


「ああ、これな、基本姿勢やねん」

「なんのよ」

「ペン型選手のやん」

「なによ、ペン型って」

「これやん、これ」


そこで杉裏は本を差し出した。


「え?卓球入門?」

「昨日な、買ってん」


そして杉裏は「へへへ」と笑った。


「買ったって、どこでよ」

「卓球専門店行ったんよ」

「へぇー」

「なんかな、しわくちゃのお婆さんが、これがええ言うてくれてな」

「あはは、なによそれ」

「店の人やん」

「ふーん」

「それでな、この本、卓球のルールも書いてあるし、初心者向けの練習の仕方とかも書いてるんよ。しかも写真付きやで」

「へぇ」


岩水は本を手に取り、ペラペラと(めく)っていた。


「んで?こんなん覚えてどうすんのよ」

「昨日も言うたけどさ、やっぱり遊びより、ちゃんとやる方が面白いと思うねん」

「そらそうやろけど、みんなが納得すると思う?」

「する!いや、させる!」

「あはは、アホか」

「まず、私が見本となるねん」

「ふーん」

「でな、私が強くなれば、みんな納得すると思うねん」

「いや、その前に、みんな辞めると思うで」

「えぇ~~!」

「だって、誰も本気でやろうなんて思ってないやん」

「美紀もそうなん?」

「うーん・・私は、まだわからんけどさ」

「なあ~、一緒にやろうやあ~」


杉裏は岩水の腕を引っ張り、駄々をこねる子供のように言った。


「まあ、断る理由もないけどさ・・」

「ホンマ?ホンマに!」

「でも、しんどいんとか嫌やで」

「うん、わかった!」


それから杉裏は、本のページを捲っては、「これがペン、これがシェイク。ペンの選手は攻撃型。シェイクは守備型」などと、にわか仕込みの知識をひけらかした。

説明された岩水は、半分わかったような、わからないような、いわばチンプンカンプン状態で、殆ど聞き流していた。


「えらい楽しそうやん」


そこに小島がやって来た。


「おおっ、監督!」


杉裏が冗談交じりに言った。


「杉裏、やっとわかったか」

「監督!是非、これを見てください!」


杉裏は本を小島に差し出した。


「なによ、これ」

「卓球の入門書であります!」

「軍隊か」

「いいえっ!卓球であります!」

「ちゃうやん。その言葉」

「あはは、冗談やって。これな読んでみて」

「これでなにするんよ」


杉裏は岩水に説明したのと、同じ内容を繰り返した。


「ちゃんとやる、ねぇ・・」


小島は不服そうだった。


「な、彩華もそう思うやろ」


岩水は小島の表情を見て、自分と同じことを考えていると察した。


「あくまでも監督である私が決めることや。この本代は、とりあえず部費から負担するわ」

「ええっ!部費で?」


驚いた杉裏がそう言った。


「そやで」

「ということは!ちゃんとやる方で行くってことやんな」

「せっかく買ったもんを、無駄にするわけにはいかんからな」

「さすが監督~~!」

「いや、ちょっと待って」


岩水が言った。


「みんなが着いて来ると思う?」と続けてそうも言った。

「部の方針は監督である私が決める。私の方針に従わんやつは、クビや」

「クビって・・いや、監督ってあんたが勝手に言うてるだけやん」

「部には監督がおらんとアカンって知らんの?」

「え・・」

「監督って、別に先生じゃなくてもええし」

「そう・・なん?」

「野球でもそやろ。選手兼監督っていてるやん」

「ああ~・・」


岩水はあさってのほうを向いて、妙に納得していた。


「まあ?私は専任監督やけどな」

「いやいや、待ってぇな。アカン、騙されるとこやったわ」

「なによ」

「監督がおらなアカンのは、わかった。でもなんでそれがあんたやの、って言うてるわけ」

「他に適任がおらんからや」

「まあまあ~」


杉裏は、たまらず間に入った。


「彩華が監督、ええやん」

「なにいうてんのよ」

「美紀~、私ら選手は練習あるのみ!」

「それにしても、他のやつら、来ぇへんな」


小島が体育館の入口を見ながら言った。


「用事でもあんのかな」


杉裏が訊いた。


「五人とも用事か?あり得んやろ」


小島は吐き捨てるように言った。

するとそこに、為所、浅野、外間、井ノ下、蒲内がそろって入り口から入ってきた。


「あいつら、なんやねん、今頃」


小島は腕を組み、まさしく監督のように振る舞った。


「ちょっと、あたんら、遅いやん」


小島がそう言うと、ネットを(くぐ)って五人が入ってきた。

そして為所が「私ら今日限りで退部するから」と言った。


「ええ~~!」


杉裏は思わず叫んだ。


「退部って、どういうつもりなん」


小島が言った。


「あんた、監督でもないくせに、うるさいねん」


為所が反発した。


「はあ?」

「もっと自由に遊びたかったのに、おもろないねん」

「そうか。ええやん、退部を認めるわ」

「ちょ・・ちょっと待ってよ~」


杉裏が二人の間に入った。


「私な、あっ、これ、これな、昨日買ってん」


杉裏は本を五人に見せた。


「ほんでな、ちゃんと卓球やろうって、みんなに言うつもりやってん。だから辞めるなんて言わんといて」と続けた。

「そんなん、ただの本やんか。あんたらみたいな素人に何が出来るんよ」


為所は全く引かなかった。


「素人やから、これ買ったんよ。初心者入門なんよ」

「アホみたい。教えてくれる人がおらんと、なんもできひんよ」

「外間ちゃんたちも、辞めるん・・?」

「うん、辞める。昨日も言うたけど、卓球に興味ないねんもん。しゃあないやろ」


外間が言った。


「おい、杉裏」


小島が杉裏の肩を掴んだ。


「なに・・」

「辞めたいやつは辞めればええ。それだけや」

「そんなん・・アカンて」

「さっさと帰れば」

「言われんでも、そうし・ま・すっ!」


為所が突き放すように言い、五人はネットから出ようとした。


「蒲ちゃん!」


杉裏が蒲内を呼んだ。


「なに・・?」

「蒲ちゃんも、辞めるん・・?」

「杉ちゃん・・ごめんな・・」


蒲内は申し訳なさそうに、下を向いた。

そして五人は体育館を後にした。

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