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サーよし!  作者: たらふく
3/307

3 ルールブック




杉裏は部活が終わった後、一人で卓球専門店へ向かった。

部員たちは、目標の「も」の字すら興味を示さない状態だったが、卓球のことを少しでも知れば、少なからず興味が湧くかもしれないと考え、ルールブックを買おうと決めたのだ。


「こんにちは・・」


杉裏は遠慮気味に、店のドアを開けた。


「いらっしゃい」


奥のカウンターで座っている老人の女性が、そう言って迎えた。


「あの・・ルールブック、ありますか」


杉裏は中へ入り、そう訊ねた。


「あるよ」


老女は「よっこらしょ」と言い、面倒くさそうに立ち上がった。


「何冊かあるけど、どれがええの?」


老女は狭い店内を、掻き分けるようにして本棚のところへ行った。

店内はとても狭く、部屋で例えるなら十畳くらいの広さしかなかった。

入口の左側には、多くのラケットが壁に掛けられてあり、下の棚にはラバー類が並べられてあった。

中央の棚には、ユニフォーム、タオル、スポーツバッグなどが積み重ねて置かれ、右側には本棚と、梱包されたままの段ボールが積み上げられていた。


腰の曲がった老女は、背伸びをしながら棚から本を取り出そうとした。


「あの、私がとります」


杉裏は老女の横へ行き「どれがいいですかね」と言った。


「あんた、初心者なんか」

「はい」

「それやったら、あれがええわ」


老女は棚の、上から二段目を指した。

杉裏は言われた通り、その本を取り出した。


「それな、初心者向けや。言うとくけど、最新版やで」

「そうですか・・」


本の表紙には『卓球入門/これで君も強くなれる』と書かれてあった。


「ほな、これください」

「まいどおおきに」


老女はまた、荷物だらけのところを掻き分けてカウンターへ戻った。


「あんた、何型選手なんや」


老女はレジスターをカチャカチャさせながら訊いた。


「何型・・?」

「ペンか、シェイクか」

「えっと・・よくわかりません」

「ええっ!これはびっくりや。ペンやシェイクも知らんのか」

「ペンとかシェイクってなんですか」

「ペンいうたら、ペンホルダー・・あっ、あれやあれ」


老女は壁に掛けられてあるラケットを指した。

杉裏はそのラケットを見て「あっ、私が使ってるの、これです」と言った。


ペンホルダーとは、読んで字のごとく、四角型でペンを持つようにラケットを握るのでそう呼ばれていた。

現在の主流は、その殆どがシェイクハンドという丸型で、まるで握手をするように握るのでそう言われている。

ちなみに杉裏の時代は、ペンホルダーが主流だった。


「ほな、ペンやな」

「そうですか。ペンって言うんですね」

「あれが、シェイク。シェイクハンドラケットな」

「へぇー」

「あんた、ほんまに何も知らんのやな」

「すみません・・」

「謝ることないがな。卓球は暗いスポーツや言われてるからな。やる子が一人でも増えることは嬉しいことや」


老女はしわくちゃの顔を、更にしわくちゃにして微笑んだ。


「こんちわ~!」


そこに一人の女子高生が入ってきた。


「ああ、京子ちゃん。いらっしゃい」

「先生、頼んでたユニフォーム入りました?」


京子は、杉裏のことなど気に掛ける風もなかった。


「入ってるで」


老女はまた、「よっこらしょ」と言って立ち上がった。


「どこですか。私、やりますから」

「えっとな・・そこの段ボールあるやろ。表に学校名書いてあるから、探してんか」

「わかりました~!」


京子は積み重ねかれた段ボールを、一つ一つ確認していた。


「あの子な、小谷田(こたにだ)高校の子やで」


老女は小声で言った。


「そう・・ですか・・」

「まあ、あんたは知らんやろけど、小谷田は大阪でベスト4やで」

「えっ・・」


杉裏は改めて京子をまじまじと見た。

松本が所属するバレー部でさえ、ベスト8で強豪と言われているのに、小谷田高校はベスト4なのだと、杉裏は驚いた。


「あったあった」


学校名を確認した京子は「先生、袋あります?」と訊いた。


「あるよ」


そこで京子は杉裏に気がついた。


「どうも」


京子は小さく頷いた。


「あ・・どうも・・」


杉裏もそれに応え、小さく会釈した。


「その制服、桐花やね」


京子が言った。


「はい・・」

「いとこがな、桐花行ってねん」

「そうですか・・」


杉裏はなぜか緊張して、怖気づいていた。


「あんたも卓球やってるん?」

「あ・・ええ・・まあ・・」

「何年生なん」

「えっと・・一年です・・」

「私もやで」

「そう・・ですか・・」


「京子ちゃん、これでええか」


老女は奥から紙袋を持って戻ってきた。


「先生、すみません。ありがとうございます」


京子は深々と礼をして、受け取った。


「一年生大会、もうすぐやな」

「そうなんですよ~」

「京子ちゃんも出るんか」

「出ます!」

「そうか。頑張らなあかんな」

「目標は優勝です」

「おぉ~これは頼もしいな」


杉裏は二人の会話に圧倒されて、口を開くことができなかった。


「ああ・・あんた、名前なんていうんや」


老女は杉裏に気を使い、声をかけた。


「杉裏汀子です・・」

「汀子ちゃんか。憶えとくわな」

「私、堀川(ほりかわ)京子(きょうこ)。よろしくね」

「よ・・よろしくです・・」

「汀子ちゃんも一年生大会出るん?」


杉裏は、いきなり京子から下の名前で呼ばれたことに戸惑った。

けれども、なんとなく嬉しくもあった。


「ううん・・出ません・・」

「そうなん?」

「っていうか・・私、初心者なんです」

「試合は誰でも出れるよ。一年やったら」

「そんな・・試合なんて・・」

「京子ちゃん」


老女が声をかけた。


「なんですか」

「この汀子ちゃんな、ペンもシェイクも知らんのやで。試合なんかムリや」

「え・・」


京子はその言葉に唖然としていた。


「ここに来たんも、ルールブック買いにや」

「そうなんや・・」


そして京子は杉裏に「ごめん」と言った。

謝られた杉裏は、なんだかバカにされた気がした。

そして京子は、段ボールの中からユニフォームを取り出し、紙袋に入れ替えた。


「先生、支払いは後日、学校からしますので」

「わかった」


そして京子は「失礼します」と言って店を出て行った。


「あのユニフォームな、あの子ら一年生のや」

「そうですか・・」


杉裏は元気をなくしていた。


「あのな、誰でも最初は初心者や。やる気さえあれば、なんぼでも伸びる」

「・・・」

「慌てんでもええ。ルールをしっかり覚えて一生懸命練習することや」

「はい・・」

「頑張りや」

「あの・・」


杉裏は、あることが気になった。


「なんや」

「先生って呼ばれてましたけど・・」

「それがどうかしたんか」

「卓球の先生・・?なんですか」

「そんなこと、どうでもええ」

「すみません・・」


そして杉裏は店を後にした。

帰宅途中、電車の中で杉裏はルールブックの一ページ目を開いた。

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