118 手に入れたスクープ
『卓球SUN』を発行している出版社は、編集長の早坂が興した会社だ。
関西を中心に活動を続けているが、売上部数は微々たるものだった。
社員は記者の植木と、庶務の松坂という女性だけだ。
編集長の早坂は、記者も兼ねていた。
―――「ただ今戻りました」
植木は試合場に残らず、あの後、体育館を出た。
「なんや、ス~」
早坂はデスクに座りながら、怪訝な表情を浮かべた。
「お前」
早坂は腕時計を見て、時間を確認した。
「おい、ス~。まだ昼前やぞ」
「編集長」
植木は早坂の前まで行った。
「これ、見てくださいよ」
植木は早坂に組み合わせ表を差し出した。
「なんや」
早坂はそう言いながら、表を捲った。
「これがどないかしたんか」
「三神と桐花が二回戦であたったんですよ!」
植木は表に記された、桐花と三神の部分を怒ったように指した。
「えっ」
早坂は表を凝視していた。
「なんで二回戦やねん」
「これには!」
植木はそこまで言いかけて、口をつぐんだ。
「なんや、どないしたんや」
「いえ・・なんでもありません」
「ほんで、桐花は負けたんか」
「負けましたよ!当たり前でしょう!」
「おい、ス~。なに怒ってんねや」
「べ・・別に・・怒ってませんけど・・」
「せやけど、桐花も不運やなあ。二回戦で三神て」
早坂は座ったまま、呑気に椅子をクルクルと回転させていた。
「ほんで、お前、なんで帰ってきたんや」
そこで早坂は椅子を止めた。
「すみません・・」
「取材のネタは、なんぼでもあるやろ。なにサボッとんねん」
「僕は!桐花の快進撃を取材するつもりやったんですよ。だから来月号は特集を組もうと思ってたし」
「それがアカンようになったから、戻って来たんか」
「はい・・」
「アホか」
「すみません・・」
「あのな、お前が桐花に力を入れとるんは知っとる。わしかて桐花は注目株やと思てる。せやけどファンやないんやから、ちゃんと仕事せぇよ」
「編集長・・」
植木は深刻な表情を浮かべた。
あのこと話したら・・編集長はきっと・・記事にせぇ言うやろな・・
僕かて・・ほんまは記事にしたい・・
せやけど・・皆藤さんは・・ああ言うとったし・・
「ス~。なんや」
「あの・・」
「なんやねん、言うてみぃ」
「実は・・桐花が三神ブロックに入ったのって・・抽選会で不正があったからなんです・・」
「へ・・?」
「組み合わせ抽選会の日、山戸辺の上田が、そのように仕組んだんです」
「おい、それホンマか!」
「ホンマです。実際、上田がそう口にしてましたんで」
「それ、桐花の監督は知っとるんか」
「知ってます。生徒たちも知ってます」
「なんやねんそれ。えらい不祥事やがな」
「それで・・皆藤さんと上田と日置さんら、三人で話し合いをしたんです」
「お前!もちろん参加したんやろな!」
「いえ・・参加させてくれと頼んだんですが、皆藤さんに断られました」
「お前、それで引き下がったんか」
「記事にせんといてくれと・・言われました」
「おいおい・・皆藤さん。不祥事を隠すつもりか」
「編集長・・どうしますか・・」
「っんなもん、決まっとるがな!来月号の見出しも決まったようなもんや!」
早坂はスクープを得られたことで、他社を出し抜くチャンスだと浮足立っていた。
「おい、ス~!」
「なんですか」
「もっかい体育館へ行くぞ。わしも行く」
「え・・」
「ちゃんと取材し直すんや」
「取材て・・皆藤さんにですか・・」
「もちろんや!それから上田と日置にもや!」
「日置さんたちは帰りましたよ」
「おい、なにやっとんねん!追いかけんかったんか」
「日置さんの傍には、怪物みたいな大男が着いてまして・・」
「はあ?誰やねんそれ」
「大久保とかいう人です・・」
「大久保・・?大男・・あっ!」
そこで早坂は何かを思い出した。
「そいつ、女みたいな喋り方ちゃうか」
「はい、その通りです」
「それ、桂山化学の選手やぞ」
早坂は昨年、日置が参加したオープン戦を観に行っていた。
当然、大久保のことは知っていたのだ。
「桂山化学て・・実業団の?」
「そや」
「へぇ・・」
「そんなことはどうでもええ。今から行くぞ!」
早坂は急いでショルダーバッグを肩にかけ、机の上に置いてあった煙草とライターを鷲づかみして、乱暴にズボンのポケットに入れた。
―――大久保たちと途中で別れた日置と彼女たちは。
なんとか四時間目に間に合い、それぞれ授業を受けた後、学食へ向かった。
彼女たちは、全員、弁当を持参していた。
なぜなら、当然、リーグ戦を戦う心積もりをしていたからである。
八人はそれぞれテーブルに着いて、弁当の包みを開けていた。
「この後、先生から話があるんやんな・・」
杉裏が言った。
「うん・・そやな・・」
「はぁ・・」
「なんか・・気が抜けたな・・」
「また一からやり直しか・・」
彼女たちは、やりきれない気持ちをそれぞれ口にした。
彼女たちは、山戸辺への怒りよりも、二回戦で負けたことに、そうとうショックを受けていた。
相手は王者三神といえども、この一年弱、インターハイへ行くために、それだけのために頑張ってきたことが、いとも簡単に泡となって消えたという喪失感は、容易に拭い去れるのもではなかった。
「あんたら、なに言うてんねや」
小島が言った。
すると彼女たちは小島を見た。
「明日、シングルの予選があるんやで。落ち込んでる暇なんかないで」
小島は黙々と弁当を食べていた。
「そんなん言うたかてやな・・」
杉裏が答えた。
「来週はダブルスや」
「わかってるけど・・」
「団体がアカンかったら、この二つで頑張るしかないやろ」
「シングルも~ダブルスも~、また同じことされてるんとちゃうの~?」
蒲内が言った。
「三神にぶつけられてるってこと?」
岩水が訊いた。
「もし・・そうやとしたら、今度こそ私ら全員で抗議するしかない」
小島が答えた。
その実、蒲内の予想は外れていた。
上田は、あくまでも団体戦だけに拘って不正をしたのだ。
とはいえ、ノーシードである彼女たちが勝ち進めば、遅かれ早かれ三神のみならず、山戸辺や小谷田、中井田といった強豪校と対戦することになる。
それが二回戦であるかもしれないし、四回戦であるかもしれない。
ちなみにインターハイに出場できるのは、シングルが上位三名、ダブルスも上位三組だった。
ここに入るには、そうとうハードルが高い。
とはいえ、この予選は近畿大会出場も兼ねている。
その場合、シングルスダブルスともベスト16に入れば権利を得られる。
彼女たちは、インターハイのことしか頭になく、近畿大会のことなどすっかり忘れていた。
一方、日置は、山戸辺との非公式戦は、ダブルスの予選が終わるまで伏せておこうと考えていた。
なぜなら、山戸辺の不正によって三神とぶつけられた彼女たちの気持ちを、これ以上かき乱したくなかったのだ。
とにかくシングルス、ダブルスを一人、或いは一組でも多く近畿大会へ出場させたかった。
そのためには、出来るだけ平常心で臨ませたかったのだ。
とはいえ、シングルスは明日、ダブルスは一週間後に迫っている。
多感な年頃の彼女たちに、気持ちのコントロールがどこまでできるのか、日置は不安を拭いきれないでいた。




