178 先輩と後輩
―――一方で、桐花の彼女たちは。
女子ブロックは、桐花と地元の中学生以外は、全てクラブチームだった。
そう、ママさんたちである。
女子ブロックは男子より多く、26チームが参加していた。
その殆どが、大阪府内、市内からであったが、1チームだけ奈良市からも参加していた。
ママさんチームには、学生時代の卓球経験者だけで結成された強いチームも存在する。
この大会は、その強いチームも1組みだけではあるが、参加していた。
そう、為所の先輩である中井田高校出身の、川上遼子と梶原真美が作った新しいチームである。
彼女たちは大学へ進学せずに地元で就職したが、卓球部がなかったため自らでチームを立ち上げたというわけだ。
「為所さんやん」
為所を見つけた川上が声をかけた。
「ああっ、せ・・先輩・・」
為所は、まさか川上がこの試合に参加しているとは思いもせず、とても驚いていた。
そして横で立っている梶原にも、軽く一礼した。
梶原もそれに応え、軽く会釈した。
「久しぶりやね」
「はい・・お久しぶりです・・」
為所は去年、卓球センターで川上らに「下手くそとは練習できひん」と言われたことを思い出していた。
浅野も、川上と梶原に気がついて、唖然としていた。
そして他の者も、そのやり取りを見ていた。
「しぃちゃん・・」
浅野が為所を小声で呼んだ。
為所は黙って頷いた。
「卓球、続けてたんやね」
為所は、川上の言葉に、少しだけムッとした。
川上は嫌味を言ったのではない。
単純に、そう訊いただけだった。
「はい、続けてます」
「あんたも、続けてたんやね」
川上は浅野にも訊いた。
「はい・・」
「桐花は2チーム出てるけど、あんたらはどっちなん?」
川上は組み合わせ表を見ながら訊いた。
「私は、こっちです」
為所が右側のブロックを指した。
「あんたも?」
川上が浅野に訊いた。
「いえ、私はこっちです」
浅野は左のブロックを指した。
「私らここやから、私らとあたる可能性があるのは、為所さんやね」
川上は自分たちのチーム名を指した。
そう、為所たちと川上らが勝ち進めば、準決勝であたるのだ。
為所は「可能性」という言葉に気分を害した。
即ち、そこまで勝ち上がれるのか、という意味だからだ。
「遼子、そろそろ行こか」
梶原がそう言った。
「ああ、うん。ほな、頑張りや」
川上はニコッと微笑んで、この場を去った。
「しぃちゃん・・びっくりやな」
浅野が言った。
「まあな・・」
為所は、川上と梶原の後姿をずっと見ていた。
「為所、あれ誰やねん」
小島が川上のことを訊いた。
「ああ・・中学の時の先輩やねん」
「へぇー」
「あの人ら、中井田の出身やねん」
「そうか」
為所は、この時点で早くも闘志が燃え上がっていた。
絶対に勝ってやる、と。
あの日の屈辱を、倍にして返してやる、と。
為所はそう考えていたが、当時の卓球センターでのやり取りや、川上らの対応は、なんら間違っていなかったのである。
為所は当時、初心者というレベルにも達していないくらい下手であった。無論、浅野は為所以下だった。
当時の川上らは、近畿大会を控えた大事な時期であった。
そんな中、為所は川上らに卓球を教えてほしいと頼んだ。
すると、梶原に「下手くそと練習したらこっちまで下手になるんや」ときつい言葉を投げかけられたのだ。
その際、受付の樋口にも「あの子らが正しいで」と、たしなめられもした。
為所は川上を怨んではいなかったが、今日は、屈辱を晴らす日だ、と思うのも無理からぬことであった―――
「なあ、いのちゃん、そとちゃん、蒲ちゃん」
観客席に座った為所が、三人に声をかけた。
「なに?」
為所の隣に座っていた外間が返事をした。
「この『三先ガールズ』て、いてるやろ」
『三先ガールズ』は川上たちのチーム名である。
為所は、表を見ながら説明した。
「うん」
「ここな、結構強いで」
「へぇーそうなんや」
「私の先輩らのチームやねん」
「ああ・・さっきの。先輩て、中学の時のか?」
「そや。ほんでここにさっきの川上さんと梶原さんがいてて、あの人ら中井田の出身やねん」
「げ~~、中井田いうたらベスト4やんか」
「私らが勝ち進んだら準決勝であたるんやけど、絶対に負けへんからな」
「しぃちゃん~、私、頑張るわ~」
蒲内が答えた。
為所は黙って「うん」と頷いた。
その実、為所は蒲内には期待していなかった。
いくらこの二か月間で、見違えるように成長したとはいえ、蒲内は実戦でまだ一勝もしていない。
それは外間も井ノ下も同じであったが、三人の実力を公平に見ても、外間と井ノ下の方が蒲内より上だと思っていた。
「いのちゃん」
為所が井ノ下を呼んだ。
「なに?」
「ダブルスやけどな、私らが出る方がええと思うねん」
「ああ~・・」
井ノ下は、外間と蒲内を見た。
「私~勝つ自信あるよ~」
蒲内はいつもの調子で、呑気にそう言った。
「まあ・・あれやん。一回戦、二回戦で様子を見ながらにしよか」
井ノ下はなんとかそのように答えた。
「そやな。先生は『ヘップバーンズ』で忙しいやろし、様子見ながら決めよか」
外間は、纏めるようにそう言った。
―――一方、小島たちは。
「こっちのブロックは、ママさんチームばっかりやな」
杉裏が表を見ながら言った。
「中学生もいてるで」
岩水が答えた。
「私らは決勝まで行くで」
小島が言った。
「せやけどさ、向こうのブロックは、しぃちゃんの先輩らがいてるで。しぃちゃんら、勝てるんやろか」
浅野が訊いた。
「当然やろ。先輩か中井田か知らんけど、そんなんに負けてるようでは、来年の予選、どうすんねん」
「まあそやけどさ。でも川上さんと梶原さん、相当強いで」
「なんで内匠頭がそんなん知ってるんよ」
「去年、私としぃちゃん、卓球センターであの人らに会ってるんや。その時、しぃちゃんが「教えてほしい」て頼んだんやけど、めちゃくちゃきつい言葉で断られたんや」
「それ、いつの話や」
「ほら、彩華と私らが揉めてた時やん。まだ先生が赴任する前のことやで」
「ああ~・・って、それ、めっちゃ前やん!」
「そやで」
「それやったら尚のこと、こっちが有利やん」
「なんでよ」
「こっちは向こうの実力を知ってる。向こうはど素人時代の為所しか知らんってわけや」
「なるほど」
「勝てる、勝てる。ほんで決勝は桐花対桐花でやるでっ!」
―――その頃、『三先ガールズ』も観客席に座っていた。
『三先ガールズ』は、エースが川上、二番手が梶原、そしてまだ卒業していないが、中井田の三年生の木戸、卓球経験者のママさんである、白井と宮川といったチーム編成だった。
中井田の木戸は、シングルのインターハイ予選で小島と対戦し、木戸が勝利している。
そう、今は引退していたが、この夏までは中井田のエースだった人物だ。
とはいえ、木戸は正式メンバーではなかった。
卒業するまで練習相手として、木戸が川上に声をかけ『三先ガールズ』で共に汗を流していたのだ。
そんな時、今回のオープン戦の話が舞い込み、せっかくなら出てみよう、ということになったわけだ。
ちなみに、白井も宮川も経験者とはいえ、中学、高校と卓球部に所属していただけで、実力は川上たちよりも遙かに下だった。
川上も梶原も、本音は実力者だけでチームを作りたかったが、なにぶん新チームゆえ、試合に出るには人数が足りない。
それで、ある意味「仕方なく」白井と宮川の入部を認めたというわけだ。
「先輩」
木戸が川上に声をかけた。
「なに?」
「桐花の小島って、強いですよ」
「へぇーそうなんやね」
「私、シングルの予選であたったんです。8入りで」
「へぇー」
「でも勝ったんやろ?」
梶原が訊いた。
「勝ちましたけど・・」
「ほんなら、どうってことないやん」
「いや、シングルは勝ったんですけど、小島さんと浅野さん、近畿でダブルス5位ですよ」
「・・・」
川上と梶原は絶句していた。
「浅野て、どの子なん?」
川上が訊いた。
そう、川上も梶原も浅野の名前を知らなかったのだ。
「さっき、先輩が話してた子の横で立ってた子です」
「え・・」
それを知った川上と梶原は、更に仰天していた。
「あの子ら二人ともカットマンです」
「近畿で5位・・」
川上は思わずそう呟いていた。
川上と梶原は、その意味を十分すぎるほど理解していた。
小島のことは知らないが、あの浅野が・・というわけだ。
いや、正確に言えば浅野の実力も知らない。
なぜなら、卓球センターで最初に会った時、為所のど素人ぶりは確認済みだったが、その際、川上は浅野に「あんたは出来るんか」と訊いたことがあった。
すると浅野は「いえ、私は為所さんより下手です」と答えたのだ。
だからこそ、木戸が言った「近畿で5位」という言葉に驚愕したのである。
そう、最初に会ってから、約一年しか経っていないのに、なにをどうやれば近畿で5位になれるんだ、と。
「決勝は、締めてかからなあかんな」
梶原が言った。
「ええやん。面白いやんか」
この時点で川上も梶原も、為所らのことなど眼中になかった。
けれどもこの後、準決勝で対戦する両チームは、意外なゲーム展開を目の当たりにするのであった。




