1 みんなバラバラ
―――この物語は、昭和五十年代の話。
大阪の、とある女子高に弱小卓球部があった。
部員は全員で八人。
みな、一年生だ。
彼女たちは、特に卓球が好きで入部したわけではない。
この女子高、桐花学園には、「生徒はみな等しく、部活動に参加しなければならない」という校則が定められていた。
文化系であろうと体育系であろうと、とにかく参加するのが条件だった。
といっても実際は、在籍するだけでも良しとされていた。
中でも卓球部は全く人気がなく、二年、三年の上級生はゼロだった。
いや・・正しくは部員も二年前まではいたのだが、人気のない卓球部は部費も最低限しかもらえず、卓球台も一台しかなかった。
監督はおろか、コーチすら存在しない部員たちは、暇つぶしに「ピンポン」をやる始末で、時には別の部の者たちに占領されることもしばしばだった。
一年生である八人の部員たちも、気まぐれに参加しては「ピンポン」で遊んでいた。
体育館を使用するのは、大阪府でも上位にランクインしていたバレー部が幅を利かせ、卓球部は体育館の隅でネットを張り、いわば「隔離」状態で使用させられていた。
時にはアタックのボールが飛んでくることもあり、彼女たちはその度に肝を冷やしていた。
「ほ~ら、行くで~」
部員の一人である、杉裏汀子がラケットを持ち、岩水美紀は「来んかい~」と構えた。
ラケットといっても、先輩たちが使い古した「置きみやげ」を適当に使っていた。
ピンポン玉も同様で、中には割れる寸前の物もあった。
バーン!バーン!と、バレーボールが床に跳ねるたびに彼女たちは「うるさいなあ・・」と小声でこぼしていた。
「杉ちゃん、交代~」
比較的体格のいい、為所佐久子が言った。
部員の中で唯一卓球経験のある為所は、順番を待ち切れずにいた。
「ちょっと待ってぇなあ~」
杉裏はボールを打ち返しながら、適当に答えた。
「そーれ、スマッシュ!」
岩水は力いっぱいラケットを振ったが、空振りに終わった。
「あはは!私の勝ち~」
杉裏はバンザイをして飛び跳ねた。
「はい、交代な」
為所は立ち上がり、無理やり杉裏からラケットを奪った。
「なんでやの~負けたん、美紀やん~」
杉裏はラケットを奪われて不満げに言った。
「二人とも交代!」
「はいはい~わかりましたよ~」
杉裏と岩水は、為所と浅野多久美に台を譲った。
為所は経験があるといっても、中学の時、卓球部に在籍していただけで、基礎練習も殆どやってなかった。
それでも他の者たちよりは、ある程度「卓球」の体を成し、為所に敵うものはいなかった。
「為所~、ええ気になんなよ」
部で一番勝気な小島彩華が言った。
「ええ気になんかなってへんよ」
「こんな素人相手に、勝ってうれしいか?」
「こんなん遊びやん」
「おい、内匠頭」
「なによ」
浅野は小島に名前を呼ばれて、少し不満げに返事をした。
浅野は、名前が浅野多久美であるがゆえに、みんなから内匠頭と呼ばれていた。
そう、『忠臣蔵』で有名な江戸時代の赤穂藩主、浅野内匠頭である。
「やるなら本気で行けよ」
「それやったら彩華がやったらええやん」
「ふんっ。私は監督や、監督」
「偉そうに」
三人が揉めている傍らで、外間和子、井ノ下幸子、蒲内理沙は、男の話をしていた。
「知ってる?」
少し含み笑いをしながら、外間が言った。
「なにをよ」
「もったいぶらんと、言いさあ」
井ノ下と蒲内は急っついた。
「うちのクラスの栄子ちゃんいてるやん。あの子な、彼氏いてんねんて」
「げっ、ほんまかいな」
「ええなあ~彼氏かあ~」
と、蒲内は両手で頬を抑えた。
「相手の男子は、南仁和高校らしいで」
「えっ、それって男子校やん」
井ノ下がいうと、「どこで知り合ったんやろなあ」と蒲内が訊いた。
ちなみに蒲内は、恋に恋するような天然系女子だ。
話し方も、とにかくおっとりしていた。
「それがさ・・電車の中なんやて」
「マジか!」
井ノ下は、なんなら自分にもチャンスがあると言いたげだった。
「電車かあ~。憧れるわあ」
「あんたムリやん」
井ノ下が突っ込んだ。
「なんでよ~」
「あんた、徒歩通学やがなっ」
「あはは~、そうやったわあ~」
こんな風に、外間、井ノ下、蒲内の三人は、卓球などどうでもよかった。
「よーし、今日の練習はここまで」
監督を気取る小島が言った。
すると杉裏と岩水は「はーい」と言い、ネットを外し始めた。
「ほら~他の者も手伝う!」
更に小島が命令した。
「あんたも手伝いや」
為所が言った。
「私は監督や。何回いうたらわかるねん」
「誰が決めたんよ」
浅野が言った。
「私や。文句あるか」
「ああ~アホらし」
為所は鞄を持って立ち去ろうとした。
「ちょっと待ちぃな」
「なんやのよ」
「勝手な行動は許さへんで」
「あのさ、一回でも私に勝ってから言うてくれる?」
「私は監督。勝負する理由がないやん」
「まあまあ~」
揉めている二人に、杉裏が間に入った。
「みんなせっかく同じ部に入ったんやし、仲良くせなな」
「ほんまやったら、私が監督兼コーチやで」
そう言って、為所は小島を睨みつけた。
「アホか。あんたみたいな自分のことしか考えてへん子が、監督なんて出来るわけないやん」
「なによ、それ」
「素人相手に勝って喜んでるようでは、アカン言うてんねや」
そこで外間、井ノ下、蒲内は鞄を持ってさっさとネットから出た。
「ちょっと、あんたら~」
杉裏が三人を引き止めた。
「なに?」
外間がそれに答えた。
「手伝わな」
「私ら、ラケットにも触ってないよ」
「そらそうやけど・・」
「やった人が片付ける。常識ちゃう?」
「ああ~もうええ。私らでやろ」
岩水が杉裏の腕を引っ張り、台の方へ連れて行った。
果たしてこれが部活動と言えるのだろうか。
チームワークなんて皆無。
みんな自分のやりたいようにやるだけ。
だが、この後、彼女たちの運命を変える出来事が待ち受けていようとは、誰も知る由がなかった。