⑥外科医の経歴
女勇者ハリソンは再び魔王へと挑戦すべく、トレーニングを行っていた。彼女がテレポートで逃げ込んだ先の小さな村、そこで天才外科医・澤田雪則に助けられたものの、一週間は安静にせねばならないとのこと。しかし、彼女の治癒力は目を見張るものがあり、本来よりもかなり早い三日で動けるようになってしまった。
「なんという治癒力、彼女はいったいーー?」
澤田が珍しいものを見るかのように、剣を振りまくるハリソンを見つめる。
「今朝には魔物も狩って来たそうですよ、ハリソンさま」
澤田に近づきながらそう言ったのはネッターだ。倒れていたハリソンを助けた家の主人のひとり娘である。
「それにしてもドクター・サワダ。凄く気になっている事があるのですが、よろしいですか?」
ネッターが口を開く。
「あぁ、いいぞ。なんでも聞いてくれ」
「……あなたのその医術は、どこで学んだのですか?」
ド直球な質問に、澤田は頭を抱える。多少は予想していた質問ではあったが。
異世界から来たとストレートに伝えていいのか、この世界では異世界人は普通なのかもまだまだ澤田には分からない。故に、異世界人と言っても伝わるのか分からないし、どちらに転んでも良いような返答を試みた。
「遠い秘境に、浪人族と呼ばれている一族がいる。
その浪人族の中から一定数は医者になるべくして選ばれ、六年間以上の修行の末、医者になるんだ。そして浪人族の医者は、魔王の医者大虐殺事件から奇跡的に逃れた生き残りでもある。隣の島に住んでいた現役族という一族は一人残らず抹殺されてしまったけどな……
そう、俺は、浪人族の末裔なんだ」
咄嗟にでた嘘のクオリティがとてもそれっぽくてネッターは目を輝かせていた。どうだ、と胸を叩く澤田。
「本当ですか!凄いです、ローニン族なんて初めて聞きました、そんなものがあるんですね!
して、その一族とは一体どこに拠点を置いているのですか!」
「え、えぇ……と、あれだよほら、
ヨビコー。ヨビコー島ってとこ。
いやぁ、懐かしいなぁ、俺も浪人族の一族になるために二年間ヨビコー島に住み込んだもんだよ」
ヨビコー=予備校である。澤田がいた世界では多くの浪人生が通う大手の学校である……が、今はそんなことはどうでも良い。
「ヨビコー島……初めて聞きました!自分の未知を恥じますっ……!」
ネッターがそういうが、いや、そんな島は無いから何も恥じなくて良いよ、と澤田の罪悪感がほんの少しだけ上がった。
もちろん澤田が浪人を経て医学部に入ったのは本当の話であり、咄嗟にでた作り話とはいえネッターを信じさせるには十分であった。