11 松本の魔法
「サーブ・・なあ、美紀、サーブどうする・・?」
一年生大会を明日に控えた土曜の午後、杉裏は、かなり焦っていた。
「もう、入れることだけに集中しよ」
台の向こうで岩水が言った。
ボールを手のひらに乗せた杉裏は、「うん」と小さく頷き、ボールを上げてラケットを振った。
あてることは出来たものの、台の端にあたって跳ね返ったり、ネットにひっかけたりで、岩水のコートには入らない。
「杉ちゃん、落ち着こ」
「う・・うん・・」
杉裏は何度も繰り返しやってみたが、一向に入る兆しすらなかった。
「どうやったら入るんやろ・・」
「私がやってみる」
続けて岩水は「ボール投げて」と言った。
岩水はボールを受け取ると、杉裏と同じように手のひらに乗せ、ラケットを振った。
けれどもタイミングを外し、空振りだ。
何度やっても同じことの繰り返しだった。
「あかんわ・・」
岩水も肩を落とした。
「どうする・・」
「どうするいうたって・・」
「棄権する・・?」
「えっ・・」
「だってさ・・恥かくだけやん・・」
「でも棄権やなんて、彩華が許さへんで・・」
二人は小島に聞こえないように、小声で話した。
「ちょっとトイレ行って来る」
小島は手にしていたノートを置き、立ち上がってトイレへ行った。
そこで杉裏と岩水は、台の真ん中まで寄った。
「私・・むりやと思う・・」
杉裏が言った。
「私かて、むりやわ・・」
「サーブは入らんし、きっと相手のサーブも取られへんで・・」
「そやな・・」
「杉裏さん」
そこで、松本がネットの外から声をかけてきた。
「松本さん、どしたん?」
「ちょっと入ってもいい?」
「ええけど・・」
杉裏はそう言って、バレー部の方に目を向けた。
するとバレー部は、休憩をとっていた。
「ごめん、余計なお世話かもしれないけど、なんか困ってるように見えたんやけど・・」
ネットの中へ入った松本は、そう言った。
「え・・」
「サーブのことやけど・・」
「あ・・うん、そうやねん」
「私ね、卓球のことはわからんけどね、バレーもそうやけど、リズムっていうんかな。それが大事やと思うのよ」
「リズム・・?」
「例えばね、ボールを上げるのが1だったら、落ちて来てラケットにあてるのが2」
「え・・」
「やってみて」
「う・・うん・・」
そして杉裏は言われた通りしたが、タイミングを外し空振りをした。
「えっとね、口で言いながらやってみて」
「うん・・わかった」
杉裏はボールを上げて「いち」、落ちて来てラケットを振る時に「に」と言ったら、ラケットにあたった。
しかも、今までとは違う手応えを杉裏は感じていた。
「あっ!」
杉裏は思わず松本を見た。
「ほ、ほな、台でやってみる!」
杉裏は慌てて台に着き、向こう側には岩水が着いた。
「いち、に」
するとボールは、ポコンポコンと音を立て、なんとかルール通りのサーブが出来たのだ。
もちろん、スピードは無いに等しいくらいの頼りないものではあったが、これが杉裏にとって初めてサーブを入れた瞬間だった。
「や・・やった・・やったあ~~~!」
杉裏はあまりの嬉しさに飛び上がっていた。
「やったね」
松本は拍手をしていた。
「松本さん!ありがとう、ほんまにありがとう!」
「ちょっと、杉ちゃん、私もやるから見てて」
ボールを拾った岩水が構えた。
何度か失敗したが、岩水も松本のアドバイス通り続けると、やっと成功した。
「やった~~~!」
岩水も飛び上がって大喜びしていた。
「よかったね」
松本は岩水にも拍手を送っていた。
「ほな、そろそろ休憩終わるから行くね」
「松本さん、ありがとう!」
二人は声を揃えて礼を言った。
松本はニッコリ微笑みながら、ネットから出た。
「よーーし!やるで、美紀!」
「あったりまえやん!」
そして二人は何度も同じ要領で、繰り返し続けた。
全て成功とはいかないまでも、二人は徐々にコツを掴みつつあった。
「ちょっと待って、美紀」
「なに?」
「一球ずつで交代やと、不効率やわ」
「え・・」
「まず、私がボール拾いやるから、美紀が続けてやるねん」
「ああ、そうやな!」
「そやな・・10球ずつ行こか!」
「了解!」
こうして二人は効率よく、互いに交代していた。
「えっ・・」
そこに、トイレから帰ってきた小島が、二人を見て仰天していた。
「あんたら・・どしたんや・・」
それもそのはず、さっきまで失敗ばかりし、肩を落としてしたにもかかわらず、活き活きとした表情もさることながら、なんとサーブが出来ていたのだ。
杉裏と岩水は、小島が戻って来たことにさえ、気がついてなかった。
「なにがあったんや・・」
小島は無意識に、独り言を呟いた。
「次は私やで~」
杉裏は岩水からボールを受け取った。
「行け~杉ちゃん」
ポコンポコン
「入った~」
「よーーし、はい、もっかい!」
岩水はボールを投げた。
「ええか、次はちょっと速いで!」
調子に乗った杉裏は、ラケットを強めに振った。
すると偶然にも、倍の速さで成功した。
「おおお!杉ちゃん、すごいやん~」
「わあ~~出来た~~!」
二人は呑気に喜んでいたが、あくまでも、まだ素人。
速いといっても、まだまだスピードはなく、成功したのもただの偶然に過ぎないのだ。
「あんたら、何があったんや」
小島が杉裏の傍へ寄った。
「ああっ!監督!見てくれたでありますか!」
「見たけど、何があったん」
「松本さんが教えてくれたんです!」
「え・・バレー部の?」
「そうであります!」
小島はそこで松本に目をやった。
松本はボール拾いに懸命だった。
「どんな魔法を使ったんや・・」
「いち、に、であります!」
「ちょっと、意味わからんのやけど」
そこで杉裏と岩水は、松本に受けたアドバイスの内容を話した。
「なるほどなあ・・リズムか」
小島はいたく感心していた。
「よーーし!サーブ練習!」
バレー部監督の、堤が言った。
すると松本たち一年生も、上級生に交じってサーブを打ち始めた。
「そーーれ!そーーれ!」
三人はその様子を見ていた。
杉裏は松本がボールを上げるタイミングで「いち」と言い、下りて来て打つタイミングで「に」と言った。
「ずっと同じや・・」
そこで杉裏は、松本が一定のリズムでボールを打っていることに気がついた。
「ほんまや・・」
岩水も同じことを感じていた。
「種目が違っても同じなんや。特に球技ってことでは同じやし、リズムとかタイミングって一緒なんやな」
小島が言った。
「よーーし、続けるで~~」
杉裏と岩水は、再びサーブ練習を開始した。
そして、いよいよ一年生大会を迎える日が来たのである。




