1話 暗い祭日
「酒を持ってこい!!」
居間の方から男の怒鳴り声が響いてくる。
同時に、ガラスが割れるような音がする。
どうやら男は酒瓶を投げつけたらしい。
「もう、ないよ……。
それに今日は王様の生誕日だから店はどこも……」
「いいから今すぐに買ってこい!!」
男は僕の言葉を遮るようにまくしたてる。
「お前は誰のおかげで生かされていると思っている?
そう、この俺だ。
俺がいるからお前は野垂れ死なずにすんでるんだ」
それに対して僕は何も言い返せない。
父さんが言っていることが曲がりなりにも事実だからだ。
数年前までこの家にはいつも笑いと活気が満ちていた。
そのころの父さんはとてもやさしかった……。
冒険者という仕事柄めったに帰ることはなかったが、それでも家に戻ってくるときは仕事先で出会った人々やたくさんの心躍る冒険譚を聞かせてくれた。
僕はそれをきくのが大好きだった。
安定しない貧しい生活だったけれど、僕も母さんも幸せだった。
だけど、そんな生活も突如終わりを告げる。
母さんがはやり病で倒れたのだ。
近所のおばさんと僕は必死に看病したけど、結局母さんは帰らぬ人になった。
父さんはクエストで遠出していて母さんの最後をみとることも出来なかった。
思えばその時からだった。
父さんは嫌いだった酒を浴びるように飲むようになった。
酒は冒険者業にも影響を及ぼし、ある時父さんは不注意から左足の自由を失った。
それから冒険者をやめ今のような生活になっていった。
僕も父さんの気持ちが痛いほどわかっていたから、とがめることも出来なかった。
そんな生活が二年……。
僕も心の限界を感じていた。
だけど、父さんが生きていてくれるから何とか日々を取り繕って生きていけている。
「なにつったってんだよ!」
物思いに沈んでいた僕を父さんの怒鳴り声が現実へ引き戻す。
父さんは僕のいる台所までやってくると、血走った目で僕をにらみ、殴った。
ぶたれた頬がすぐに赤く腫れあがる。
もう何度も殴られたから慣れたとはいえ、痛いものは痛い。
だけど、泣き叫ぶものならもっと殴られるのを知っているから、泣きはしない。
きつく歯を食いしばって痛みが去るのをじっと耐える。
父さんは僕の赤くなった頬を見ると、我に返る。
そしていましがた自分が手をあげたにもかかわらず、
けが人をいたわるように優しく僕を抱きしめる。
「す、すまなねぇジル、ついカッとなちまった……。
今日はめでたい日だってのによ」
まるで別人のような様変わりだった。
「いつもいつもこんなダメな義父で悪いな……。
俺がちゃんとしてればお前に迷惑をかけずに済むのに……」
何度繰り返されたことだろう。
僕を殴っては我に返る。
そして殴った罪悪感でまた酒を飲む。
壊れていく父を見るのはとてもつらかったし、それ以上に優しくなった父をみて父が昔のままの部分を有していることに安心する自分が嫌いだった。
「そんなことないよ……。
父さんがいるから僕は平気だよ」
嘘だ。
本当はあの貧しくも暖かかったあの頃に戻りたい……。
母さんに会いたい……。
だけどそれを言ってしまってはいけない気がする。
だから、精一杯作り笑いをする。
それを見て父さんがまた涙を流す。
「お前を満足に食わせてやることも出来ない……。
ほんとダメなオヤジでごめんな……」
父さんはこうすることでしか自分の気持ちを表せないんだろう。
だから、僕はそれをただじっと見守る。
暫くすると、少し父さんが落ち着いたようなのでお酒の話を振ってみる。
「父さん、今日生誕祭でラムじいの酒屋は休みだよ……。
お酒どうすればいい?」
ラムじいは僕がお手伝いしている酒屋さんだった。
気前のいいおじいさんで、僕の父さんのことも知っていたから手伝う代わりに安く酒を売ってくれていたのだ。
「それなんだが……。
実は、いい店の話を聞いたんだ。
七番街のほうなんだが……、お願いできるか?」
「七番街!?」
王都の市街地は複数の区画に分かれている。
一から七まで数字を割り振られた区画は、実にわかりやすく整備されている。
数が大きくなるほど王宮から離れ、同時に治安も設備も悪くなる。
七番街といえば、違法取引に麻薬など王国の闇ともいえる区画だった。
現に今住んでいる六番街の住人ですら安易には近づかないような場所だ。
「頼むよジル……。
お前をあんな危険な場所に行かせるのは俺だってつらい。
だけど、今日だけはどうか俺のわがままを聞いてくんねぇか。
俺はこの通り足が動かないから、遠くまではいけやしない……。
頼む……」
必死に懇願する父。
七番街の恐ろしさは僕も十分に知っている。
だけど、こうして父さんに頼まれたことをうれしく思うのも事実だった。
「頼む、今日だけはどうしても酒が飲みたいんだ……」
「うん……、わかったよ」
父さんの並々ならぬ様子に僕は返事をしてしまう。
その瞬間父が一瞬驚いた表情をすると、すぐににっこりとほほ笑む。
久しぶりに見た父の笑顔だった。
「頼んだよ」
「うん!!」
僕を抱きしめてくれる父さん。
その温かさを感じていられるだけで僕はよかった。
だけど、僕はそんな父さんの瞳に、どこか影が差しているような気がしてならなかった。
それを見なかったかのように、僕は家を飛び出した。
◇◆◇
いつもは閑散としている六番街も今日ばかりは活気づいている。
舗装もまともにされていない路地には、様々な商店が所狭しと並んでおり、そこにたくさんの見物客が集まる。
祭りの囃子が鳴り響き、飲食系の屋台からは食欲をそそるいい匂いが漂ってくる。
ぎゅるるっ……。
思わずお腹が鳴ってしまう。
だが、こんなとこで油を売っている時間はない。
父さんからの頼まれ物があるのだ。。
それに、暗くなる前に早く終わらせたいのも事実だった。
七番街はこの大通りを抜けたさらに先に位置する。
僕は行き交う人々の間を縫うように移動する。
その時、背後から聞きなれた声が聞こえてくる。
「「おーいジル!!」」
振り返ると、ぽっちゃりした茶髪の少年と、やせた黒髪の少女が手を振っていた。
親友のアルとエミリだ。
二人の手には屋台の綿あめが握られている。
どうやら今日の生誕祭を楽しんでいるようだ。
僕も手を振り、二人のもとへかけていく。
「二人とも今日は家の手伝いは休み?」
「そうなの。今日だけは遊んでもいいってお小遣いもらったんだ!」
エミリが自慢げに答える。
「ジルも今日はラムじいのとこは休みじゃないの?」
「そ、そうなんだけど……。
お父さんがどうしてもお酒が飲みたいって言って」
「今日はどこもかしこも休みだろ?
どうすんだよ」
アルが当然の疑問を口にする。
「だからこれから七番街へ買い物に行くところ……」
「「七番街!?」」
アルとエミリは同時に叫んだ。
アルに至っては驚きのあまり綿あめを手から落としてしまっている。
それもそうだろう。
七番街は子供一人で行くような場所ではないのだ。
「おいジル、考えなおせよ!
お前の父ちゃんだって言えばきっとわかってくれるって」
「そうよ……、明日になればまたラムじいの店も開くでしょ?」
二人とも僕の心配をしてくれる。
家業を手伝わなければならないほど苦しく余裕のない生活をしているのに……。
その優しさが痛いほど身に染みる。
だけど今日だけは譲れない。
父さんの久しぶりの笑顔、あれをみれたのだから。
だから僕は二人のやさしさに対し、丁寧に断る。
「ふたりとも心配してくれてありがとう。
でも今日だけはだめなんだ……」
二人はなおも考え直すように言うが、僕の意思が揺らがないことを悟ると言うのをやめた。
代わりに僕を案じる言葉をかけてくれる。
「ジル、すぐ帰って来いよ……」
「無理はしないでね」
心配そうに見送る二人に手を振って返事をすると僕は人だかりの中へ戻っていった。
序章?と言いますか、賢者に拾われるまで2、3話使うつもりです。
誤字脱字等につきましてはお知らせくださると助かります !
次話は12/7日(土)の午前七時掲載予定ですので、お楽しみに∩^ω^∩