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サーよし!  作者: たらふく
118/307

118 手に入れたスクープ




『卓球SUN』を発行している出版社は、編集長の早坂が興した会社だ。

関西を中心に活動を続けているが、売上部数は微々たるものだった。

社員は記者の植木と、庶務の松坂まつざかという女性だけだ。

編集長の早坂は、記者も兼ねていた。



―――「ただ今戻りました」



植木は試合場に残らず、あの後、体育館を出た。


「なんや、ス~」


早坂はデスクに座りながら、怪訝な表情を浮かべた。


「お前」


早坂は腕時計を見て、時間を確認した。


「おい、ス~。まだ昼前やぞ」

「編集長」


植木は早坂の前まで行った。


「これ、見てくださいよ」


植木は早坂に組み合わせ表を差し出した。


「なんや」


早坂はそう言いながら、表を捲った。


「これがどないかしたんか」

「三神と桐花が二回戦であたったんですよ!」


植木は表に記された、桐花と三神の部分を怒ったように指した。


「えっ」


早坂は表を凝視していた。


「なんで二回戦やねん」

「これには!」


植木はそこまで言いかけて、口をつぐんだ。


「なんや、どないしたんや」

「いえ・・なんでもありません」

「ほんで、桐花は負けたんか」

「負けましたよ!当たり前でしょう!」

「おい、ス~。なに怒ってんねや」

「べ・・別に・・怒ってませんけど・・」

「せやけど、桐花も不運やなあ。二回戦で三神て」


早坂は座ったまま、呑気に椅子をクルクルと回転させていた。


「ほんで、お前、なんで帰ってきたんや」


そこで早坂は椅子を止めた。


「すみません・・」

「取材のネタは、なんぼでもあるやろ。なにサボッとんねん」

「僕は!桐花の快進撃を取材するつもりやったんですよ。だから来月号は特集を組もうと思ってたし」

「それがアカンようになったから、戻って来たんか」

「はい・・」

「アホか」

「すみません・・」

「あのな、お前が桐花に力を入れとるんは知っとる。わしかて桐花は注目株やと思てる。せやけどファンやないんやから、ちゃんと仕事せぇよ」

「編集長・・」


植木は深刻な表情を浮かべた。


あのこと話したら・・編集長はきっと・・記事にせぇ言うやろな・・

僕かて・・ほんまは記事にしたい・・

せやけど・・皆藤さんは・・ああ言うとったし・・


「ス~。なんや」

「あの・・」

「なんやねん、言うてみぃ」

「実は・・桐花が三神ブロックに入ったのって・・抽選会で不正があったからなんです・・」

「へ・・?」

「組み合わせ抽選会の日、山戸辺の上田が、そのように仕組んだんです」

「おい、それホンマか!」

「ホンマです。実際、上田がそう口にしてましたんで」

「それ、桐花の監督は知っとるんか」

「知ってます。生徒たちも知ってます」

「なんやねんそれ。えらい不祥事やがな」

「それで・・皆藤さんと上田と日置さんら、三人で話し合いをしたんです」

「お前!もちろん参加したんやろな!」

「いえ・・参加させてくれと頼んだんですが、皆藤さんに断られました」

「お前、それで引き下がったんか」

「記事にせんといてくれと・・言われました」

「おいおい・・皆藤さん。不祥事を隠すつもりか」

「編集長・・どうしますか・・」

「っんなもん、決まっとるがな!来月号の見出しも決まったようなもんや!」


早坂はスクープを得られたことで、他社を出し抜くチャンスだと浮足立っていた。


「おい、ス~!」

「なんですか」

「もっかい体育館へ行くぞ。わしも行く」

「え・・」

「ちゃんと取材し直すんや」

「取材て・・皆藤さんにですか・・」

「もちろんや!それから上田と日置にもや!」

「日置さんたちは帰りましたよ」

「おい、なにやっとんねん!追いかけんかったんか」

「日置さんの傍には、怪物みたいな大男が着いてまして・・」

「はあ?誰やねんそれ」

「大久保とかいう人です・・」

「大久保・・?大男・・あっ!」


そこで早坂は何かを思い出した。


「そいつ、女みたいな喋り方ちゃうか」

「はい、その通りです」

「それ、桂山化学の選手やぞ」


早坂は昨年、日置が参加したオープン戦を観に行っていた。

当然、大久保のことは知っていたのだ。


「桂山化学て・・実業団の?」

「そや」

「へぇ・・」

「そんなことはどうでもええ。今から行くぞ!」


早坂は急いでショルダーバッグを肩にかけ、机の上に置いてあった煙草とライターを鷲づかみして、乱暴にズボンのポケットに入れた。



―――大久保たちと途中で別れた日置と彼女たちは。



なんとか四時間目に間に合い、それぞれ授業を受けた後、学食へ向かった。

彼女たちは、全員、弁当を持参していた。

なぜなら、当然、リーグ戦を戦う心積もりをしていたからである。


八人はそれぞれテーブルに着いて、弁当の包みを開けていた。


「この後、先生から話があるんやんな・・」


杉裏が言った。


「うん・・そやな・・」

「はぁ・・」

「なんか・・気が抜けたな・・」

「また一からやり直しか・・」


彼女たちは、やりきれない気持ちをそれぞれ口にした。

彼女たちは、山戸辺への怒りよりも、二回戦で負けたことに、そうとうショックを受けていた。

相手は王者三神といえども、この一年弱、インターハイへ行くために、それだけのために頑張ってきたことが、いとも簡単に泡となって消えたという喪失感は、容易に拭い去れるのもではなかった。


「あんたら、なに言うてんねや」


小島が言った。

すると彼女たちは小島を見た。


「明日、シングルの予選があるんやで。落ち込んでる暇なんかないで」


小島は黙々と弁当を食べていた。


「そんなん言うたかてやな・・」


杉裏が答えた。


「来週はダブルスや」

「わかってるけど・・」

「団体がアカンかったら、この二つで頑張るしかないやろ」

「シングルも~ダブルスも~、また同じことされてるんとちゃうの~?」


蒲内が言った。


「三神にぶつけられてるってこと?」


岩水が訊いた。


「もし・・そうやとしたら、今度こそ私ら全員で抗議するしかない」


小島が答えた。

その実、蒲内の予想は外れていた。

上田は、あくまでも団体戦だけに拘って不正をしたのだ。

とはいえ、ノーシードである彼女たちが勝ち進めば、遅かれ早かれ三神のみならず、山戸辺や小谷田、中井田といった強豪校と対戦することになる。

それが二回戦であるかもしれないし、四回戦であるかもしれない。


ちなみにインターハイに出場できるのは、シングルが上位三名、ダブルスも上位三組だった。

ここに入るには、そうとうハードルが高い。

とはいえ、この予選は近畿大会出場も兼ねている。

その場合、シングルスダブルスともベスト16に入れば権利を得られる。

彼女たちは、インターハイのことしか頭になく、近畿大会のことなどすっかり忘れていた。


一方、日置は、山戸辺との非公式戦は、ダブルスの予選が終わるまで伏せておこうと考えていた。

なぜなら、山戸辺の不正によって三神とぶつけられた彼女たちの気持ちを、これ以上かき乱したくなかったのだ。

とにかくシングルス、ダブルスを一人、或いは一組でも多く近畿大会へ出場させたかった。

そのためには、出来るだけ平常心で臨ませたかったのだ。


とはいえ、シングルスは明日、ダブルスは一週間後に迫っている。

多感な年頃の彼女たちに、気持ちのコントロールがどこまでできるのか、日置は不安を拭いきれないでいた。

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