229 第2シードブロック
―――試合当日。
彼女らは早々と体育館に到着し、空いている台で早速練習を始めた。
「台がこんなに空いてるなんて、無いことやで!」
「今のうちや!」
「はよはよ!」
既に練習を始めている学校もあったが、いつもなら「一球交代」で、体が温まる前に開会式を迎えていたのだから、彼女らが、ある種、興奮するのも無理はない。
「杉裏さん、岩水さん」
日置は苦笑しながら声をかけた。
「あまりやり過ぎて疲れが出るといけないから、調整程度にするんだよ」
彼女らは意気込みが練習に出ており、台をフルに使えることもあって、岩水と杉裏は、なんと全力でフットワークをしていたのだ。
それを見かねた日置が、クールダウンさせようとそう言った。
「はいっ」
試合前の練習は、日置の指摘した通り肩慣らし程度にするのがいいのだ。
いわゆる「温める」というやつだ。
「皆藤さん、おはようございます」
日置は本部席へ行った。
「日置くん、おはよう」
皆藤は、本部席の設置の準備をしていた。
そして、相変わらず余裕の笑みを見せた。
「組み合わせ表を一部、頂けますか」
日置は、作業の手を止めさせることに躊躇したが、一刻も早く組み合わせを見たかった。
「ああ、はい。いいですよ」
気持ちを察した皆藤は、今しがた長机に置かれた表を渡した。
「ありがとうございます」
「あの子たち、調子はどうですか」
「とてもいいです」
「そうですか。それはなによりです」
日置はニッコリと笑って、表を捲った。
「桐花は第2シードブロックですよ」
日置が第1シードのブロックに目をやっていると、皆藤がそう言った。
「え・・」
そこで日置は、表の反対側の第2シードに目を移した。
「4入りで山戸辺と、ですね」
皆藤はポツリと言った。
山戸辺か・・
しかも4入りで・・
日置は、三神ほどではないにしても、リーグ戦に入る前の山戸辺との対戦は避けたかった。
できれば、小谷田か中井田とあたりたいと思っていたのだ。
いや・・三神とあたらなかっただけでも、よしとしなければ・・
「日置くん」
日置は顔を上げて皆藤を見た。
「リーグ戦で待っていますからね」
「はい、必ず上がります」
ほどなくして、各学校の選手らが大挙して館内に入り、台はあっという間に埋まった。
ボールを打つ無数の音が響き渡り、否が応でも館内には緊張感が漂っていた。
「一球交代でお願いします」
小島と浅野が打っているコートに、多田と三宅が来た。
「ああ、おはよう」
小島が答えた。
「浅野さん、おはよう~」
三宅は浅野の隣に立ち、嬉しそうにしていた。
「おはよう」
「今日は、お互い頑張らんとあかんな」
「そやな」
「俺、浅野さん応援するからな」
「あのさ、早く打ってくれへん?」
浅野は時間がもったいないと言いたげだった。
すると三宅は、浅野が少しイラついてることに驚いた。
浅野さん・・めっちゃ気合い入ってるやん・・
「おい、数馬」
多田が台に着いて、ボールを出そうとしていた。
「お・・おう!」
―――「ただ今より開会式を始めますので、選手の皆さんは練習を止めてください」
ほどなくして、本部席から放送がかかった。
選手らはそれぞれバックを抱え、フロアの中心に集まった。
やがて役員の挨拶も終わり、いよいよ試合が始まろうとしていた。
日置らはロビーに移動して、彼女たちは日置の言葉を待った。
「一回戦は、一年生大会でもあたった、天王寺旭日高校だよ」
「先生」
小島が口を開いた。
「なに?」
「私ら、どこのブロックに入ってるんですか」
小島のみならず、他の者もどこのブロックに入っているかを訊きたかった。
「山戸辺だよ」
すると彼女らは、「山戸辺か・・」と口々にそう漏らした。
「何回戦であたるんですか」
杉裏が訊いた。
「4入り」
「おおお~」
彼女らは一斉に声を挙げた。
「だから山戸辺と対戦するまでは、三回勝ち抜かないといけない」
「はいっ」
「今日のきみたちは万全だけど、試合は蓋を開けてみないと何があるかわからない。以前のきみたちのようにダークホースが現れるかもしれない。天王寺旭日だって強くなってるかもしれない」
「はいっ」
「なにがあってもけっして慌てずに、徹底的に叩きのめす。いいね」
「はいっ」
その実、日置の「杞憂」は、外れていた。
ダークホースもいないし、天王寺旭日は以前と全く変わってなかったのだ。
けれどもそれは、第2ブロックだけでのことだった。
ダークホースは、第3、第4ブロックにいたのだ。
第3シードの小谷田には、夕凪高校という新設校がいた。
夕凪高校とは、昨年のダブルスの予選で小島と浅野は、落合と松浦というペアと対戦していた。
落合と松浦は現在二年生だが、一年生に三人、いい選手が入っていた。
第4シードの中井田には、住之江西高校という、創設は昭和初期と古く、地味ではあったが昨年はベスト8に入るほどの力は備えていた。
住之江西は、四強を崩せずに、常に辛酸をなめてきた。
昨年の予選が終わった後、「来年こそは」と気持ちを新たにし、この一年、徹底的に鍛え上げてきた。
とはいえ、小谷田と中井田は、常にベスト4に入る強豪校だ。
精鋭たちをスカウトし、その座を他校に譲ることがない。
たとえダークホースであれ、簡単に倒されるようなチームではないのだ。
が・・当の中澤と日下部は、桐花とあたらなくてよかったと、胸をなでおろしていた。
「今年は厳正なる抽選やったし、山戸辺のところへ入ったんは、しゃあないな」
小谷田の監督、中澤が言った。
「いや・・うちにも入ってなくて、よかったです・・」
中井田の監督、日下部が答えた。
「上田はんは辞めはったし、富坂?やったか。なんや知らんけど熊本から来た監督らしいけど、新監督っちゅうんは、往々にしてうまいこといかんもんや。リーグへ上がって来たとしても、うちは勝つ自信があるで」
「いいえ、今年のインターハイは、うちが貰いますよ」
「よーーし、望むところや。リーグで待ってるで」
「お互い、頑張りましょう」
―――「日置」
観客席で座っている日置を見つけ、富坂が声をかけた。
「あ・・」
日置は振り向いて、その風貌に驚いていた。
富坂は髭をボウボウと生やし、一見すると本人かどうかわからないくらいだ。
けれども日置は、特徴のある低い声で富坂だとわかった。
「富坂・・」
「久しぶりだな」
富坂は日置の隣に座った。
「お前、なんだよ、その髭」
日置は少し笑った。
「そげんこつ、どうでもよか」
「お前、山戸辺の監督になったんだってな」
「ああ」
「なんでだよ」
「お前に勝つためとばい」
「え・・」
日置はその言葉に唖然とした。
「僕に勝つために、わざわざ大阪まできたの?」
「悪かとか」
「いや・・悪いとかじゃなくて」
「お前もようわかっとるとじゃが、選手時代わしはお前には勝てんかった」
「・・・」
「わしは、夜も寝れんとじゃったばい」
「・・・」
「そ・・それに・・お前は・・」
「なんだよ」
「いや、よかと」
その実、富坂は吉岡早苗に惚れていたのだ。
卓球で負け、挙句に吉岡まで取られ、富坂は悶々とした日々を送っていた。
富坂は、一度だけ吉岡に告白したことがあった。
けれどもあっさりと振られのだ。
当時、日置と吉岡は付き合いこそしていなかったものの、誰の目から見ても二人は交際しているとしか思えないほど仲が良かった。
富坂は、自分が振られたのは日置の存在があったからなのだと、勘違いしたのだ。
「富坂」
「なんだ」
「桐花は一切負けるつもりはないからね」
「こっちのセリフとばい」
「正々堂々と勝負しよう」
日置は右手を差し出した。
それを富坂は、パンッと弾いた。
「握手は、わしが勝った時にしてやるとばい」
「そうか」
日置は手を引っ込めた。
「4入りであたるまで、負けることは許さんとばい」
「そっちこそな」
「楽しみにしとるとよ」
「言っとくけど」
「は・・?」
「舐めとったら、いてもうたるからな」
日置はそこで不敵な笑みを浮かべ、富坂は唖然としていた。
「お前・・大阪に来て、変わったのう」
「そう?」
日置は何事もなかったかのように、涼しい顔でそう言った。
日置は正直、自分に勝つためにわざわざ追いかけてきた富坂に、ウンザリする思いがしていた。
けれども日置は、売られた「ケンカ」を拒むつもりは毛頭なかった。
むしろ、ラストチャンスであるこの大会に臨むにあたり、他のどの監督よりも闘志の炎を燃え上がらせていた。




