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サーよし!  作者: たらふく
202/307

202 失恋と新たな敵




そして新学期が始まり、小島は久しぶりに登校した。

そう、早朝六時である。

辺りはまだ真っ暗だ。


最初、小島はためらったが、あの日のことを忘れるために、意を決してこの時間に登校した。

すると校庭では、日置がランニングを始めるため、柔軟体操をしていた。

小島は小屋へ入り、部室で着替えた。


いつも通り・・前の通りや・・

なんも緊張することない・・


そう思いながら、小島は日置の元へ行った。

すると日置は小島に気がついた。

立ち上がった日置は、小島に「おはよう」と言った。


「おはようございます・・」

「足はもういいんだね」

「はい、走ることもできます・・」

「うん、それならよかった」

「はい・・」

「でも、僕の朝練には、もう来なくていいよ」

「え・・」


小島はその言葉で、突き放された気がした。


「僕は一人でやるから」

「先生・・もしかして・・あの日のこと・・」

「違うよ」

「え・・」

「この際だから言っとくけど、僕はあの日のことなんて何とも思ってない」

「・・・」

「僕は教師であり監督。きみは生徒であり部員。それだけのことだよ」

「はい・・」

「僕がなぜ、わざわざ東京から大阪へ来たと思う?」

「それは・・」

「きつく聞こえるかもしれないけど、僕は恋愛をするために来たんじゃない」


そこで小島は、穴があったら入りたい思いに駆られた。


「きみたちを全国へ連れて行くため。知ってるよね」

「はい・・」


ここで日置は、自分の話に矛盾が生じていることに気がついてなかった。

つまり、日置が桐花へ来たのは偶然であり、卓球部の監督になったのも杉裏らの懇願に応じたためという建前があった。

そう、西藤に頼まれて来たことなど、日置はすっかり忘れていた。

小島も話の矛盾に疑問を挟む余裕などないことは、言うまでもない。


「今後もこれは変わらない。したがって、きみに恋愛感情なんて湧かない。よく覚えておいてね」

「すみませんでした・・」

「わかってくれたならもういいよ」

「はい・・」

「今日は、せっかく来たんだし、一緒に練習しようか」

「いえ・・」


小島はたった今、こっ酷く振られたばかりだ。

一緒に練習する気持ちなど、そんな勇気などあるはずもなかった。

そして小島は日置に一礼して、小屋へ戻って行った。


日置もわかっていた。

自分の言葉が、酷く冷たいものだと。

けれども小島の思いを断ち切らせるためにも、ああ言うしかなかったのだ。


やがて小島はジャージの上にコートを引っかけ、校庭を歩いて学校を出た。

そう、六時半に来るであろう浅野を待ったのだ。


約三十分後、前方から浅野が歩いて来るのが見えた。


「内匠頭・・」


小島はそう言って浅野に駆け寄った。


「彩華、ランニングは?」

「いや・・ええねん」

「先生は?いてへんのか?」

「ううん、さっき、小屋へ入ったところ・・」

「彩華、なんでここにいてんのよ」

「実はな・・先生から、もう来なくていいって言われたんや」

「ありゃ・・そうやったんか・・」


浅野はある程度、日置の気持ちを予測していた。

きっと、小島を突き放すだろう、と。


「それでも、今日は来たから一緒に練習しようて、いわはったんやけど・・」

「それやったら、したらええやん」

「ちゃうねん・・」

「なにがちゃうの」

「先生に・・きみには恋愛感情なんて湧かない・・て、言われてん・・」

「そうか・・」


浅野にすれば、日置は教師であり監督であるがゆえ、当然の対処であろう、と。

それでも小島の想いを察すると、なんとも切ない気持ちになるのであった。


「なあ、彩華」

「なに?」

「先生の言い方は冷たいかもしれん。せやけど、先生にしたらそれ以外の答えはないと思うで」

「・・・」

「もし、もしやで?」

「・・・」

「先生が彩華の気持ちに応えたとしたら、どうなると思う?」

「どうなるて・・」

「それがわかったとたん、学校で大問題になって、卓球どころやあらへんで。ましてやインターハイなんて、っちゅう話やで」

「・・・」

「あんた、それがええと思うか?」


小島は首を強く横に振った。


「先生が、来なくていい、いうたんも、別に練習に来るなって意味ちゃうやん。先生の朝練には来んでええってことやろ?」

「うん・・」

「それも仕方がないで。そんなもん、振った相手と振られた相手が、一緒にランニングするわけにはいかんわな」

「うん・・」

「だから、先生の朝練はもう行かんでええ。私かて行かへん。せやけど自分らの朝練や放課後の練習は別や」

「せやけど・・先生、一人で練習て・・どうしはんねやろ・・」

「ったく・・彩華さあ・・」


浅野は、この期に及んで、日置を心配する小島に呆れた。


「なによ・・」

「先生の気持ちも察しぃや。自分の気持ちを押し付けるだけなんか、勝手やで」

「え・・」

「あんたは先生が心配なんやろけど、それを先生は、あかんて思たんや」

「・・・」

「ここは先生のいう通りにするべきやと思うで。ほんで先生が好きやったら、インターハイへ向けて頑張り続ける。これしかないで」

「うん・・」

「さーて、まだ六時四十分やで。この後、どうするよ」

「どうするいうたかて・・」


そこで小島は、小屋を見た。

すると日置が小屋から出てきて、職員室へ向かって歩いていた。


「ありゃ・・先生、あんたに気を使ったんやな」

「え・・」

「今日の朝練は中止したんや」

「なんでやろ・・」

「そんなん決まってるがな!寒空にあんたを放置するわけにはいかんと思たんや」

「そ・・そうなんや・・」

「せっかくの先生の厚意を無にしたらあかん。行くで」


そう言って浅野は、小屋へと歩き出した。

その後を、小島も続いた。



こうして日置と小島の関係は、元通りに戻った。

当然のことながら、最初は小島はぎこちなかったが、日が経つにつれ、日置のこれまでと全く変わらない姿勢が小島の心を解していった。

日置は、小島と共に浅野も朝練に来なくなったことで、浅野は自分に対する小島の気持ちを知っていると悟っていた。

それでも浅野は、自分になにも言うことはなく、これまでと何も変わらない浅野に感謝していた。



―――「小島さん、浅野さん」



この日の練習後、日置が二人に声をかけた。

季節は一月も中旬を迎えていた。


「はい」


小島が答えた。


「この後、僕は卓球センターへ行くんだけど、きみたちも行く?」

「え・・」

「秀幸と約束してるんだよ」

「八代さんですか・・」

「小島さん、きみ、まだ本調子じゃないよね」


小島は、年末から約十日間の間、練習を休んだ。

それに小島は、練習を再開したとはいえ、また転ぶのではないか、との不安を抱えていた。


「はい・・すみません」

「で、センターへ行けば気分転換にもなるだろうし、秀幸もアドバイスしてくれると思うよ」

「そうですか・・」

「彩華、行こ」


浅野が言った。

小島は「うん」と頷き、三人はセンターへ向かった。

三人はやがてセンターに到着し、中へ入ると相沢がベンチに座って休憩をとっていた。


「相沢さん、こんばんは」

「おお~~!日置くん、久しぶりやな」

「こんばんは」


小島と浅野も相沢に挨拶をした。


「おう~きみらも久しぶりやな」

「相沢さん、今日はお一人なんですか」

「いや、三津田と約束しとるんやけど、あいつ、まだ来ぇへんねや。で、さっきまで高校生と打っとったんや」

「そうなんですね」

「なんかな、さっき、聞いたんやけどな」

「はい」

「山戸辺の監督、代わったんやてな」

「ああー、前任者は退職しましたね」

「今度の監督、すごいらしいで」

「え・・」

「なんでも・・えっと・・なんちゅうたかな・・あっ!熊本から来た、富坂(とみさか)とかいうとったな」

「富坂?」


日置には聞き覚えのある苗字だった。

日置と富坂は、大学の同期だった。

富坂は、熊本の強豪校、熊代東(くましろしがし)高校の出身で、日置と同様、推薦で大学に入学した。

日置と富坂は、インターハイでも対決し、同じ大学へ入学したとはいえ、富坂は日置にずっとライバル心を抱いていた。


日置と八代の関係とは違い、富坂は入学当初から仲間たちと一線を画し、常に単独行動するような人物だった。

そして日置より、自分の方が上だと思い込んでいたが、結果を見れば一目瞭然、常に日置がトップで君臨していた。

そんな富坂は、地元の高校で体育教師兼卓球部監督を務めていたが、去年のある日、山戸辺高校監督の話が耳に届いた。


大阪といえば、日置が監督を務めていることも、富坂は知っていた。

そう、『卓球SUN』の近畿大会特集を、富坂は取り寄せていたのだ。

無論、女子には興味がなかった富坂は、男子の情報を知りたかった。

その時、偶然、日置の記事を見たのだ。


そんな富坂は、地元の教師を辞め、今年に入って山戸辺の監督として就任したのだった。

そう、ずっと勝てなかった日置に対し、今度は監督として必ず勝ってやる、と。


「なんかな、年も日置くんと同じくらいらしいで」


富坂・・

熊本・・

同い年くらい・・


この時点で日置は、富坂繁だと確信した。

そして、これは手強いぞ、と。


前任の上田監督は、いい選手を集めながら、その傍若無人ぶりで選手を委縮させ、実力を発揮させていなかった。

けれども富坂は、そんな人物ではない。

勝負に貪欲であることに変わりはないが、少なくとも上田のような振る舞いをする奴ではない、と。

そんな富坂の(もと)で、山戸辺の選手たちが遺憾なく実力を発揮するとなると、去年、非公式で行った団体戦のように4-0で勝つことは不可能であろう、と。


「日置くん、どしたんや」


黙って聞いている日置を、相沢が気にかけた。


「いえ、なんでもありません」


小島と浅野も、日置の様子が変だと思った。


「それにしても三津田、遅いのう」


相沢は入口の方へ目をやった。


「きみたち、着替えておいで」


日置が小島と浅野に言った。


「はい」


そして二人は更衣室へ入った。


「先生、富坂いう人、知ってるんとちゃうか」


浅野が言った。


「うん、そんな感じやったな」

「その人、山戸辺の監督か・・」


浅野は不安げだった。


「そんなん関係ないで」

「そやけどさあ・・」

「今年こそ、絶対にインターハイへ行く。ラストチャンスやで」


小島は以前、浅野が「先生が好きならインターハイへ向けて頑張ることや」といった言葉を思い出していた。

富坂がどんな人物であろうと、チームのために、日置のために覚悟を新たにする気持ちが芽生えていた。

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