⑤世界で唯一の
手術翌日―― 勇者は、目を覚ましていた。
「ここは……?」
彼――もとい、彼女か、どちらかはわからない、勇者はきわめて中性的な顔つきをしていた。勇者と言われているだけあって彼なのだろうが、女性と言われてもおかしくないほどの整った顔つきである。更にはサラりとした黒髪――おそらく、勇者が男か女かを知っているのは、勇者のオペをした澤田だけであろう。
近くには、その家の住民であろう赤髪の少女が待機していた。
「お目覚めになられましたか!?」
「ぅうーん、ずいぶん長く眠っていた気がする……」
「無理しないでくださいね、
ドクター・サワダからは、一週間は安静と言われていますから」
「あぁ、そうなんですね……」
深い眠りから覚めた勇者は、目をこすり、しばらくして、その動きをとめた。
「……今、なんて? ドクター?
まさかドクターって言った!?」
勇者は、驚き、身を乗り出すように少女の目を見る。
「え、えぇ。ドクター・サワダです。あなたを救ってくれたのは彼です。
礼を言うなら彼にお願いしますねっ」
「ドクター……この世界に、まだそのような人間が」
「ふふ。私の名前はネッター。あなたは?」
「ハリソンよ。こう見えて性別は女。まずはあなたにも礼を言うわ。
魔王の斬撃を受けて、瀕死状態になって、それから、テレポートして……」
「? 何のことかは存じ上げませんが、大変だったのですね……
もう一度言いますが、私は何もしていないので、礼ならドクター・サワダにお願いしますねっ」
可愛らしい口調でネッターは答えた。ハリソンの言ってることにクエスチョンマークを浮かべたのだが、まさか彼女があの魔王に挑んだ勇者だとは思ってもいないことだろう。
「その人は今、いらっしゃいますか!」
ハリソンが、好奇心旺盛な子供かのように、ネッターに問う。
「えぇ、隣の宿屋に宿泊していると思いますが……」
「今すぐ、その人に会わせてください! 私のあのどうしようもない程の負傷を、どうやって直したのか。彼は本当にドクターと言いましたね! 信じられない、まさか……」
その時だった。ネッターの家の玄関から、鈴の音が聞こえる。訪問者を告げる鈴の音であり、つまりは誰か来たようだ。
「おーい、患者さん元気かー? お、目が覚めたみたいだな」
「ドクター・サワダ!」
ネッターがそう言うと、ハリソンの目つきが変わった。
「あなたが! ドクター・サワダ!
初めてだわ、この時代に医者という人種に会うなんて……」
「? そんなに珍しいのか、医者って」
「当たり前よ! 昔はいたみたいだけど、いまは魔王が世界を統治している時代、
医者は一人残らず殺され、関連する書物も全て焼かれたわ……人体学を学ぶなんて不可能に決まってる、教える人もいなければ、自ら学ぶことも出来ないこの時代に……」
澤田は頭を掻き、少し困ったような顔でハリソンを見た。この時代は……医者がいない。
それは本当なのか、だとしたら、とんでもないことだ。病気になったら助けようがないし、手術なんてもってのほか。魔王が世界を統治しているとなると、人間と魔物ではもちろん体の構造は違いそうだし、もちろん魔物に有利なように、人間の解剖学や医学を消し去ってしまったのは道理だろう。
「まだ、この時代に人間の医者が残っていたなんて……」
「よかったですね、ハリソン」
感動して涙をこぼしそうになっているハリソンに、ネッターが歩み寄る。
そう、澤田は、この魔王が統治する世界でただ一人の、人間のための医者であった。