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3話 月下の少女

「起きて……、ほら、起きて……」


 どこかで誰かの声が聞こえる。

 今はこの暖かいまどろみの中に包まれていたい。

 だが、声は執拗に僕の眠りを妨げる。


「いいから……、起きて!」


 その時、ガタンっと下から突き上げてくるような衝撃が走る。

 これにはさすがに目を覚ました。


「んんっ……」


「やっと起きた」


 まだぼやけた視界が戻ってくると、そこは薄暗い小部屋のような空間だった。

 小さな鉄格子のつけられた窓から月の光が差し込んでくる。

 その光は眼前の金髪の少女を照らし出す。

 静謐な泉のような翡翠色の瞳がまっすぐに僕を見つめる。

 この世のものとは思えないほど美しい少女だった。


「ここは……?」


 僕はいまだ自分の置かれている状況をつかめないでいる。

 頭には、もやがかかったようで意識がはっきりしない。

 ガタガタという規則正しい音と振動から、どうやら馬車の中にいるのはわかる。

 それにこの空間はとても寒かった。

 まだ冬季ではないにも関わらず、吐く息は白くなる。

 一体いまどこにいて、この馬車はどこへ向かっているのだろうか。

 そして眼前の美少女。

 人形のように整った彼女の顔を見ていると、これが現実なのかすらわからなくなってくる。


 そんな僕を見て少女は一瞬驚いたような表情をするとすぐに落ち着いた表情に戻り、言う。

 凛とした鈴のような美しい声だった。


「起きてよかった……。

 もし起きなければこの寒さで死んでいたところよ」


「一体どういうこと?」


「まったく、自分の置かれている状況もわからないなんて……。

 自分の足を見てみて」


「っ……!?」


 あきれたような少女に促されるまま、足元に目を落とした僕は息をのむ。

 両足にはそれぞれ鉄製の足かせがはめられ、その先には大きな球状のおもりがつけられていた。


「やっと気づいたのね……。


 ここは帝国へ向かう馬車の中。

 この寒さからしてグマラ山脈の中腹ってところかな」


「帝国……!?

 それって隣国の?」


「それ以外どこがあるの。

 見てのとおり、帝国に奴隷として売られに行くところよ……。」


 奴隷として売られに行く……。

 その言葉を聞いた瞬間、僕はすべてを思い出す。


「そうだ……。

 僕は父さんから買い物を頼まれて……!」


 忘れていたかったものすべてが鮮明に浮かんでくる。


 僕を抱き締めた父さん……。

 その目に浮かんでいたよこしまなもの……。

 そして父さんの筆跡で書かれた文字……。


 僕の精神を追い詰めるのには十分すぎるものだった。


 うわあぁぁぁ。


 はじめそれが誰の声かわからなかった。

 荷台の方から男の怒鳴る声が聞こえるまで、僕はそれが僕自身の喉から発せられたものだとは気づかなかった。

 わかったところでそれが止められるものではなかったけれど。



 ◇◆◇



 いつまでそうして叫んでいたことだろうか。

 やがて声がつぶれてかすれ声しか出なくなるまで僕は叫び続けた。

 すべての嫌なことを吹き飛ばすように……。

 声が出なくなっても叫び続ける。

 そうしてやっと、自分の置かれている状況を受け入れる。

 いや受け入れようとする。


「ご、ごめんなさい……。

 あなたのことを深く考えずに言ってしまって……」


 少女が申し訳なさそうに僕を見つめていた。


「いいよ、今は少し落ち着いたし……。

 それに遅かれ早かれ思い出していたよ……」


 僕は自分の声とわからぬほどかすれた声で答える。

 未だに信じたくはないし、考えるだけで気が狂いそうになってくる。

 だけど、僕の精神は壊れなかった。

 壊れてはくれなかったのだ。

 唯一の支えたるものを失ってなお、僕の心は完全には死ななかった。

 きっと、頭のどこかではいつかこうなってしまうことを予期していたのかもしれない。


「ほんとごめんなさい……」


 少女はうつむく。

 彼女に悪気があったわけではないが、まるで自分のことのように悲しそうな顔をしていた。

 

 僕は自分のことでいつまでも彼女に嫌な思いをさせたくなかった。

 だから精一杯の笑顔を作り、彼女に微笑みかける。


「もう大丈夫だからそんなつらそうな顔をしないでよ……。

 だいぶ元気になったからさ」


 そんな僕の顔をみて彼女も顔を上げると、ふっと笑顔になった。

 枯れた冬の野に咲く一凛の花……。

 そんな可憐な笑みだった。


「私のせいで嫌な思いをさせたのに、逆に私の心配をしてくれるなんて……。

 あなたって、見た目によらず強いんだね」


「へ……?」


「あなたがどういう理由でここにいるのかを知らないけど……。

 大概の子は自分の置かれている状況を理解したとき壊れてしまう壊れてしまうわ。


 ほら向こうを見て」


 彼女が指さしたほうを見ると、そこには同じように足枷をつけられた子供たちがいた。

 暗さのせいで気付かなかった。

 その誰も魂が抜けてしまったように地面を見つめている。

 そこに生気のかけらは見当たらない。


「大抵はあんな風になっちゃう……」


 少女がどこか悲しげにつぶやく。

 この場所で、とにかく壊れずに済んでいるのはどうやら僕と彼女だけだった。


 彼女も僕と同じように親に売られたのだろうか?

 ふと僕の中に疑問が沸き起こる。

 彼女は僕が今まであったことのあるどんな人とも違っていた。

 どこか気品があって、とても奴隷として売られる少女のようには思えなかった。


「私の顔になんかついている?」


 僕は意識させるほど彼女を見つめていたようだ。

 頬が熱くなるのを感じながら僕は平静を装って答える。


「ち、違うよ。

 ただ、君みたいな子がどうしてこんな場所にいるのかって……」


 少女はそんな僕の様子に、おかしそうに笑う。

 彼女の微笑みが可憐な花だとしたら、彼女の笑い声は野に咲く花々とでもいうべきだった。

 凍り付いた冬の大地が、暖かい春の日を迎えるようなそんな笑い声が響く。


「あなたがそんな大物だったなんて……」


 少女は涙を拭きながら言う。


「僕が大物……!?」


 少女が言っている意味が分からず僕は首を傾げた。


「とんだ大物よ。

 自分が今から売られていくのに、人のことを気にする余裕があるなんて、大物にもほどがある……」


 確かにそうかもしれない。

 でも、いったん落ち着いただけで僕の心の深くでは、今も鋭い痛みを感じている。

 要はそれが表に出ているかいないかの違いだった。


「まぁ知りたいというのなら言ってもいいけど……」


「無理にとはいわないよ」


「別にいいの……。

 ただあなた信じてくれるのかどうかはわからない。

 こんな話、頭でもおかしいと思われるでしょうから……」


 彼女の表情は部屋の暗さでよく見えなかったが、言葉の端端に自嘲するような響きが含まれてるような気がした。

 僕はそんな彼女に対して考えるよりも先に言葉が口をついて出てくる。


「僕は信じるよ。君の話がどんなに大それたものでも信じる」


 言ってから自分の言った言葉に気恥ずかしさがこみ上げ、僕はまた赤面する。

 そんな僕の言葉に少女は一瞬呆けたような表情をしたのち、再び笑みを見せる。


「ほんと、あなたにはかなわないわ……」


「そ、そうかな」


 僕は照れ臭くって頭をかいた。

 少女との距離が一気に近づいた気がした。


「そういえばまだ名乗ってすらいなかったわね。

 私の名前はイリア。帝国につくまでの間だけど………よろしく」


「イリアか……、いい名前だね。

 僕はジル、よろしくね」


「売られていく馬車の中で自己紹介なんて……。

 私たち一体何をしているんだろうね」


 彼女がまた笑った。

 今度はつられて僕も笑う。


 いやなことも一時忘れらるような、そんな時間だった。

 ひとしきり笑った僕らは、まったく同じタイミングで息を吐く。

 そして二人で顔を見合わせるとまた笑う


 こんなに笑ったのはいつ以来だろう。

 すべてを忘れられるようなそんなひと時だった。

 いっそこの時間がずっと続けばいい……。


 だが、幸せな時間はそう長く続くものではない。

 イリアが何かを言いかけたその時だった。

 大地自体が震動するような地響きがとどろくと、突然今までにないほどの衝撃が馬車を襲う。

 馬のいななく声が馬車の前方から壁越しに聞こえてくる。


「うわっ!」


 衝撃に僕を体を壁に押し付けられる。

 イリアも僕の隣に、同じように壁に押し付けられている。


「な、なにが起きたんだ」


「まさか、雪崩……!?」


 イリアが叫ぶのと同時に、再び揺れる馬車。

 今度は反対側の壁に打ち付けられる。


 僕は痛みに呻きながらも、必死に状況をさぐる。

 イリアも無事なようだが、ほかの子供たちは一様に怯え泣き叫ぶ。


「僕たちはどうなっちゃうの!?」


 彼女なら何か知っているはずだと、僕は地響きと子供たちの叫び声にかき消されないように大声で言う。


「もし、雪崩だとしたらとにかく大変な状況にあるわ!!」


 どこか余裕そうだったイリアが今は慌てている。

 その様子にただならぬものを感じ、僕も不安になる。


 そうしているうちに三度衝撃が馬車を襲う。

 今までとは比べ物にならないほどの衝撃だった。

 馬車が転げまわり、中にいる僕たちも上下左右に激しく打ち付けられる。

 僕は必死で何かつかめるものを探した。


 その時だった。

 吹きすさぶ真冬のような風が頬をなでる。

 視界の端にちらりと白い世界が映る。

 それが一面の雪景色だと認識する前に体をまたしたたかに打ち付け、僕は苦痛に呻く。


「ほら捕まって!」


 見るとイリアが僕に向かって手を伸ばしている。

 彼女のもう片方の手はしっかりと窓の鉄格子をつかんでいる。

 僕は彼女の手をつかむ。

 小さくも、力強い手だった。

 彼女の力を借りて僕も、格子にしがみついた。


「向こうの壁を!!」


 彼女が示したほうを見ると、そこに壁はなく、一面白銀の世界が見えていた。

 そこだけが別世界とつながっているような、そんな不思議な光景だった。


「衝撃で閂が外れたようね。

 放り出されたら一巻の終わりよ!」


「え!?」


 僕が聞き返す前に、同乗していた何人もの子供たちが衝撃で白銀の世界へと

 飛ばされていく。

 その体は一瞬で見えなくなる。

 彼女の言った意味を理解し僕はとたんに恐ろしくなる。

 きっと、ここで手を離したら僕も死ぬ。

 回転し今や天井に来ていた窓の格子に必死でしがみつく。


 そうしている間にも、次々とほかの子供たちが外の世界に飲み込まれていく。


「死にたくないなら絶対に離しちゃだめよ!」


「わかってるよ!」


 死に物狂いでしがみつく僕たち。

 しかし、それも次第に限界に近づいていく。

 幼い子供の筋力に加えて、鉄格子の冷たさが力を奪っていく。

 揺れるたび足のおもりがその方向に引っ張られ、足枷が肉に食い込む。

 力尽きるのも時間の問題だった……。


 そんな僕たちにとどめを刺すように一際大きな衝撃が馬車を襲う。

 きしむ音とともに木製の壁がひしゃげ、その向こうにある白銀の流れをあらわにする。

 力が尽きるのが先だったか、それとも馬車自体が崩壊するのが先だったか……

 それを認識する前に僕とイリアは白銀の世界へと吸い込まれていく。

 僕はイリアへ向けて手を伸ばす。

 彼女も同じように手を伸ばしていた。

 二人の指先が触れた時、無情にも白い濁流は僕らを押し流していった。



三話になります。ついにヒロイン登場!さらに一話内で大きく場面も変わり、なかなかスピーディーに進んでいきました。実はヒロインのイリアには大きな秘密があるのですが、それが次の回で明らかにされます。お楽しみに!!


話は変わりますが帝国と王国を隔てるテマラ山脈、この名前は私の好きなコーヒー豆の産地であるであるグアテマラからとってます。実に安易ですが、まぁほかに考えるのも面倒なのでこのままでいきます(笑)

今後の方針では、主人公の俺TUEEE!シーンとか出てくるかと思いますが、なろう作品ということでご了承いただける幸いです。


最後に次回の更新は12/11(水)の午前七時予定です。

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