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サーよし!  作者: たらふく
10/307

10 ラケットケース




―――やがて時も過ぎ、一年生大会は二日後に迫っていた。


杉裏と岩水は、相変わらず「ポッコーン」卓球を続けていた。

小島が考えた練習メニューも、所詮は素人、何の役にも立っていなかった。

それでも三人は、やれるだけのことをやったという、妙な自己満足をする始末だった。


「ああ・・おった、おった」


そこに、なんと、卓球専門店の老女がやって来たのだ。

バレー部の練習に目をやりながら、老女は体育館の端を通り、ゆっくりと杉裏たちに近づいた。


「汀子ちゃん」


ネットの外から老女が声をかけた。


「あ・・ああ~~!お婆さん!」


その声に、岩水と小島も老女に気がついた。

杉裏はラケットを台に置き、急いでネットを上にあげた。


「お婆さん、どうしたんですか!」


杉裏は早く入るように、老女の腕を引っ張った。


「お婆さんて、失礼やな」


老女は冗談めいて笑った。


「私はな、西藤(にしふじ)っていう名前があるんや」

「ああ・・すみません。あの、どうしたんですか」

「あんたら、明後日、試合やろ」

「はい」

「これ、持って来たったんや」


西藤は背負っていたリュックを「よっこらしょ」と下そうとした。

三人は慌てて西藤を手伝った。


「それにしても、こんなとこで練習してるんか」


西藤はバレー部に視線を向けながら座った。


「そうなんです・・」


杉裏は小さな声で答えた。


「まあええわ」


そして西藤はリュックの口を開けた。

三人は何事かと、西藤を囲む形で座った。


「あんたらお金ないんやろ。はい、これや」


西藤が出したものは、赤色のラケットケースだった。


「これ・・なんですか」


杉裏が訊いた。


「あはは、ラケットケースも知らんのかいな」

「ラケットケース・・」

「裸でラケットを鞄に入れると、ラケットもラバーも痛む」

「・・・」

「これはラケットを守るケースや」

「でも・・これ、高いんじゃ・・」

「だからこれは、お古や」

「・・・」

「まあ、売れ残りやから、気にせんでもええよ」

「いいんですか・・」


そのケースはラケットが入る程度の長方形で出来ており、上の部分にファスナーがついていた。

中には一枚の板が敷かれ、どうやらその上にラケットを入れるようだ。

そしてケースは三つあった。


「監督さん、あんたの分や」


西藤は小島にも渡した。


「いえ、私はやりませんので」

「ええから、もっとき」

「そうですか・・」


そして三人は「ありがとうございます」と言って、深々と頭を下げた。


「それにしても、うるさいなあ」


西藤はバレーボールの音のことを言った。


「バレー部、強いから、仕方ないんです」


杉裏が答えた。


「それで?あんたら見せて」

「え・・なにをですか」

「あはは、練習に決まっとるがな」

「あ・・はい・・」


「ほら、さっさと台に着く!」


小島が急っついた。


「はいっ!」


杉裏と岩水は、慌てて台へ戻った。


「ほな、行くで~」


杉裏は緊張しながらサーブを出した。


ポッコーン


岩水は何とか返球した。


「ありゃま・・」


西藤は口をあんぐりと開けていた。

そして「よっこらしょ」と言って立ち上がり、台の傍へ行った。


「ちょっとストップ」


そう言って西藤は、飛ぶボールを瞬時にキャッチした。

それを見た杉裏と岩水は、仰天していた。


「汀子ちゃん」

「は・・はい・・」

「あんたの、サーブとちゃうで」

「え・・」

「ラケット貸し」


杉裏は直ぐにラケットを手渡した。


「ええか。サーブいうんは、ここ、まずここにバウンドさせるんや」


西藤は自分のコートを指した。


「ほんで、ボールは手のひらを広げて乗せるんや」


次の瞬間、西藤はボールを10センチくらい上げ、ボールが落下したところでラケットをあてて、相手のコートに送り込んだ。


「わかるか?」


西藤は杉裏の顔を見た。

杉裏は目の前で起こったことが、直ぐには理解できなかった。

サーブを送られた側の岩水も、呆然と立ち尽くしていた。


「おい、岩水!ボールを拾え!」


小島が大声で叫んだ。


「あ・・ああ!はいっ!」


我に返った岩水は、慌ててボールを拾いに行った。


「西藤さんに渡す!」


小島はまた、叫んだ。


「は・・はいっ!」


岩水は慌てて西藤の傍まで行き、ボールを渡した。


「おおきにな。でも、わざわざ渡しに来んでもええよ。放ってくれたらええから」

「でも・・」

「時間の無駄や」

「は・・はい・・」


そして岩水は元の位置に戻った。


「ええか、もっかい行くで」


西藤は杉裏の顔を見た。

そしてさっきと同じことを繰り返した。

ボ~ッと立っている岩水に「打ち返せ」と西藤が言った。


「ええ~~!」

「ええから、打ち返せ」

「はいぃ~」


また岩水はボールを拾い、それを投げて返した。


「汀子ちゃん、よう見ときや」

「はい・・」


そして西藤は同じことを繰り返した。

西藤のサーブは、けっして速いものではなかった。

杉裏たちを、ど素人だと知っているのに、速いサーブなど出すはずがないのだ。

それでも杉裏たちにとっては、ものすごく速く感じたのだ。

当然、岩水は打ち返すことなど出来なかった。


「ほら、汀子ちゃん、やってみ」


西藤は杉裏にラケットを渡した。


「はい・・」

「まず手を広げて、ここにボールを乗せる」


西藤は杉裏の手のひらにボールを置いた。


「はい、上げて」


杉裏はいわれた通りしたが、空振りだった。


「はい、もっかい」


これを何度も繰り返した。

けれども一向に上手くいかない。


「あの・・」


杉裏が西藤になにか訊こうとした。


「なんや」

「私が出してたサーブやったら、ダメなんですか・・」

「あれは、サーブとちゃう。そもそもミスとして相手の点数になるんやで」

「・・・」


杉裏は絶句した。

ここ約一ヶ月、何をやっていたのだろうと。


「サーブが出来ん限り、試合も始まらんのや」

「・・・」

「もうちょっと上達してると思たけどなあ。まさかサーブが出来んとはな」

「・・・」

「まあしゃあない。今更やったところで、試合には間に合わんわ」


杉裏はずっと下を向いていた。


「でも、出るんやろ?」

「はい・・」

「ほな、頑張るしかないな」


西藤はリュックを取に行き「ほな、帰るわ」とネットを出て、体育館の入口へ向かった。


「あの!西藤さん!」


杉裏が呼び止めた。


「なに?」


西藤は足を止め、振り向いた。


「その・・ラケットケース、ありがとうございました!」

そして岩水も小島も「ありがとうございました!」と大きな声で叫んだ。


西藤はニッコリと微笑んで立ち去った。

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