⑦外科医と勇者
ある日の夕暮れ、ネッター宅でのことであった。
「ドクター・サワダ。話がある」
女勇者ハリソンが澤田にそう尋ねる。突然のことだったので少し驚きながらも澤田の視線がハリソンへと向く。ちょうど、ネッター宅の書類をまとめていたところだったのだ。澤田の手が止まる。対しハリソンの眼差しは、本気で澤田の目を向いているようだ。
「おう、どうした、すっかり元気になって」
「――本当にそうだ。心から礼を言う。あの傷の処置はサワダ、君じゃないと絶対にできないことだった。
……そこでドクター・サワダ、君を見込んで、頼みがあるんだ」
「? どうしたんだ突然改まって」
ハリソンは、ちょうどその日のトレーニングの終わりを迎えていたので、疲れを少し見せつつもどことなく緊張した面持ちであった。対照的に、緊張した雰囲気のハリソンとは違い、澤田はいつも通りのリラックスした表情を見せる。医者の余裕というか、澤田自身の大人の余裕というか――彼の外見はこの世界では二十台前半という設定ではあるが。
「ドクター・サワダ。私と一緒に魔王討伐に協力してくれないか!」
「ま魔王!?」
落ち着いていた澤田の表情が一変した。突然のハリソンからの言葉に動揺を隠しきれず、大きな声をあげてしまったのだ。
「そう、魔王だ。
そして、私は勇者だ。」
「ゆ勇者!?」
額の辺りにビックリマークが見える漫画のような反応を見せ、澤田は持っていた書類を床に落としてしまう。
その書類とは、この世界の成り立ち――魔物がどのように人間を支配し、今のこの世界に至ったのかが詳しく書かれた書物であった。
「そう、私は勇者ハリソン。この世界を託され、人間界に残された希望――レジェデンドの四人のうちの一人だ」
「レ、レジェデンド」
「そう、レジェデンド。ドクター・サワダ、レジェデンドは知っているか?」
ハリソンが澤田を見ながらそう言う。
「し、知らないよ。なんだそれ、研修医のことか? あ、それはレジデントか」
「何を訳の分からないこと言ってるんだ。やれやれ、本当に何も知らないんだな。ネッターから聞いたぞ。ドクター・サワダはヨビコー島のローニン族とやらの末裔らしいな」
「げっ、なんでそのことを」
まずいという表情をする澤田。ハリソンは既にネッターと密に関わっており、なんでも話す仲となっていた。さすがガールズ、その日のうちに起こった出来事や聞いた話は全て共有していた。
「いいか、レジェデンドというのはかつて人間を統治し、魔族をその手で葬った伝説の一族の血をもった存在のことだ。つまりは勇者の末裔。現在この世界にはその存在は4人しか残されていない」
「勇者の末裔……! ハリソンが……!」
「そう、そして私はこれから、魔王の討伐へと向かう」
彼女が女勇者であると告げられた外科医・澤田雪則。異世界に来て早速始まった、RPGのような展開。不謹慎かもしれないが澤田はワクワクしていた。まさか生前の自分の記憶が、こんなところで役に立つことになろうとは、日々手術で多忙な彼は夢にも思ってもいなかった。
そしてハリソンは、勇者討伐に向かう途中であった。あの大傷は、おそらくその道程で負ったものだろう。そしてその勇者を、通りすがりだった自分が救った。そしてこれは偶然なんかでは無く、なるべくしてなったことなのかもしれない。自分が勇者をこの手で救うために、この死後の世界に連れてこられたのかもしれないのだ。