21 外間たちの復帰
―――次の日、一年七組の教室では。
「なあ、知ってるか?」
外間が、井ノ下と蒲内に訊いた。
「なにをよ」
「そとちゃん、なにぃ~」
「日置先生な、卓球部のコーチになったらしいで・・」
日置の噂は、早くも一年生の間で広まっていた。
「マジか!」
井ノ下が叫ぶと、クラスの生徒が三人を見た。
「えぇ~!杉ちゃんたち、羨ましいわあ~」
杉裏たちが昨日、どれほど過酷な練習をしたのかも知らず、蒲内は呑気に言った。
「なんか、ずるいと思わん?」
外間は、自分勝手なことを平気で言った。
「日置先生って、卓球、知ってるんや・・」
井ノ下が言った。
「私らかて、元卓球部やん。戻って教えてもらう権利はあると思うねん」
「そとちゃん、甘いわ。あいつがいてるねんで」
井ノ下は小島のことを言った。
「そんなん関係ないやん。卓球部は誰でも入れるやん」
「せやけど、私ら辞めたんやで。あいつが許すはずないで」
「それは小島が勝手なだけやん。私は戻るで」
「私も戻るぅ~」
蒲内はニコニコしながら言った。
「日置先生を独占するやなんて、ずるい!」
外間は机をバーンと叩いた。
「なあなあ、何の話?」
そこにクラスメイト数人が、外間たちの傍へやって来た。
「日置先生が、卓球部のコーチになったらしいけど、知ってる?」
「ああ、知ってる、知ってる」
一人がそう言った。
「その話やねん」
「それやったら、もう私ら卓球部に入ること決めてるで、な?」
その生徒は仲間の生徒に、顔を向けて確認した。
すると仲間たちは、「そやで」と言った。
「えっ!」
「驚くことないやん」
「これは、呑気に構えてられへんわ。やっぱり私らも戻ろ」
外間は、井ノ下と蒲内に念を押した。
―――「美紀、腕はどうや」
昼休み、食事を摂った後、杉裏と岩水はベランダにいた。
「めっちゃだるい・・」
「私もやねん・・」
「腰も痛いしな・・」
「うん・・そやな」
杉裏と岩水は、早くも根を上げそうになっていた。
「今日も素振りかな・・」
「500回・・」
杉裏がそう呟くと、「杉ちゃん、続ける自信ある?」と岩水が訊いた。
「自信か・・。美紀はどうなん?」
「うーん・・」
「私はやっぱり、強くなりたいって気持ちはあるねん」
「・・・」
「竹林さんみたいになりたいねん」
「まあ、私かて、このまま辞めるいうんは違うと思てるねん」
「そやんな・・」
「あんたら」
そこに小島がやって来た。
「彩華・・」
杉裏は元気のない声で言った。
「なに、しょうもない顔してんねや」
「彩華、腕はどうなん?」
「痛いに決まっとる」
「うん・・」
「なんや、あんたら辞めるとでもいうんか」
「そんなことないけど・・」
「あのな、言うとくけど、私らは初心者や。何の苦労もなく強くなれると思たら大間違いやで」
「そんなん・・わかってるよ・・」
「私もな、さすがに昨日はびっくりした。想像以上やった。せやけど、これを乗り越えんとボール、打たしてくれへんで」
「うん・・」
「それって卓球ちゃうやん」
「彩華は耐えれるん・・?」
岩水が訊いた。
「あんだけ頼んでコーチになってもろたんや。僕の練習は厳しいとも言うてはった。耐えるしかないやろ」
「そやな・・」
「頑張れば頑張ったぶんだけ、前に進めるんや。少なくとも後ろへ下がることはないで」
「うん、彩華の言う通りやな」
杉裏は幾分か、小島の言葉に力を貰った気がした。
「そやな。前に進むんや」
それは岩水も同じだった。
それでもまだ始まったばかり。
いや、まだ何も始まってはいないのだ。
今後の練習が、より一層過酷であることは、三人にとって想像に難くなかったのである。
―――そして放課後。
杉裏たちが体育館へ入ると、ネット際に多数の生徒が押し寄せていた。
バレー部員も、迷惑そうに練習の準備をしていた。
「え・・あれ、なんなん?」
杉裏は驚いて言った。
「ふんっ。日置先生目当てやろ」
小島は吐き捨てるように言った。
「まさか、卓球部に入るとか?」
岩水が言った。
「行くで」
小島がそう言い、三人は足早にネットに近づいた。
すると日置を囲み「私らも卓球部に入りたいぃ~」と生徒たちが迫っていた。
「うん、いいよ」
日置はあっさりと言った。
それを聞いた杉裏たちは、耳を疑った。
それもそのはず、この生徒たちは卓球そっちのけで、日置と一緒にいたいだけだ。
日置は言ったはずだ。
やる気がなければコーチは受けないと。
それが、あっさりと「うん、いいよ」と受け入れたのだ。
「じゃ、一人ずつこの中に入って」
日置はネットの中へ入るように促した。
「私から~!」
「あかん~私や~!」
生徒たちは先を争って中へ入ろうとした。
「待って待って。じゃ、きみから」
日置は先頭に立っていた生徒に言った。
そして「これを持ってね」とラケットを渡していた。
「なにをすればいいんですか」
不思議に思った生徒は、そう訊いた。
「これで素振り500回やってね。それが出来たら入部を認めるよ」
「え・・」
言われた生徒は呆然としていた。
そして「素振り500回・・」とあちこちで声が挙がった。
「そやかて、私、素振り知らないんですもん」
生徒が言った。
「知らないなら不合格。はい、次」
日置は生徒からラケットを取り、次の生徒に渡した。
「どうしたの?」
優しく微笑む日置に、次の生徒は固まっていた。
「私は・・ええです・・」
「そっか、じゃ、次」
こうしてどんどん生徒が減っていった。
「先生・・」
そこで杉裏が声をかけた。
「ああ、きみたち、来てたんだね。着替えて準備してね」
日置がそう言うと「なんでこの子らはいいんですか」と別の生徒が訊いた。
「この子たち、合格したから」
「え・・」
「昨日、500回やったんだよ」
「ほんまなん・・?」
と杉裏に訊いた。
「うん、ほんま」
「正確に言うと、500回以上だよ」
「そ・・そうですか・・」
そして一人、また一人と減っていった。
残ったのは、外間、井ノ下、蒲内だけだった。
「あんたら、なにしに来たんや」
小島が三人に迫った。
「私らかて、卓球部に戻る権利はあるはずや」
外間が言い返した。
「どうしたの?」
日置が小島に訊いた。
「この子ら、元卓球部やったんです」
「へぇ」
「でも、すぐに辞めたんです」
「きみたちさ、戻るって本気?」
日置は外間に訊ねた。
「本気です!」
外間はもはや、日置目当てというより、小島たちが特別扱いされていることに拘った。
「な、あんたらも、そやろ」
外間が井ノ下と蒲内に訊いた。
「う・・うん、そらもう」
「私は戻りたいわあ~」
蒲内は日置を見つめて言った。
「あんたら、えらい調子のええこと言うやないか」
小島は黙っていなかった。
「小島さん」
日置が小島を呼んだ。
「なんですか」
「僕は、この子たちの入部を認めるよ」
「え・・なに言ってるんですか!」
「みんな帰っちゃったのに、この子たちは残った。しかも戻りたいと言った」
「だからなんなんですか!」
「当然、きみたちと同じメニューをこなしてもらうよ」
杉裏も岩水も唖然としていた。
「僕、言ったよね。僕の方針に逆らうんだったら、コーチは辞めるって」
「先生・・それって脅迫してるんですか」
「まさか。僕の条件をきみたちは納得したよね。だからそう言ってるだけだよ」
小島、岩水、杉裏と、外間、井ノ下は、互いを睨むように相手を見ていた。
けれども蒲内だけは、ニコニコして日置を見つめていた。




