②勇者、負傷する
勇者ハリソンは魔王レオナルドとの戦いで大怪我を負った。
既に勝負はつき、誰が見ても魔王の圧勝という結果で終わった。勇者は瀕死状態ながらも、残されたMPを全て使い、近くの街へとワープすることに成功する。
「あっ、あれは……?!」
街というか、村というか、人がそれほど住んでいないところへと勇者は落ちた。それを見かけた住民が、彼の元へと駆け寄る。
「大丈夫ですか?! すごいケガ……今すぐ私の家へ!」
勇者の状態は酷かった。右下腹部に15cmにも渡る傷跡、右足は骨折、左足からは大量の出血。頭も強く打っており、いつ死んでもおかしくない状態だった。
「誰かぁ! 来てくれぇ!」
勇者を担ぎあげた住民が、周りへと呼びかけると、それを見かけた往来達も二、三人すぐに駆けつけた。
「いやぁ、ひでぇ傷だらけだ。こりゃ助かんねぇべよ」
負傷者をすぐさまベッドへと寝かせたが、どうしていいか分からない人々、とりあえずは包帯で傷跡をくるくると塞いでいくも、顔はだんだんと白くなってゆく。血を吐き、寝かせたベッドはすぐさま赤色のそれへと変化を遂げた。
「うちの村にゃあお医者様もいねぇし……
どうしたらいいんだか……!」
途方に暮れる住民達。とりあえずなにかしようと思って患者の手を握ったり包帯を巻き直したりする。
すると、仰向けになった勇者の口から……
「グガァアアアアア!」
それはそれは驚嘆に値するいびきであった。
「ほァァ! いびきかいた!」
「なぁんだ、寝てるだけかよ……」
「グガァアアアアア!」
一同、安堵の表情を浮かべる。
「こんだけ出血してんのに、寝てるだけ……?
とんでもない人だァ」
「ごっつ気持ちよさそうに眠るなぁ……」
「グガァアアアアア!」
はたから見たら気持ちよさそうに寝ている患者。駆けつけた住民達は不安が一気に払拭されたかのように、彼の頭を触ろうとする。
そこへ、迷いに迷ったある一人の青年が姿を現した。
「患者に触るな!!!」
「?!」
格好よく現れたのは、ツンツン頭の見た目20代前半といった男であった。一同、村では見たことも無い人間に少し驚いた様子である。
「患者は、舌根沈下を起こしている可能性があります。とにかく危険な状態です、私に任せて!」
そういうと彼は患者に近づき、胸を抑え、耳をあてた。
「なんだべ、あなた、この人、寝てるだけだよ?」
「グガァアアアアア!」
ぽかんと口を開けて質問する村人に、彼はこう答えた。
「私は、外科医・澤田雪則です」
「外科医……!」
ざわつく空間――その場にいたのは三、四人程度だが、突然の外科医の来訪に驚きを隠せない様子であった。そして、そのごたごたを遮るように鳴るのは勇者の大きないびきであった。
「グガァアアアアア!」
「――外傷が非常に大きく、患者は意識を失っています。そのため舌が下がってきており、気道が塞がっている状態です。この大きないびきがその兆候です。とにかく、今すぐ気道挿管して気道を確保しないと大変なことになります……
くそっ挿管チューブの一つさえあれば……」
そう言った彼の右手には、いつの間にか挿管チューブがあった。