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サーよし!  作者: たらふく
1/307

1 みんなバラバラ




―――この物語は、昭和五十年代の話。



大阪の、とある女子高に弱小卓球部があった。

部員は全員で八人。

みな、一年生だ。


彼女たちは、特に卓球が好きで入部したわけではない。

この女子高、桐花(とうか)学園には、「生徒はみな等しく、部活動に参加しなければならない」という校則が定められていた。

文化系であろうと体育系であろうと、とにかく参加するのが条件だった。

といっても実際は、在籍するだけでも良しとされていた。


中でも卓球部は全く人気がなく、二年、三年の上級生はゼロだった。

いや・・正しくは部員も二年前まではいたのだが、人気のない卓球部は部費も最低限しかもらえず、卓球台も一台しかなかった。

監督はおろか、コーチすら存在しない部員たちは、暇つぶしに「ピンポン」をやる始末で、時には別の部の者たちに占領されることもしばしばだった。

一年生である八人の部員たちも、気まぐれに参加しては「ピンポン」で遊んでいた。


体育館を使用するのは、大阪府でも上位にランクインしていたバレー部が幅を利かせ、卓球部は体育館の隅でネットを張り、いわば「隔離」状態で使用させられていた。

時にはアタックのボールが飛んでくることもあり、彼女たちはその度に肝を冷やしていた。



「ほ~ら、行くで~」


部員の一人である、杉裏(すぎり)汀子(ていこ)がラケットを持ち、岩水(いわみず)美紀(みき)は「来んかい~」と構えた。

ラケットといっても、先輩たちが使い古した「置きみやげ」を適当に使っていた。

ピンポン玉も同様で、中には割れる寸前の物もあった。


バーン!バーン!と、バレーボールが床に跳ねるたびに彼女たちは「うるさいなあ・・」と小声でこぼしていた。


「杉ちゃん、交代~」


比較的体格のいい、為所(しどころ)佐久子(さくこ)が言った。

部員の中で唯一卓球経験のある為所は、順番を待ち切れずにいた。


「ちょっと待ってぇなあ~」


杉裏はボールを打ち返しながら、適当に答えた。


「そーれ、スマッシュ!」


岩水は力いっぱいラケットを振ったが、空振りに終わった。


「あはは!私の勝ち~」


杉裏はバンザイをして飛び跳ねた。


「はい、交代な」


為所は立ち上がり、無理やり杉裏からラケットを奪った。


「なんでやの~負けたん、美紀やん~」


杉裏はラケットを奪われて不満げに言った。


「二人とも交代!」

「はいはい~わかりましたよ~」


杉裏と岩水は、為所と浅野(あさの)多久美(たくみ)に台を譲った。

為所は経験があるといっても、中学の時、卓球部に在籍していただけで、基礎練習も殆どやってなかった。

それでも他の者たちよりは、ある程度「卓球」の体を成し、為所に敵うものはいなかった。


「為所~、ええ気になんなよ」


部で一番勝気な小島(こじま)彩華(あやか)が言った。


「ええ気になんかなってへんよ」

「こんな素人相手に、勝ってうれしいか?」

「こんなん遊びやん」

「おい、内匠頭(たくみのかみ)

「なによ」


浅野は小島に名前を呼ばれて、少し不満げに返事をした。


浅野は、名前が浅野多久美であるがゆえに、みんなから内匠頭と呼ばれていた。

そう、『忠臣蔵』で有名な江戸時代の赤穂藩主、浅野内匠頭である。


「やるなら本気で行けよ」

「それやったら彩華がやったらええやん」

「ふんっ。私は監督や、監督」

「偉そうに」


三人が揉めている傍らで、外間(そとま)和子(かずこ)、井ノ(いのした)幸子(さちこ)蒲内(かばうち)理沙(りさ)は、男の話をしていた。


「知ってる?」


少し含み笑いをしながら、外間が言った。


「なにをよ」

「もったいぶらんと、言いさあ」


井ノ下と蒲内は()っついた。


「うちのクラスの栄子ちゃんいてるやん。あの子な、彼氏いてんねんて」

「げっ、ほんまかいな」

「ええなあ~彼氏かあ~」


と、蒲内は両手で頬を抑えた。


「相手の男子は、南仁和(なにわ)高校らしいで」

「えっ、それって男子校やん」


井ノ下がいうと、「どこで知り合ったんやろなあ」と蒲内が訊いた。

ちなみに蒲内は、恋に恋するような天然系女子だ。

話し方も、とにかくおっとりしていた。


「それがさ・・電車の中なんやて」

「マジか!」


井ノ下は、なんなら自分にもチャンスがあると言いたげだった。


「電車かあ~。憧れるわあ」

「あんたムリやん」


井ノ下が突っ込んだ。


「なんでよ~」

「あんた、徒歩通学やがなっ」

「あはは~、そうやったわあ~」


こんな風に、外間、井ノ下、蒲内の三人は、卓球などどうでもよかった。


「よーし、今日の練習はここまで」


監督を気取る小島が言った。


すると杉裏と岩水は「はーい」と言い、ネットを外し始めた。


「ほら~他の者も手伝う!」


更に小島が命令した。


「あんたも手伝いや」


為所が言った。


「私は監督や。何回いうたらわかるねん」

「誰が決めたんよ」


浅野が言った。


「私や。文句あるか」

「ああ~アホらし」


為所は鞄を持って立ち去ろうとした。


「ちょっと待ちぃな」

「なんやのよ」

「勝手な行動は許さへんで」

「あのさ、一回でも私に勝ってから言うてくれる?」

「私は監督。勝負する理由がないやん」


「まあまあ~」


揉めている二人に、杉裏が間に入った。


「みんなせっかく同じ部に入ったんやし、仲良くせなな」

「ほんまやったら、私が監督兼コーチやで」


そう言って、為所は小島を睨みつけた。


「アホか。あんたみたいな自分のことしか考えてへん子が、監督なんて出来るわけないやん」

「なによ、それ」

「素人相手に勝って喜んでるようでは、アカン言うてんねや」


そこで外間、井ノ下、蒲内は鞄を持ってさっさとネットから出た。


「ちょっと、あんたら~」


杉裏が三人を引き止めた。


「なに?」


外間がそれに答えた。


「手伝わな」

「私ら、ラケットにも触ってないよ」

「そらそうやけど・・」

「やった人が片付ける。常識ちゃう?」

「ああ~もうええ。私らでやろ」


岩水が杉裏の腕を引っ張り、台の方へ連れて行った。


果たしてこれが部活動と言えるのだろうか。

チームワークなんて皆無。

みんな自分のやりたいようにやるだけ。


だが、この後、彼女たちの運命を変える出来事が待ち受けていようとは、誰も知る由がなかった。

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