第34話、日向は、一緒に来て良かったと心底思うのでした。
飛行機の座席は余り居心地がよくない。
国内便だから安く済むし、この次の乗り換えに、待ち時間のないように選んだだけであったのもあるのだが、男二人で並ぶと余計に狭く感じるのである。
「だけど、お前が英語は得意なのは知っていたが、あれだけ喋れたら通訳にでもなれるんじゃないのか?」
「無理ですね。俺の言葉はスラング……地方の言葉や、余りお上品じゃないですし、スラングの多い英語は聞くのが嫌なんですよ。イングランドはましですが、アメリカやオーストラリアの英語は……」
表情が暗くなる。
「それに、今回の事件で、どこのテレビ局か新聞社か知りませんが、クラスメイトに俺の電話を聞き出して……それを、父親が……」
「えっ?何で、お前の父親が⁉」
「……俺の実の父親は、外務省官僚です」
日向が呆気に取られる。
「今は、けっこう上なんじゃないですか。エリートと呼ばれてましたし……」
祐也が呟いた名前に、ますます驚く。
有名なエリート官僚の名前である。
「一回電話で、『この醜聞で、私の名前が出ては困る。揉み消す代わりに、戻ってこい』と、荒れてたら、まっちゃんおっちゃんがびっくりしとって、俺の電話で向こうにかけてくれて、『今わが、祐也の親父に頼まれて預かっとる。祐也のあの事件は醜聞でも何でもないが‼祐也が被害者じゃ‼それも分からんと、関係ないもんが電話してくるんやないわ‼警察に電話すんで‼二度とかけてくんな‼しかも、どっから番号を知ったんで‼個人情報を盗むんは犯罪やぼけ‼』言うて……」
祐也は俯き、肩を震わせる。
「あん人は……何時まで経っても、命令か脅迫ばっかりや……脅しつけて、屈服させようとするんや……もう嫌やのに……」
「電話番号残っとるんか?」
「あ、着信記録に……消してませんでした」
「後で見せろ。で、大原さんに伝えておく。お前を脅したと。脅迫や。それにお前の小学校時代の事件も、親の名前は公表されていなかった。それも相手が自分のスキャンダルを揉み消した証拠だ。お前の名前は隠してでも、父親と前妻の名前はすぐに分かる。公表してもいい」
祐也は瞳を潤ませると、日向を見る。
「何でやろか……俺はいつもいつも怯えとって、先輩たちに甘えるしかできんのやろ……穐斗はもっと怖い思いしよるやろうに、支えてあげられん……自分が悔しいて、歯がゆい……」
「はぁ?お前は穐斗を支えとるやろが」
くしゃくしゃと頭を撫でる。
「それにな?祐也。お前がいなかったら、穐斗は笑わん。怯えとると言うか、お前が弁慶で、穐斗は鶴姫や。人見知りの激しい鶴姫を弁慶がよぉ、前に出して『家の子や、かわいかろ?』言う感じで自慢しよるんと一緒や。それに、ちょこまかしよるのを追いかけては、ここや。言うて」
「親ですか。俺は」
「違うわ。これからどうなるかは、お前が決めぇや。穐斗と一緒におりたいんやったら、おればええし、どんな関係を選ぼうが、それはお前たちが決めることや。と言うか……」
まじまじと祐也を見つめ、
「お前も男やったんやなぁ……」
「な、何ですか‼それは‼」
「いや、お前は知らんだろうが、あの醍醐は、ほたるまつりで風遊さんに会ってから、数日挙動不審でな?で、確か、お前たちがHR長びいとったんかな?その時にもう、情けない顔をして『ひな……悪いんですけど、相談に乗ってくれませんか?』言うて」
「えぇ?あの醍醐先輩が‼」
驚く。
「そうなんや。で、『よお分からんのですが、気になってしまって、ドキドキするし、おかしいんです』言うけんな?『何に?』って聞いたら『分からしまへん‼ほやさかいにあんさんに聞いとるんやがな‼』言うて逆ギレや。仕方がないから『いつからや』から聞き出したら、ほたるまつりで最初二人でドライブしてから落ち着かなくなって、ほたるを見に行ったら、取ってくれて手の中にひかるんをみて、二人で目を会わせて笑った後からだと言うんでな『風遊さんが好きなんやろ』言うたら、あの顔が真っ赤になって『そ、そうなんやろか……分からしまへん。でも、ぽーっと蛍の儚い光よりもぬくいもんが胸にあって……それが嫌やないと思うんが嬉しいて……少し考えときます……』言うて、そしたら、お前が山に手伝いに行く言うていってしもたら、そわそわして『あても行く言えば良かったんやろか……』言うて朝から家に居座るもんで、鬱陶しいと思って、何回か行ったやろ?」
「穐斗も風遊さんもじいちゃん、ばあちゃん喜んでましたね」
「そしたら、今度は実家に戻って来るって、で、嬉しそうに『かまへん言うてくれはった……したいようにせぇいうて』で、あれこれやりよったんや」
「はぁ……醍醐先輩、はんなりしとる人やけど、そんなことまでやっとったんですか……」
「言葉はゆっくりやけど、あいつはせかせかしよる。それに同じ一応末っ子の穐斗と違って、行動は早いし、穐斗が子犬ならあいつは狩りの上手い獣や。周囲を固めてから、風遊さんにうん言わせたやろが」
「あぁ、あれは、大胆でしたね」
思い出す。
「まぁ、お前も、穐斗はまだ子犬や。見守ってやれ」
「そ、そうします……でも、大事にしたいとは思ってます」
「それでいい」
再び頭を撫でた日向は、弁慶をてなづけているのか、それとも、一人っ子の自分にとって、弟とはこういうものかと思ったのだった。




