枯葉を隠すなら森の中
「何で山なんだよ?」
運転しながら全次郎はパットに問い掛けた。
「うち……」
パットはまだ赤面している。
「おかしいぞ、お前? さっきどっか痛めたか?」
顔を近づける全次郎に、パットの心臓は破裂寸前になる。
「全次郎は……何ともないんか……」
俯いたまま、パットの声は消え入りそうだった。
「何が?」
前方を見つめたまま、全次郎は普通に言う。
「アホ……」
まだ俯いたままパットは小さな声で声で呟いた、そのまま二人の会話は途切れた。
「台風……逸れたのかな」
急に穏やかになった風に、桜花は独り言みたいに呟いた。
「そうじゃな……今回の奴はなんとか逸れる計算じゃ。じゃがな、勢力と大きさは桁違いじゃ、これだけ離れておってもこれじゃからな」
浅田目はシートに深く腰掛け、珍しく疲れた表情を見せる。
「……3月初めに台風だなんて」
中学生の桜花にだって異常気象の深刻さは分っていた。
「18世紀の産業革命以来、人類は大量のエネルギーを消費し自然を破壊し続けてきたんじゃ。おかげでこの極端化気象、人類の住める場所は減少を続けておる。台風やハリケーン、竜巻も数の増加とその破壊力は神の領域に達しつつある……海水温は年間通して異常に上昇、付随して海流も計算出来ん。台風や竜巻は燃料に困らんよ……もう手遅れかもしれん」
見た目と性格はさて置き、高名な気象学者の言葉は桜花を圧迫した。
「そうなんだ……」
寂しそうに目を伏せ、桜花は呟く。
「すまんのぉ桜花」
うな垂れた浅田目だった。
「どうして謝るの?……」
桜花の声は優しさに満ちていた。
「……すまん」
もう一度浅田目は繰り返し、目を閉じ窓に寄りかかった。車は無言になった四人を運んだ、そしてワイパーの音も晴れてきた空がそっと消した。
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「お父さん?」
次第に遠くの空が白み始めるが、周囲はまだ暗かった。ふいに桜花は後部座席から声を掛けた。パットも浅田目もまだ夢の中で、車の走行音だけが微かに響いていた。
「何だ?」
「後ろの車、ずっと付いて来てる」
「そうみたいだな」
全次郎はバックミラーの車に気付いていた。
「何かあったか?」
浅田目が目を擦りながら呟く。
「付けられてます」
「そうか」
浅田目はあまり驚かなかった。
「パット、起こす?」
桜花は寝入るパットを見た。
「寝かしといてやれよ」
そっと視線を移した全次郎は、そのあどけない寝顔に微笑んだ。
「暫くそのまま走るんじゃ」
振り返って確認した浅田目は全次郎に指示する。
「そうもいかないようですね……検問だ」
かなり先だが、全次郎は前方に検問を見つけた。
「仕方ない、その先を左じゃ」
「……どないしたん?」
ぼおっとしたパットが周囲を見回す。
「起きたのか?」
「うん」
全次郎の笑顔にパットの胸はキュンとなった……そして車は左折した。
「なあ全次郎……うちな」
パットは言葉を濁した。
「どうした?」
「何でもない……」
「そうか……でも考えてる」
「何……をや」
「……多分……先の事」
「何でそう思うんや?」
「何となくな」
「うちの事……分るんか?」
「勘」
「当たるんか?」
「まあな……」
以外な言葉なのにパットにはそう聞こえなかった。運転している全次郎の横顔が、何故か前に見た事あるような気がしたから……。
浅田目はどこかに電話していた。
「まだ5時だよ?」
不思議そうに桜花は尋ねる。
「年寄りは皆起きとるよ」
電話の途中で浅田目は桜花に笑顔をくれた。
「このままでいいんですか?」
少し不安になって、全次郎は問い掛けた。
「ちょっと遠回りするかの、その先を右じゃ」
浅田目は取り出した手帳を見ながら指示した。追跡車は、距離を保ったまま付いて来た。
車は浅田目の支持通り右折や左折を繰り返し、小さな町に入った。
「どないするん? このまま鬼ごっこ続けるんか?」
かなりの時間が経過し、パットは不安そうな声だった。
「かなり明るくなったね」
朝焼けの空に桜花は笑顔で言う。
「なんだ、怖くないのか?」
全次郎は笑って桜花の笑顔を見た。
「平気だよ、お父さんも平蔵おじちゃんもパットも一緒だもん」
「そうか」
全次郎は笑顔をパットにも向ける。
「うちかて平気や」
パットも自然と笑顔になった。
「ワシ怖いからパット、抱っこして」
後ろの席から浅田目はクネクネと腰を揺らし、猫撫で声を出した。
「アホちゃうか」
一蹴したパットだった。
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「おい、あれ見ろ……」
全次郎の言葉は感嘆に包まれていた。その視線の先には、全次郎達の車と色の形も同じの軽バンが十数台も走っていた……そして、ご丁寧に屋根はべコベコだった。
「何かの集まりなん?」
パットも呆れていた。
「あの中に紛れるんじゃ」
浅田目は嬉しそうに言った。
「なるほどね……でもナンバーでバレるんじゃないですか?」
不安を拭いきれない全次郎だった。
「同じじゃ」
「へっ?」
「ナンバーは全部同じじゃし、人数も同じに乗っておる。名付けて”枯葉を隠すには森の中がいいかもしれん”作戦じゃ」
浅田目は平然と言う。
「なんとか救助隊の人達なの?」
桜花は嬉しそうだった。
「味方は沢山おる」
浅田目の言葉は全次郎達に勇気と力をくれた。
「さてと、やるか」
全次郎は集団に紛れ、町の中心付近で車は四方八方に分散した。勿論、追跡車はパニックになり尾行は頓挫した。
尾行を撒いた後、車は予定の場所へと向かった。途中二度車を変え、全次郎他全員は強引に変装もさせられた。勿論、桜花やパットは大喜びで衣装を選び、浅田目も更に怪しい衣装を選ぶ。
呆れた全次郎だったが、桜花とパットに無理矢理衣装を決められ苦笑いするしかなかった。