39 先を見越して
その後、日置はとにかく凡ミスをしないよう、丁寧に返球していた。
そして、ショートで返せばいいところを、わざわざ回り込んで打ち、相手がミスしないようにボールを送って返球させ、を繰り返していた。
つまり、日置はフットワークを己に課し、この後の準決勝、決勝のことを考えていたのだ。
ササクレの後藤も、当然、日置のボールは打ちやすく、意外なほどラリーが続いた。
そのことを知らないササクレのメンバーは、「なんや兄ちゃん、大したことあれへんがな。後藤はん、行けるで!」などと言っていた。
日置は動きまくっていたので、既に汗がしたたり落ちていた。
ハアハア・・こりゃ・・きついな。
長くラリーが続いたとしても、結局、最後は後藤がミスをする。
よって、カウントは20-2で日置がリードしていた。
ちなみに、後藤の2点はエッジボールによるものだった。
エッジボールとは、台の端にあたり、バウンドがイレギュラーするものだ。
野球で例えると、打球がベースにあたり、ポーンと跳ね上がって野手が後逸してしまう、というあれと同じだ。
エッジボールは、さすがの日置でも返せない。
点差が開いているにもかかわらず、ササクレは「行け~!」と、まるで競った試合かのように盛り上がっていた。
後藤の目は、けっして諦めていなかった。
日置の返球にどこまでも食らいつき、打ちまくっていた。
結局最後も後藤がミスをし、1セット目が終わった。
「くっそ~、あんだけ打っとるのに、兄ちゃん、なかなかミスせんなあ~」
後藤がササクレのメンバーのところまで行き、そう言った。
「あの若いのん、なかなかの策士やで」
佐々暮が言った。
「なんでや」
「ラリーを続けて、後藤はんを疲れさす魂胆やったんや」
「なるほど」
後藤は、肉体労働者である。
それは今も現役だ。
ちょっとやそっとじゃ、疲れることなどない。
鍛え方が違うのだ。
「見てみぃ。兄ちゃん、ハアハア言うとるがな」
佐々暮は、日置を見て言った。
そして「見事に返り討ちや」と続けた。
「そやけど、点取らな、なんもなれへんで」
ササクレの中野が言った。
「そこや。点を取るにはどうしたらええかや」
「必殺サーブも、効かんしなあ」
「まあええ。とにかく左右に揺さぶってとことん疲れさせるんや」
「よっしゃ、任しとき」
―――一方、たまたまおっさんの方では。
「日置くん、エンジンかかったか」
相沢が訊いた。
「はい、なんとか」
日置はタオルで汗を拭いていた。
「相沢さん、エンジンて、なんですか」
吉野が訊いた。
「見てたらわかるで」
相沢は、訳知り顔でニヤッとした。
「日置くん、これ飲み」
補欠の箱崎が水筒を出した。
「あ、すみません。いただきます」
日置は水筒を受け取り、お茶を流し込んだ。
「しかし、よう動くなあ。大したもんや」
「ありがとうございました」
日置はそれだけを言って、箱崎に水筒を返した。
やがて日置は向こう側のコートへ行き、後藤はたまたまおっさん側の方へ来た。
コートチェンジだ。
そして2セット目が始まった。
サーブは日置からだ。
日置はバッククロスから、フォアの斜め回転のサーブを出した。
斜め回転とは、下回転と横回転が混ざったものだ。
レシーブ側は、角度を上手く合せない限り、ネットミスかオーバーミス、またはチャンスボールが返ってしまうのだ。
後藤は角度が合わず、高い返球になってしまった。
けれども後藤は、1セット目の日置の返球ならば、打ち返せると高を括っていた。
ところが日置は、容赦なくパシーン!と矢のようなスマッシュをフォアクロスの深いところへ打った。
後藤は一歩も動けず、呆然と日置を見ていた。
兄ちゃん・・別人か・・?
日置は「よし」と小さな声で言った。
そして2球目も、同じサーブを出した。
後藤はなんとか返球したが、またチャンスボールになってしまった。
後藤は慌ててフォアへ動いた。
けれども日置は、それを反対側のバッククロスへ流し打ちをした。
後藤は、そこで足が止まってしまった。
「後藤はん!球をよう見て!」
ササクレの徳永が叫んだ。
日置は3球目も同じサーブを出した。
後藤は慌てて返したが、またチャンスボールになってしまった。
日置はそれを、ミドルに打った。
ミドルとは、台の真ん中のことだ。
ボールは、後藤の体にあたるだけだった。
くそ・・手も足も出ん・・
後藤は動いてもいないのに、額から汗がしたたり落ちた。
日置は4球目のサーブは、下回転を出した。
しかもフォームはさっきと同じなのだ。
日置はボールを擦る時、相手に見破られないよう絶妙に下回転をかけた。
これも上級者の高等テクニックだ。
「ネットミスするで」
相沢がポツリと呟いた。
すると相沢の予想通り、後藤はネットに引っかけた。
「え・・相沢さん、なんでわかるんですか」
吉野が訊いた。
「なんで言われても、わかるもんはわかるんや」
「へぇ~」
そして日置は同じフォームから横回転を出した。
「今度はオーバーミスや」
相沢が言うと、後藤はオーバーミスをした。
「えぇ~~、相沢さん、回転が見えてるんですか」
「回転は見えへん。ラケットの角度や」
「僕にはわかりませんわ~」
この流れで試合は進み、カウントは既に20-4だった。
後藤の4点は、エッジボールが2点と、日置のスマッシュミスの2点だ。
そして最後の1点は、日置が満身を込めて振りぬいたスーパードライブボールが決まった瞬間だった。
日置が放った、たった1球の「本気」のボールに、ササクレのメンバーも「おお~」と声が出た。
「ああ~!やられてしもた」
後藤はバンザイをして、降参した。
日置と後藤は「ありがとうございました」と互いに頭を下げた。
日置がみんなの元へ戻ろうとすると、「兄ちゃん」と後藤が駆け寄ってきた。
「はい」
「あんた、強いなあ」
「ありがとうございます」
日置はそこで、また一礼した。
「せやけど、ちょっとは手を抜いてぇな」
「後藤さん」
「なんや」
「試合は戦争なんでしょ」
「かっ。こりゃまた一本取られてしもたがな」
「僕は、本気で向かって来る相手に、手を抜いたりしません」
「そらそうや。兄ちゃんの言う通りや」
「後藤さんの気迫、素晴らしかったです」
「またまた~、じょうず言うてからに」
「あのサーブ、なかなか取れるものではありませんよ」
日置は必殺サーブのことを言った。
「そやねん。あれな、みんな取られへんのや」
「そう思います」
「兄ちゃん、おおきにな。ええ経験させてもろたわ」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「ダブルスは、こっちのもんやで!」
後藤はそう言って笑いながら、ササクレへ戻った。
「日置くん、ご苦労さん」
チームへ戻った日置に、相沢が肩を叩いて労をねぎらった。
「いやあ~すごかったですわ!」
吉野は日置の強さに、改めて感激していた。
他の者も、お茶を飲めだの、おにぎりを食べだの、日置はチームメイトに温かく迎えられていた。
そして二番手の三木は、簡単に倒され、ダブルスは圧勝。
四番手の吉野は、セットオールまで持ち込んだが、惜しくも負けた。
ラストの相沢は、日置にも引けを取らないほどの圧勝を収め、3-2で、たまたまおっさんが二回戦へコマを進めた。
「わしら、勝ったん初めてやで」
ロビーへ行く途中、相沢が日置に言った。
「そうですか」
「やっぱり勝つってええもんやな」
「そうですね」
「準決勝と決勝では、日置くんの本気を見せてもらうで」
「僕は、ずっと本気ですよ」
「嘘いえ。あんなもんやあれへん」
「ほんとですよ」
日置は、またニッコリと微笑んだ。




