満月を眺めて
それそれは月を眺めて何を思うのでしょうか。
あ、危ない、危ない。あまりの気持ちよさに自分がライオンだっていうのを忘れるところだった。
俺は頭を振って、気持ちいいものを振り払うと、茂みの奥に隠しておいた一頭の鹿を引きずり出した。
「ほら、この鹿をやるから、お前はもう森に入ってくるな」
「…!」
この人間が森に入るのは、狩りをするためだ。
大物を仕留めてやれば、この人間が森の奥まで入る理由はなくなる。
そう考えたオレは、このライオンを倒した後、鹿を狩ってきたのだ。
人間は馬鹿にするなと怒っているが、でもその方がきっといい。
オレは鹿を置いてそのまま立ち去った。
あれからオレは森を巡回するようになった。
あの人間が俺の言ったことを素直に聞くわけがない。だから、何かがあってもすぐに人間を助けられるようにしないといけないって考えたから。
そのために縄張りも広げた。
オレの縄張りの中なら、あの人間の安全を守ることができる。
あの人間が本当にまた森に来るなんてわからないのに、オレは巡回のたびにあの人間の香りを探していた。
もう森に入るなと言ったのはオレなのに…。
「そういえばオレ、あの人間の名前も知らない」
別れるとき、名前くらい聞いておけば良かった。
オレが人間に育てられたからだろうか。
久しぶりに会った、育ての親と同じ種族の青年のことがこんなにも恋しいと思うのは。
あの人間に会いたくて、切なくなる。
寂し気なふくろうの声が、オレの心を締め付けていく。
ふと、あのとき触れられた心地よさを思い出して、あの人間が触れた部分を温かく感じ、オレは体を丸めた。
今頃あの人間はどうしているだろうか。
木々の間から覗く空に、丸い月が輝いているのが見えた。
あの月を、あの人間も眺めているのだろうか。
ーーー
「コーラル、傷だらけで帰ってきたと思ったらなんだあの鹿は。大物じゃないか」
「そんな、兄さん…」
満月の夜、族長に捧げ物を持っていった帰り。
兄さんが褒めてくれても私の心は重く沈んだままです。あのときの背中の傷もズキズキします。
「傷が治るまでゆっくり休め。どうやら俺はお前を見くびっていたようだ。お前の傷が治って、族長のお許しが出たら、一緒に狩りに行こうな」
「…….」
兄の言葉に胸が締め付けられる思いがしました。
もう森へ入るなと、あの優しいライオンは告げた。
森へ行けばあの幼い、優しいライオンに会えるのに。
森の入り口はとても近いのに、とても遠くにあるような気がして。
私は天高く輝く満月を仰ぎ見ました。
月が私に答えてくれる気がしたから。
意気地のない私の背中を押してくれると思ったのです。
けれども月は柔らかく輝くだけで、決断するのはあくまでも私自身なのだと気づかされました。
「兄さん」
「ん?」
「私に弓の稽古をつけてください」
武器の一つでも扱えれば、森の奥へと進むことができる。
私は強くなりたかった。
再び、あのライオンに会うために。そして、もう二度と森へ入るな、とは言わせないために。
そういえば、私はあのライオンの名前を知りません。他にも、いろいろ…。
こんなにも私の心を占領しているあの存在のことを、私は何も知らないのです。
そういえば、私はあのライオンのまだ助けてもらったお礼を言っていませんでした。
森へ行かなければ。
会って、一言お礼を言わなければ。
弓で獲物を仕留め、私が罠を張るだけの無力な人間ではなくなったということも、教えたい。
あなたが私を助けてくれたから、私はここにいることが出来るのだと。
ライオンはコーラルを恋しいと思っていますが、コーラルの方はどうなんでしょう…私もわかりません。(*_*)
次話で完結します。もう少しのお付き合いをよろしくお願いします。




