31 嫉妬
杉裏たち八人は、悦子や朝倉の、超一流のプレーに刺激を受けたことや、「目標は全国大会出場だ」と簡単に口にしていたが、けっして甘くはないことを再認識し、練習にもより一層、力が入る日々を送っていた。
その努力が実り、ペンマンはフォア打ち、ショート、ツッツキ、カットマンは、フォアカット、バックカット、ツッツキがようやく出来るようになっていた。
そして、今日で夏休みが終わろうとしていた。
「きみたちは、本当に努力して頑張った。この短期間でここまで成長するとは、思ってなかったよ」
日置はこの日の練習を終えたあと、みんなにそう言った。
八人は、汗だくになりながら黙って聞いていた。
「でもいいかい。よく聞いてね」
八人は何を言われるのかと、息をのんだ。
「本当の勝負はここから。明日からは、これまでより、もっと厳しい練習になるから、覚悟してね」
八人の表情は、明らかに動揺していた。
これまでも、十分苦しかった。
それがもっと苦しくなるのか、と。
けれども彼女たちは、けっして下を向かなかった。
技術的にも上達したが、精神的にも少し成長しているのだ。
「それと、素振り100回は、もうやらなくていいから」
「どうしてですか・・」
小島が訊いた。
「素振りはもう定着した。余程のことがない限り崩れることは無い。それより一球でも多くボールを打つことが大事なの」
「はいっ!」
八人全員が声を揃えて返事をした。
「素振りに費やしていた時間を、サーブ練習に使うからね」
「はいっ!」
「じゃ、今日はここまで。解散」
「ありがとうございました!」
八人が頭を下げたところで「ああ、そうそう」と日置が何かを言い忘れた。
「部室のことなんだけど」
彼女たちには未だに部室がなかった。
今は夏休みなので、学校のジャージを着て登校していた。
けれども汗をかくので、どうしても着替えが必要であり、彼女たちは小屋で着替えていたのだ。
「校長に交渉したんだけどね、今はどの部室もいっぱいでね。それで結局、ここの横に小さな物置を設置してくれることになったんだけど、それいでいいかな」
八人は、物置て・・と、正直驚いていた。
「物置っていっても、着替えは出来る大きさらしいよ」
「それでいいです」
小島が言った。
「他の子たちは?」
「私もそれでいいです」
「私も賛成です」
と、結局、全員が賛成した。
「わかった。校長に報告しとくね」
日置はそう言って、一足先に小屋を出て行った。
「物置て・・」
日置がいなくなってすぐに、外間が言った。
「まあ、しゃあない。無いよりましや」
小島がそう言った。
「そうそう~贅沢言うたらあかんよ~」
蒲内がそう言うと「明日から・・どんな練習なんやろな・・」と杉裏が呟いた。
「今より厳しい言うてはったな・・」
岩水もそう呟いた。
「そんなことより、はよ着替えて帰るで」
小島が言うと、みんなは汗だくのTシャツを着替えだした。
―――そしてこの後、為所と浅野は、久しぶりに卓球センターへ向かっていた。
川上や梶原に相手してもらうためではない。
以前の自分と、今の自分とでは、二人のプレーがどのように映るのか確かめたかったのだ。
もし、川上と梶原が、以前よりさほどではないと映ったとすれば、それは自分が成長している証になると考えたからである。
やがて為所と浅野は卓球センターへ入った。
「こんにちは」
為所と浅野は、受付の男性に自分たちから挨拶をした。
「おお、あんたらかいな。久しぶりやな」
「はい」
「今日はジャージを着てるということは、やるんか」
「いえ、また見学です」
為所は笑って言った。
「あはは、変わった子らやな。まあええ、ゆっくり見て行き」
「ありがとうございます」
そして為所は中を覗いた。
「しぃちゃん、先輩いてる?」
そう言って浅野も覗いた。
「いや、今日はいてへんわ」
「ありゃ、せっかく来たのに残念やな」
「あの」
そこで為所は受付の男性に声をかけた。
「なんや」
「中井田高校の川上さんと梶原さん、今日は来てないんですか」
「ああ、あの子らやったら、もう引退したで」
「えっ!引退?」
「インターハイ予選が済んだ後、近畿大会が終わってから、しばらくして引退したんや」
「なんで引退したんですか」
「もう三年やで、あの子ら」
「そうですけど・・」
「インターハイで三年は引退や」
「そうなんですか・・知らんかった・・」
「それでもまあ、あの子らは卓球は辞めへんやろから、また来ると思うで」
「そうですか・・」
為所はとても残念そうにしていた。
「しぃちゃん、どうする?帰る?」
「そやなあ・・みんな知らん人ばっかりやしな」
為所は中を覗きながら呟いた。
「なあ、あの人誰やろ」
為所たちから離れたベンチで休憩を取っていた、若い女性が連れの女性にそう言った。
「いや~、めっちゃかっこええやん」
二人は中を覗きながらそう言った。
「見たことないな・・」
「なあ、打ってもらわへん?」
「ええ~・・打ってくれるかな」
「今度、いつ会えるかわからんで」
「そやけど、練習してはるやん」
「それにしても、上手いな・・」
「かっこええわ・・」
そこで為所は、誰がいるのだろうと彼女たちの視線を追った。
「え・・嘘やん・・」
為所は誰かを見つけた。
「どしたん?」
浅野も再び中を覗いた。
すると一番端の台で、日置が練習していたのだ。
「いやっ、先生やん!」と浅野が思わず大きな声を出した。
「内匠頭・・」
為所は小さな声で囁いた。
「なに・・?」
「あの女の人ら、先生を狙ってるで・・」
「ああ・・」
浅野は女性二人に目を向けた。
すると女性たちは、まだ日置に熱視線を送っていた。
「内匠頭・・どうする・・?」
「どうするって・・」
「このままやと、先生、取られるで」
「え?」
「先を越される、言うてんねや」
「なに言うてんのよ」
「私らが先生に教えてもらうんや」
「えぇ~・・でも、先生、練習してはるやん」
「あかん。あんな女らに取られてたまるか」
「まあ・・そやな」
そして為所と浅野がその場を動こうとした時だった。
タッチの差で女性たちが先に中へ入り、日置のところまで走って行った。
「げ・・」
「やられてしもたな・・」
為所と浅野は、そこで足が止まった。
「あの~!私たちと打ってくれませんか」と、女性二人が日置に声をかけていた。
そこで日置は、ラリーを止めて振り向いた。
「ごめん、悪いけど練習中なんだ」
日置は申し訳なさそうに断っていた。
「慎吾、ちょっとくらい打ってやれば?」
日置の練習相手の男性が言った。
「うーん」
日置は困っていた。
「ちょ・・ちょ・・ちょっと、先生、なにやってんねん。断れよ」
為所がそう言った。
「んー、じゃ、十分だけね」
「やった~!ありがとうございます!」
「ええっ、やるんかい!」
為所は思わず突っ込んでいた。
そして女性たちはジャージを脱ぎ、Tシャツと短パンなにり、一人の女性が台に着いた。
「お願いします」と女性が頭を下げた。
「お願いします」と日置も頭を下げた。
すると、信じられない光景が為所たちの目の前で繰り広げられた。
軽くフォア打ちを始めたものの、日置のボールを女性はなんなく打ち返していたのだ。
「げ・・」
為所と浅野は、呆然とその様子を見ていた。
日置の相手をしていた男性は「へぇー」と感心したように言った。
やるじゃないか、といった風だ。
しばらくラリーが続いたあと、日置が「上手だね」と言った。
すると女性は「そんなことないです~」と甘い声を出していた。
「きみ、学生さん?」
日置が訊いた。
「はい、私ら、山戸辺高校なんです」と女性が答えた。
「へぇー」
日置は当然、山戸辺が強豪校だと知っていたが、気に掛けるそぶりを見せなかった。
「私、山戸辺の二年生で島乃倉っていいます!」
「私も同じく山戸辺の二年生で、鶴見っていいます!」
そう、この女性たちは一年生大会の時、小島とやり合った二人だった。
「高校生なんだね」
日置が言った。
「はい!」
「慎吾、ダブルスやらない?」
後ろで男性がそう言った。
「やりたいです~!」
島乃倉と鶴見は、俄然、乗り気になっていた。
「じゃ、ちょっとだけね」
日置がそう言うと、「先生、あり得へんわっ」と為所は怒った。
「なんか腹立つな」
浅野もそう言った。
二人が見ているとも知らず、日置はダブルスを始めた。
その実、日置は、いずれ対戦するであろう二人の実力のほどを、確かめてみようと思ったのだ。
島乃倉と鶴見の動きは、昨日今日組んだペアではないことが、日置にはすぐにわかった。
日置がボールを送るコースも、フォア、バックはもちろんのこと、ネット際、ミドルと絶妙に返球し、彼女たちの弱点を探ろうとした。
結局、島乃倉たちは、手も足も出なかった。
「ありがとうございました!」
島乃倉たちは丁寧に頭を下げて、自分たちが使っていたコートに戻った。
そして日置と男性は、再び練習を始めた。
為所と浅野は、日置を取られた気になりはしたが、なぜ日置がここで練習しているのかが気になっていた。




