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トンネルを抜けると倉庫だった

 薄暗い通路は時間の感覚を麻痺させ、少し下りの感覚も時間の経過を曖昧にさせた。


「何や、下ってへん?」


「そうだね、そんな感じ……」


 桜花もパットも口を揃えた。桜花の中には遊園地のアトラクションみたいな感覚もあったが、少し震える右手をそっと左手で押さえた。


「もうすぐじゃ」


 少し先を行く浅田目は、背中で言った。全次郎は感覚を研ぎ澄まし家からの距離を考えていた。梯子を降りて直ぐ、南に向かって散歩ぐらいの速度で歩いている。時間を加味すると、駅を過ぎて商店街のかなり手前だなと考えていた。


「しかし、よく作ったもんだ」


 全次郎は浅田目の背中に言う。


「わし等にあるのは、時間だけじゃからの」


「それだけじゃないでしょ? 時間だけでこんなモノは作れない」


「そうじゃな、日本の個人資産は、60歳以上の年寄りが90%を持っておる。世界的にみても国によって多少差はあるじゃろが、年寄りの所有率がもっとも多いじゃろう。それにな、現在の科学技術や多くの産業や生活基盤も多くの年寄り連中が構築してきたんじゃ。まあ、現役の者は少なくなってるがの」


「資金と技術も何とか救助隊からですか?」


全次郎は少し目を伏せる、自分の非力さが少し影を引いた。


「まあ、そんなとこじゃ。じゃがな、わし等には一番重要な時間が残り少ないよ。全次郎、お前達若い者が羨ましいよ」


「ああ……」


 全次郎は自分の手の平を見て、視線をそのまま桜花に向けた……大きくなったなと。


「そんな事言わないで……浅田目のおじちゃんも、おじいちゃんも、ずっとずっと一緒だよ」


 桜花は少し潤んだ瞳で浅田目の腕を掴んだ。


「すまん、すまん桜花ちゃん。わしが間違っておった、わし等はまだまだこれからじゃて、やりたい事、やり残したことが山程あるからのぅ。まあ、わしも独身じゃし、のぉ~パット」


「ドコ見てんねん、エロ親父」


 明らかに浅田目は、パットの”ボンっ”となった胸に如何わしい視線を向けた。そんなおバカなやり取りが、桜花に笑顔を取り戻させた。見守る全次郎も、その笑顔だけで全てが救われる気がした。


「あそこ、行き止まりみたいや」


 パットが急に後方から指差した。


「到着じゃ、上るぞ」


 今度は登りの梯子だったが、浅田目は軽快に先頭に立った。


「すごいね」


 桜花でさえ付いて行くのに苦労した。


「ほんま、おじいちゃんとは思えんわ……最後尾の人の方がヘナヘナや」


「うるさい、早く登れ」


 全次郎はパットのお尻を押した。


「どこ触ってんねん、全次郎!」


 言葉とは裏腹に、パットは嬉しそうだった。


「何、どこ触った?」


 浅田目は必死で下を気にした。身を乗り出し、老人とは思えない柔軟性を発揮して。


「はいはい、進んで下さい」


 桜花は呆れたみたいに呟いた。


_________________



 全次郎の予想を越え、出て来た場所は商店街の一角の小さなスーパーの倉庫内だった。


「菊屋さんの倉庫だ……」


 桜花は驚いた顔で辺りを見回した。パットも全次郎も驚きを隠せなかった、自宅からは距離にして3キロ以上もあったからだ。


「時間を計ってた……まだ30分ぐらいしか経ってない」


 全次郎は時計に目をやった。


「直線距離だからじゃ、それに微妙な下りは自然と速度を増すんじゃよ」


 少し笑った浅田目は全次郎に振り向く。


「そこまで計算して作ったんですか?」

 

 全次郎は驚いた。


「当前じゃ、逃げ足は早いに越した事はない」


 浅田目は胸を張ったが、全てを予測している事に胸の奥が少し痛んだ全次郎だった。


「早かったな」


 裏口のドアが開き、入って来たのは店主の三島だった。ずんぐりした体型はその優しそうな外見を伴って布袋さんみたいな感じだった。


「手筈は?」

 

 浅田目は三島に近付いた。


「19時に配送のトラックが来る、それで第一ポイントまで行く」


「まさか、三島のおじさんもメンバーなんですか?」


 呆れたような全次郎に、腕組みの三島は大きく頷いた。


「当然だろ、俺と連太郎とは竹馬の友だぜ」


 嬉しそうに笑う三島の胸には、可愛いカエルのバッチが付いていた。


「これ可愛い」


「これか? 特救隊のマークだよ、桜花ちゃん」


「マークあったんだね」


「元に帰るって意味もあるけどね、今を変えるって意味もあるんだよ」


桜花の質問に優しく答えた三島は、その意味を語った。


「そうだ、第一ポイントって、第二もあるんですか?」


 意味を語る三島の言葉が何故か全次郎の胸に引っかかるが、屈託の無い笑顔で桜花と話す三島に、危惧しても仕方ないと思考の隅に追い遣る。そして、最初の三島の話に全次郎は疑問をぶつけた。三島は笑顔で平然と言った。


「ああ、二度程車を換えるよ」


「そこまでするんですか?」

 

 答えは予想してたが、全次郎はあえて言った。


「用心じゃ」


 微笑んだ浅田目は全次郎の肩を叩いた。


「何の?」


 全次郎は真っ直ぐ浅田目を見る。


「桜花やパット、そしてお前さんに汚点を付ける訳にはいかんからの」


 浅田目はまた微笑んだ。


「私達の為なの?」


 桜花は少し情けない顔をした。


「心配ない」


 浅田目は優しく桜花の頭を撫ぜ、パットもそれを微笑んで見ていた。


「全次郎、途中腹が減るだろう。残り物だが持ってけ」


 三島は弁当やお茶を沢山紙袋に入れて、桜花やパットに渡した。


「ビールとかもあればいいんやけどな」


「ありがとうございます」

 

 受け取ったパットは軽く会釈し、桜花は笑顔でお礼を言った。


「ピクニックじゃないんだからな……」


 全次郎は嬉しそうな桜花やパットに、何故か救われる感じがした。


_________________



 やがてトラックは到着し、全次郎達は荷台に乗った。


「野菜や果物に囲まれて、何や食料になった気分や」


 小さなランタンだけの光を囲み、互いの顔だけがぼんやりと暗闇に浮かぶ。キャンプファイヤーみたいな感じにパットは嬉しそうだった。


「これで、外の景色が見れたらいいのにな」


 桜花はアルミの汚れた壁を摩った。外では逸れたはずの台風が、その勢力の大きさを物語るように、強い風がボディを叩いていた。


「食料か……」


 全次郎は考えていた。暮らしが便利になると、人々は土地に定住した。それまでの食料を求めての移動を止めて。そして、その場所で食料を作った。やがて作る代わりに便利に暮らす為の道具を作った。


 食料は他の場所で作り、その場所は次第に遠くなった……人々は食料を運ぶ為の道具を作った、その性能が上がる度に食料を作る場所は遠くなった。


「どうした全ちゃん?」


 浅田目は、ぼおっとしている全次郎に問い掛けた。


「パットじゃないけど、この食料は誰かの為に運んでいるんですよね?」


 物語のプロローグみたいに全次郎は呟く。


「人間の一番大切な物じゃからな……しかし、どこかで間違えたのかもしれん」


 浅田目は静かに呟く。


「何となく分ります」


「多くの無理や無駄、矛盾……気付いても気付かないフリをしてきたんじゃ。便利さは多くの犠牲が伴う事にも目を背けてな」


 浅田目の声は少し沈んでいた。


「そうですね……」


 嬉しそうにジャレ合う桜花とパットの笑顔が、全次郎の気持ちと反比例して暗い荷台の中で空間に溶けた。



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