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サーよし!  作者: たらふく
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168 日置の変革




―――二学期が始まって、三日後のこと。



いつものように朝練をするため、小島は校庭に足を踏み入れた。

すると校庭を誰かが走っていた。

九月に入ったとはいえ、まだ残暑が厳しい朝であった。


あれ・・

走ってるのって、先生ちゃうんか・・


そう、日置がランニングをしていたのだ。


ハッハッ・・


日置の息遣いが聞こえてきそうな、そんな走りっぷりだった。


「先生」


日置が小島の近くを走って来た時、声をかけた。


「ああ、小島さん、おはよう」


日置はそう言いながら、立ち止まりもせず走って行った。

小島は鞄を置いて、思わず後を追いかけた。


「先生!」


小島は日置に追いつき、そう呼んだ。


「きみ、制服じゃないか。ハッハッ」


日置は走り続けたままだ。


「先生、なんで走ってはるんですか」


小島も日置に合わせて併走した。


「ちょっと、ここのところ運動不足だからね」

「そうですか」

「きみ、朝練なんだよね。僕に着いて来なくていいよ」

「いえ、私も走ります」

「じゃ、着替えておいでよ」

「先生、何時から走ってはるんですか」

「来たのは七時」

「七時!」

「明日はもっと早く来ようと思ってるよ」

「ほな、着替えてきます!」


そして小島は日置から離れ、急いで小屋へ向かった。

着替えた小島は、一目散に日置に追いついた。


「早いね」


日置はニッコリと笑った。


「明日は何時に来られるんですか」

「ハッ・・ハッ・・そうだな、六時にしようかな」

「六時!」

「ランニングして、その後、朝練」

「朝練て・・卓球ですか」

「あはは、僕がテニスとかするわけないだろ」

「なんでまた」

「ダメだ、話ながら走ってると息が続かない」


そこで日置は走るのを止め、小島も立ち止まった。


「さっきも言ったけど、運動不足だからね」

「そうですか」

「退院してから、ちゃんと卓球やってないしね」

「ああ~・・」

「僕はもう若くないけど、少しでも昔の自分を取り戻さないとね」

「なんでですか・・」

「きみたちを全国へ連れて行くためだよ」

「・・・」

「朝練も、きみたちの邪魔はしないからね」

「え・・一人でしはるんですか」

「一人でも、工夫すればいくらでも練習は出来るんだよ」

「それやったら、私も先生と一緒に朝練します」

「あまりやり過ぎると、疲れがたまるから、きみたちはいつも通りでいいよ。さ、小屋へ行きなさい」


そう言って日置は再び走り始めた。


先生・・なんか、いつもと違うな・・

気合が入ってるというか・・


小島の思った通り、日置は気持ちを新たにしていた。

彼女たちを全国へ連れて行くためには、自分は監督として単に指示を出すだけではダメだと。

自分も彼女たちと正面から向き合い、これまで以上に厳しく接しようと。

そのためには彼女たちに負けない体力をつけ、技術も磨こうと決めたのだ。


日置は次の日から、朝六時に登校し、ランニングをした後、個人練習をしようと考えた。

そして彼女たちが登校する前に、職員室へ行こうと。

なぜなら、4台しかない卓球台を彼女たちにフルに使わせたかったからだ。

朝六時に学校へ着くと言うことは、日置も小島も始発の電車に乗らなければならない。

それでも小島は日置と練習がしたくて、翌日から始発に乗って登校した。


日置がランニングし始めようと校庭に出ると、小島が遠くから走ってきた。


「先生、おはようございます」

「小島さん・・」

「私も今日から、先生と朝練しますのでよろしくお願いします」


小島はそう言って頭を下げた。


「だから、それはいいって言ったでしょ」

「いえ、自分で決めたことですから」

「ご両親も心配するよ」

「いえ、両親は応援してくれてます」

「そうなんだ・・」

「じゃ、着替えてきます」


そして小島は小屋へ行き、日置は先に走り始めた。

着替えて戻った小島は、日置と併走した。


「あまり無理するんじゃないよ」

「はい」


日置も小島もそれ以上は何も言わず、ただ黙々と走り続けた。

小島にとっては無理をするどころか、日置と二人で練習できることがこの上なく嬉しかった。

そして、どこまでも日置に着いて行こうと決意していた。


ランニングが終わると、二人は小屋へ入った。

日置は部室から大量のボールを取り出し、「小島さん」と呼んだ。

走り慣れていない小島は「ハアハア」と、まだ息が上がっていた。


「落ち着いてからでいいから、ボールを出してくれる?」

「え・・私が出すんですか」


小島はてっきり、日置の特訓を受けられるものだとばかり思っていた。


「この朝練は、僕が練習するの」

「はい、わかりました」


そして小島はタオルで汗を拭き、台の前に立った。


「僕、フットワークやるから、きみ、フォアとバックに送ってね」


小島は唖然とした。

たった今ランニングを終えたばかりなのに、フットワークをするのか、と。


「先生・・大丈夫なんですか・・」

「平気だよ」


日置は涼しい顔でそう言った。


「そ・・そうですか・・」

「一球ずつね」


そして小島は一球ずつ、フォアとバックにボールを送った。

すると日置は、素早い動きでボールを打ち続けた。

次第に「ハッハッ」と息が上がる日置だったが、ボールはまだ籠の中にたくさん残っている。

日置はもしかして、籠の中のボールがなくなるまで続けるのではないかと、小島は思った。

そして、無理だ、とも思った。

小島は知らず知らずのうちに、ボールを送るスピードが落ちていた。


「小島さん」


日置はボールを打つのを止めて小島を呼んだ。

そこで小島も、ボールを送る手を止めた。


「はい」

「ちゃんと送ってくれないと練習にならないよ」

「え・・」

「スピードが落ちてるよ」

「ああ・・すみません」

「出して」

「はい」


そして籠の中のボールがなくなるまで、フットワークは続いた。

すると日置は籠を持ち、ちらばったボールを拾っていた。

小島も慌てて日置を手伝った。

日置の体から滝のように汗が流れていたが、日置は気にする素振りすら見られなかった。

そして全部拾い終わると「最初からね」と日置は言った。


「え・・」


小島は、また唖然とした。


「先生・・籠のボールがなくなるまで、またやるんですか」

「そうだよ」

「だ・・大丈夫なんですか・・」

「うん」

「そうですか・・」

「出して」

「はい・・」


そして再び、フットワークが始まった。


「ハッ・・ハッ・・」


日置の息は、ますます上がっていたが、それでも日置は続けた。

そして籠のボールはなくなった。


「ハアハア・・」


日置はさすがに動くことができず、その場で息を整えていた。


「先生、ほんとに大丈夫なんですか」

「ハアハア・・学生の頃は・・ハアハア・・こんなの朝飯前だったんたけどね。ハアハア・・」


日置は苦笑いをした。


「さすがに・・三十近くにもなると、きついね。ハアハア・・」

「先生、タオル、どこですか」

「鞄の中・・ハアハア・・」


小島は日置のスポーツバックを勝手に開けた。

すると、薄汚れたタオルが無造作に入れられていた。

小島はタオルを手にし、それを日置に持って行った。


「ありがとう」


日置はタオルを受け取り、体の汗を拭っていた。


先生・・洗濯とかしぃひんのかな・・

そういえば、部屋も汚かったしな・・


昨年の大晦日、みんなで日置のマンションへ押しかけた時、部屋が汚れていたことを小島は思い出していた。

五分ほど休憩した後、日置は「もうワンセットやるから」と言った。


「え・・フットワークですか・・」

「うん」

「先生」

「なに?」

「無理をすると持ちませんよ・・」

「無理なんてしてないよ」

「でも・・」

「ほら、出して」


小島は躊躇しながらも、日置に従った。

そして三度(みたび)、籠のボールがなくなるまでフットワークは続いた。


「ああ~~、さすがにもうダメだ・・」


日置は終わった後、床に大の字で寝ころんだ。

小島は部室に置いてあるコップを持って、校庭の水道まで走った。

そして水を入れ、小屋へ戻った。


「先生、飲んでください」

「ああ、ありがとう」


そこで日置は体を起こし、座ったまま水を飲んだ。

小島は、明日からはやかんに水を入れて用意しようと思った。


「さてと」


そこで日置は立ち上がり、「カットボール出してくれる?」と言い、コートに着いた。


「はい」


そして小島は長めのツッツキを日置のコートへ送った。

日置はそれを、ドライブし続けた。

籠のボールがなくなると、今度は「バックね」と日置が言った。

小島は、これまで見せなかった日置の一面を見た気がした。

どこまでも自分に課題を与え、やり抜くという厳しい一面だ。

自分たちも、これまで厳しい課題をこなしてきたつもりだったし、実際こなしていた。

けれども、日置の「それ」とはレベルが違う。

小島は正直、日置は大丈夫なのかと、酷く心配したのであった。

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