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第47話、京都のおとうはんとおかあはんは、ビックリです。その1

 京都、松尾大社まつのおたいしゃからさほど離れていない菓子舗『松尾まつのお』。




 早朝の準備、お店の開店までは、嵐山らんざんは一つ一つの菓子に魂を込めるかのように黙々とただ菓子に向き合う。

 自分が不器用な性格で、頑固だとは思うが、自分の姿を見せることで、息子達に真摯に生きろと言い聞かせるかわりに背中を見せてきたつもりである。


 弟子と共に準備を終え、後は引き継いだ嵐山は、台所の横の畳の部屋に落ち着く。

 タイミングよく宇治茶を淹れた櫻子さくらこが現れ、そして、さほど食通ではないが、季節の料理に、ご飯と味噌汁に漬物を用意され、食べようとしたのだが、


「だんはん。食べながらでかましまへん。昨日、あてらのぼんから電話がありましたんや」

「上のか?やったら……」


 嵐山の頭の中には双子は問題増発、末っ子は逆に反抗期もなかったのか?と心配だったりする。


「それが、だんはん……あの、ご贔屓はんのお嬢はんが結婚が決もうたいうてはったでっしゃろ?」

「あぁ、外交官の方やったかな……ほんで、それが?」

「そのお相手の方、一回離婚歴があるいうても、子供がおらんさかいに言うてはりましたやろ?」

「……さくら。ほ他んとこのに首突っ込んだら……」

「違うんどす。これからが本題どす。ほれが、さきはん、シィはんが昨日、だんはんが休んだ後に電話をくれはったんどす」


 必死に櫻子は、話を聞いて欲しいと上目使いになる。




 実は、櫻子はよく、


「あてがだんはんに一目惚れしたんや」


と周囲に言っているのだが、実はそれよりも前に、同じ高校の後輩だった櫻子を見て、


「べっぴんな子がおるなぁ……」


と思ったのが最初だったりする。


 嵐山は、本当は中学を卒業後すぐに家の仕事に打ち込むつもりだったのだが、両親は生真面目な息子を心配し、高校に入って、少しはその口下手さや不器用な性格をと思っていた。

 しかし、中学とさほど変わらず、この子は大丈夫かいな……と心配していたところ、ある日学校から帰ってきた嵐山が、


「おとうはんとおかあはん。べっぴんはんに会いましたわ」


とぽつっと言った。

 珍しいと思い、


「何処のお嬢はんや?そのべっぴんはんは」

「……一年生の、賀茂はんのお嬢はんですわ……」

「賀茂はんの言うて……あぁ、櫻子はんか」


賀茂の名前は、京都どころか有名である。


 上賀茂神社、下鴨神社、こちらは、元々はこの地域の豪族賀茂家の祀るお社で、その力と、支配力を恐れた過去のみかどが、自らの先祖である天照大神アマテラスオオミカミを祀る伊勢神宮に娘や親族の姫を、斎宮さいぐうを送るのと同じように斎王さいおうを送った。

 途中で途絶えてしまったものの、その格式は高い。


 そして、賀茂櫻子かもさくらこは、賀茂の姓を名乗るお嬢はんであり、京都でも、幼い頃から『べっぴんはん』として有名だった。

 賀茂の祭に斎王代さいおうだいをたてて祭を進める、その斎王代に確実に選ばれると呼び声が高い。


「嵐山……賀茂はんの言うて、知らなんだんかいな?櫻子はんを」

「はぁ……おとうはんとおかあはんはしっとったんですか?」

「……」


 鈍い……。


と呆れ、高校を卒業するまで全く何もしなかった息子に呆れ果てた両親が、数年後の祭で斎王代に選ばれた櫻子の元に、御祝いと言うことでお菓子を贈った。

 向こうの家には一応、


「あての息子が同じ高校だったんどす。何度か櫻子はんの事を言うとりまして、息子はまだ職人の道に進んだばかりですが、お気持ちをというとりまして」

「あぁ、そないでしたか、そう言えば、嵐山はんでしたかいな。『松尾』ののれんを引き継ぐ……まだ若いのに……」

「本当にあてがいうのも何ですが、実は、中学を卒業したらすぐに修行に言うてたのを、進ませましたんや。元々大人しい子で、口下手で、じぃっとあてのだんはんや先代はんの仕事を見とりまして、で、趣味らしいもんものうて……でも、京都の風景が好きや言うて……今度のお祭の斎王代に櫻子はんがきもたいうて、あての息子が作った菓子なんどす……まだ手習い程度なもんどすが……お気持ちだけでも」


と櫻子を呼び、箱を開けると、繊細な芸術品と言いたくなるような小さい菓子があった。

 季節の菓子はある程度決まっているのだが、しかし、見たこともない優しい菓子に、櫻子は喜び、


「ほんに、ほんに……ありがとうさんでございました。『松尾』の女将はん。こんな嬉し、心こもた贈り物は初めてどす。息子はん……嵐山先輩におおきに……いえ、そちらにお伺いさせて下さい。よろしゅうおたのもうします」


と感激して、お礼をいいに言ったが、熱心に菓子作りに打ち込む嵐山に声はかけられず、何度か行くようになり、現在に至る。




「シィが?何て?」

「それが、醍醐だいごはんの後輩の子で、よぉ言うてはった安部祐也あべゆうやはんがおるでっしゃろ?今、醍醐はんの大学で巻き込まれた……」

「あぁ、あのしっかりしたぼんか。ええ子やのに」




 一度だけ、夏休みに戻ってきた醍醐と一緒に二人の少年が来た。

 こんまいんは清水穐斗しみずあきとと言って、大事そうに持っていたものを差し出し、


「初めまして。醍醐先輩のお父さん、お母さん。清水穐斗と言います。あの。この子は、月花美人げっかびじんっていう植物です。前に戴いたお菓子がとても綺麗で、気持ちです‼」


子犬がいる……と、思ったものである。

 地味な格好に、バサバサの髪、大きなくろぶちの眼鏡……と思っていたのだが、夜に風呂に入ってもらうと、浴衣姿がちんまりと、髪を祐也に拭いてもらっている、大きなたれ目のべっぴんはんになっていた。

 声も違和感なく、成長期特有のごつごつした印象もなく、妻と並ぶと目の保養……という感じである。


 で、その穐斗が転ぶ度に、助けたり、おたおたするのを手助けするのが祐也。

 19才らしく、少年から抜け出す寸前の元気さはあるものの、何かが制御装置になっているのか時々苦しそうな眼差しをする。

 その上、


「あ、俺……小学校まで海外でいたので、実は、余りこういうのが苦手なんです」


と浴衣にもたつき、そして、嵐山の菓子を見て、


「ウワァァ……金魚鉢‼それに、はぁぁ……これはお菓子として食べるのが勿体ないですね。向こうで『ワガシ』が……」


と外国語で呟くのを、醍醐は、


「おとうはん。祐也くんは悪気はないんどす。一応帰国子女なので、言葉が混在している言うてはりました」

「いや、気にはせんが……心配や」

「何がどすか?」

「……えぇ子すぎて、かわいそな……」


そう思い心配していた通り、事件に巻き込まれた。


「で、祐也ぼんが……」


 聞いた嵐山は驚き、珍しく表情を変えたのだった。

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